第6幕「勘違いとエンディング」

 吃驚。驚愕。愕然。

 落花は、固唾を呑む。


 いや、わかっていたはずだ。もう物語が、終焉に近づいていたことを。ならば、エンディングカードを出されても仕方がない。

 しかし、この状態で相手はどんなエンディングを出そうというのか。今までは、こちらの流れに乗ってきていたように見えた。たぶん、似たようなストーリーでそのままどこかで「どんでん返し」を狙うパターンなのであろう。

 ただ、今回はあまりにも予想外だ。下手すれば「いろはが、英雄を裏切り者と刺し殺した」という話にもできるのではないだろうか。


(でも、それじゃ自分が死ぬだけ。いったいどんな……)


 半ば、落花は覚悟を決めながらも、一言も聞き逃すまいと集中して耳を澄ます。エンディングに運ぶには、まだ数センテンスは必要なはずだ。インターセプトのチャンスはまだある。


 しかし、目の前の敵である黒縁眼鏡の高校生は、またもや予想外の行動をとってくる。


「――栞挿入インサート・ブックマーク!!」


「……はぁ~っ!? なっ、なに考えてるの、あんた!?」


 意味がわからないと、落花は思わず両手で自分の頭を挟む。なにしろ【栞挿入インサート・ブックマーク】とは、すなわち「休憩」を意味する。

 これは各物語士カタリストが1回だけ、自分のターン中に要求できる権利である。もし、相手が「承認アプローヴ」と答えれば、要求した者が「オープン・ザ・ブック」と言うまで最長30分の休憩を取ることができる。「承認アプローヴ」と応じなくとも、30秒の間が稼げる。

 将棋や碁などと同じで、このゲームでも時間は非常に貴重だ。なにしろ、物語を無言で組み立てられる時間は20秒しかない。それ以外は語りながら考えるか、相手の語りを聞きながら考えなくてはならない。

 すなわち使し、使、たった一度の大事なルールだ。


(それを自分がエンディングカードを手にしたこのタイミングで? エンディングカードはブラフ? いったい何を考えて……)


 相手は憎らしいほどのポーカーフェイス。その細面で何を考えているのか、欠片も感情を読み取ることができない。対して、きっと自分はさぞわかりやすい顔をしていることだろう。あきらかな狼狽。それを見て相手は、心の中でほくそ笑んでいるのではないだろうか。


(ムカつくしぃ、意図はわからないけど……)


 わからないが、他に手もないことはわかっている。


「――承認アプローヴ!」


 周りの風景も、主人公たちである、いろはと英雄も消えてなくなる。

 闇ではなく黒。何もないスタート時点と同じ世界で、落花は詠多朗と対峙する。


「……どういうつもり?」


 見えない地面をゆっくりと踏みしめながら、彼女は前に少しだけ歩みよった。

 呼応するように、詠多朗が眼鏡をクイッとあげて開口する。


「貴方は、まだ勝てると思っていますか?」


「あっ……当たり前だ!」


 不遜な口調に苛立ち、両腰に手を当てて胸を張る。


「こちらは、いろはが淑女になってしまえば勝ちなんだ。まだチャンスはある!」


「……愚かな子」


 返ってきた言葉は、詠多朗ではなかった。

 その幼いが凜とした不思議な響きのある声の方を振りむく。


 黒いドレスを着ているというのに、まるで淡く光るように浮かぶ輪郭が見えた。詠多朗と一緒にソフトクリームを食べていた金髪の少女だ。カールした長髪を揺らしながら、光るような碧い明眸でこちらを見ている。


「なっ……なんだよ、あんた!? なんでこの場所に……」


「質問まで愚か」


 ため息まじりに少女は、手で虫でも払うような仕草をしながらこちらの言葉を突き返す。


「今、貴方が気にするのは、わたしのことではないはずよ」


「……どーいうこと!?」


 心の奥底から噴きあがった怒りをそのままぶつけるも、やはり少女には暖簾に腕押し。

 しかも、ふっと嗤うと、そのまま視線で会話を詠多朗にタッチする。


 それを受けとったとばかり、うなずいた詠多朗がまた口を開く。


「貴方は、2つの勘違いをしている。……というより、大事なことを見失っている」


「なんのことだよ!」


「たとえば、貴方はこのあと僕がどのようなエンディングを語ると思いますか?」


「そ、そんなの……わざわざ、波風を立たせたんだから、妻がいた英雄に、いろはが怒って……あっ! そうか! 逆上して英雄を殺そうとした、いろはを逆に英雄が殺しちゃうとかでしょ! そんな感じのエンディングカードを持っているだな!」


「やはり……貴方は勝つことにこだわって、物語ることを見失っている」


「なっ、なんだよ、それ!」


「よく考えてください。いろはが逆上して、好きな相手を殺すようなキャラですか?」


「――あっ……」


「そう。いろはなら、身を退きます。いろは自身、英雄と不釣り合いな自分から身を退こうとしたではないですか。しかも成長前の彼女は、自分の魅力に自信がありません。そんなキャラが、自分を選ばないと嫉妬にかられて英雄を殺す話が通るとお思いですか?」


「くっ……」


「それに貴方は知らないかもしれませんが、英雄ならばむしろ罰を受け入れるでしょう。そういうキャラクターです。貴方は物語の流れを見て、それを感じなかったのですか?」


「…………」


 たしかにと、落花は下唇を噛む。

 いろはは、決して恨んで相手を殺すなどというキャラクターではないはずだ。そのことは、今までつきあってきた落花の方がよくわかっていたはずである。


「たぶん、貴方はいろはの能力【覚醒:淑女開花】で、英雄になんらかの形で死を命じるつもりだったのでしょう。しかし、怒りに囚われず物語れば、いろはがそんなことをするはずがないということを忘れなかったはずです。それでももし相手を殺させるなら、最初からいろはを闇落ちさせるべきでした」


