呪文と教え(2)
魔力媒体として妖狐の毛を使う――
時にまがまがしい狼の毛皮を用いることはあった。しかし半人半妖の存在の体毛など――もちろん魔女のこの部屋に、コレクションとしてはあったが――珍しくて使うのがもったいなかった。
今日魔女が施療院を訪れたのには、ラファルの魔法の素質を計る、という目的もあった。魔力はその使役者の適性にも左右される。
魔女は呪術的な文様の描かれた増幅器――青銅製の、まがまがしく光る金属板に、ひもで束ねたラファルの毛をひと房落とす。それを携え、傷病者のうめきが反響する施療院の廊下に赴いた。
――さて、どれほどのものか。
魔女に取って、増幅器はあくまで魔力の増幅が意図であった。これから紡ぐ呪詛は、別に青銅器だけで事足りる話だ。妖狐の毛をあてにはしていない。けれど、内心ラファルの身に宿る魔力の強さに期待していたのだ。
彼が正しく魔法を使えるように。その言に自ら呑まれてしまわないだけの、素質があることを願っていた。
「あぁ、魔女さま。この者たちにどうか施しを」
ルークの助手は魔女の部屋の前で律儀に待っていた。
「仰々しいのは変わっていないな……ははは」
魔女の不敵な笑みは、その場のほとんどの者の注目を集めるに十分だった。
彼らに取って魔女の薄唇は、まるで幻影のように動いて見えた。
「事象を愛す。贓物を愛す。我、魂宿らざるもの汝と、心通わす身なり……」
青銅器を正しく増幅器として用い、魔力を通わせる呪文だった。魔女は、見た目には代わり映えしないそれと、確かに魔力的に関連したことを確認する。
ただし。確認するまでもなくその魔力の呼びかけが、主張が、明らかにこれまでのどの媒体を使った時より、強い。
――これは。
魔女は久方ぶりに、己の身に魔力がぐんぐん漲るのを感じる。指の先など、びくびくと脈打つほどであった。そうして暖かく、優しい魔力の波長に身がとろかされるようだった。これがラファルに宿る魔力――まるで、己の身に魔力を宿らせたあの日を思い出すような――懐かしい気持ちに魔女は、しばし浸る。少しして現実に戻り、
「傷よ癒えよ、活よ満ちよ。我身をもって誓わん。彼の者らにあるべきさだめ、我が身によりて転変す。彼の者患い、而して五体満足す。又の者四肢に難有りて、いまだ六腑に瑕疵あらず。いずくんぞ二者相違せん。癒えよ、満ちよ」
広域魔法。魔女はその呪文を口にした。青銅器は魔女の呪詛に振動をもって応え、あたりに何倍にも増幅された魔力波を伝えていく。同時に魔女は病の者に薬物を施していき、傷を持った者が正しく治癒するように、体位を整えていった。
あとは彼らに浸透した魔力が、いつ賦活するかだ。
人によって、魔力の波長が合う合わないがある。素直に魔女と相性がいいものはいいのだが、そうでないものを治すとなると、やはり気長にやるしかなかった。
――ラファル。そうか、お前は本当に、たらしなのだな――
魔女をもってしても、その日十人の面倒を見ることが精いっぱいだと目論んでいた。しかしラファルの、温かい魔力の潮は、何人にもするりと溶け込み、初めから親しい友人のように彼らの深層――誰しもに宿る魔力に反応を示す部分へと語らっていった。そうして魔法は作用し、あたりの者の傷病を癒していく。院にこだまする呻き声が、少しずつ弱くなっていき、いつしかそれは歓声へと変わっていた。
感謝の念を述べる彼彼女らから、逃げるように魔女は自室に戻り、支度をして、施療院を出た。面はゆい思いに身をゆだねることなどもはやすまい。そう考える魔女は、助手を含め絶大な信頼を受けていることなど、全く意に介していないのだった。
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