「うぐっ……」


「まあ、それにもう【覚醒:淑女開花】は封じていますから、使えないんですけどね」


「……え?」


「【覚醒:淑女開花】の条件を貴方はきちんと理解していないようですね。」


「そ、そんなわけないだろう! 能力は『事前に淑女への成長過程描写が必要。1人の男性に惚れさせることができる。惚れさせられた男は逆らえなくなる』。ちゃんとわかっている! この状態なら、淑女に成長すれば、惚れさせた英雄を――あっ……ああっ!!」


「ふう。やっと気がつきましたか……。そう。対象はその能力を使って『惚れさせられた男』です。すでに自分から惚れている英雄を惚れさせることはできません」


 しまったと、落花は頭を抱える。今になって、詠多朗があの時に【恋に落ちる】というカードを使った意図を理解する。自分の流れになっていたなど、とんでもない勘違いだったのだ。


「それに気がつかなかった貴方は、いろはを成長させることに固執した。たぶん、王様の妾にさせるため、淑女にする予定だったのでしょう。しかし、それでは一本調子で話が盛り上がらない。だから、僕は仕掛けさせてもらった」


「盛り上がらないって……あ! 『王様にバレたら殺される』という流れ……」


「はい。僕がそうしたことで、貴方はいろはを王様から離そうとするでしょう。だから、僕は離れる先を用意してあげた」


「それが英雄……」


「そう。これで貴方は、いろはを英雄と一緒に逃げさせようとするはず。そして流れ的に、いろはも英雄のことが好きだという設定を入れるだろうと思った。それは当たったようで、貴方は『恋を知って』と相思相愛の流れを作ってくれた」


「…………」


 落花は爪先が掌に食いこむほど拳を握りしめる。仕方がないじゃないか。あんなの好きになるに決まっている。あの時、落花自身でさえ英雄を好きになりかけていたのだから。


「そうなれば自然な流れで、いろはを成長させるために今度は英雄を利用しようとするはずだ。英雄を偉くして、それに見合うよう淑女に成長するいろは……という流れに」


「まさか……ボクが英雄を名家の設定することも計算づくだったの!?」


「計算……というより、流れを見ただけです」


「なぜ? なぜ英雄を名家にして……いや、それはいいけど、別に妻とか登場させたの?」


「エンディングに必要だったからです」


「……もしかして、妻が嫉妬で、いろはを殺す展開?」


「さあ、どうでしよう。この物語のエンディングは、貴方次第です」


「どういうこと?」


「ともかく、僕はもうエンディングに導ける。そして貴方は、僕を殺すエンディングにまだまだ導けないはずだ。この相思相愛の2人を利用して僕を殺すのは難しいでしょう?」


「…………」


「でも、僕はそもそもの理由がわからない。貴方が僕を殺したい理由が。……僕が栞を挟んだ理由は、別に自分の作戦のネタバレをしたかったわけではない。僕が変態と罵られ、命を狙われた理由が知りたかったんです」


「……数日前ぐらいの間に、【吉田 凉子】という高校生と戦わなかった?」


「僕がここ数日の間に戦ったのは、サラリーマン風の男性だけだけど?」


「……ホント?」


「貴方の命を握っている僕が嘘をつく必要がありますか?」


「アハハ。うん、ないよね。……ハァ~」


 落花は、大きなため息をつく。ここまでくれば自分の過ちを認めざるをえない。


「実はさ……」


 彼女にとっては、よくある暴走。勘違いしたままの猪突猛進。感情が高ぶると、周りが見えなくなる癖。だけど、今回のは笑い話ではすまない。自分の命をかけて、相手の命を奪おうとした。なんとも馬鹿げて愚かで迷惑な話である。


「……というわけ」


 だから、素直にすべてを白状する。そして謝る。


「ごめん! ……いや、ごめんなさい! すいませんでした!」


 深々と頭をさげて、そのまま停止。

 もちろん、謝って許されることではない。そして、始まった物語はエンディングを迎えなければならない。このゲームに、「未完エタる物語」は許されない。ここまでくれば、エンディングで殺されても仕方がないのだ。


「……貴方が物語士カタリストになった理由を聞いてもいいですか?」


 ちょっと予想外の質問だったが、落花は頭を上げて素直に説明する。今さら、隠しても仕方ない。


「さっき話した凉子さんと同じで、余命が1年って言われたんだ……。もしかして、あんたも?」


「いいえ。僕は違います。……まあ、事情はわかりました。しかし、僕は負けるつもりはありません」


「わかってる。物語士カタリストは物語って戦う者。勘違いで始めたバトルだったけど、ボクだって負けたいわけじゃない。エンディングは自分で語りたい」


「でしょうね。しかし、語るのは僕です。ただし――」


 そう言うと、詠多朗は3枚のエンディングカードを扇状に広げて前へだした。エンディングカードは他のカードとは違う。真っ黒な地に、金色の魔方陣が描かれているカード。そして、裏には白地に黒で結末が淡々と書かれている。

 彼はそのカードを見ながら、またもや予想外の言葉を言う。


「――貴方にこの3枚から、好きなエンディングを選ばせてあげましょう」






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※召喚主人公情報

(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)

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佐倉さぐら 英雄えいゆう

・作品名:都庁上空の世界樹は今日も元気なようです。

・掲載URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054884487981

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●田原 いろは

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