第5幕「英雄と妻」
一瞬だけ、いろはのカードが強い光を放った。
しかし、その光はしぼんでいく花のように弱まり、やがて消えてしまう。
(やっぱ、失敗した……)
はたして、いろはの能力【覚醒:淑女開花】は発動しなかった。もちろん、落花もわかってはいた。なにしろ条件は、「大人になること」ではなく「淑女への成長」だ。それに大人になるにしても、恋を知っただけで大人になれるなんて雑な描写が通るわけがない。失敗した時には
(だよね~……。なら、正攻法でなんとか淑女に成長させる展開に!)
「無駄だよ……」
「――!?」
まるで心を読んだような一言が相手から放たれた。
思わず文句を言いそうになるが、落花はその口を噤むことにする。基本、物語り中の雑談はしてはいけない。一言、二言なら許されるようだが、あまり話すとペナルティが科せられる。もし今、落花がペナルティを負えば、ターンが相手にわたってしまう。それに、文句を言うよりも先に考えなければならない。
(邪魔のつもり? 卑怯な……さすが外道! そんな手にのるものか!)
落花は方針を変更する。もう王様にこだわる必要はない。成長する理由は、別に用意すればいい。
「英雄は、いろはを連れて地下牢から逃げる事に成功した。そして夜の闇にまぎれてその場を離れ、いくつかある自分の家の1つに戻ってきたのである」
出したカードは【逃げる】【夜】【家】【戻ってきた】の4枚。そしてピンクの
そして、この後の展開はこうだ。
「王様も、名家の現当主である英雄が、まさか平民のみなしごである、いろはを連れて逃げたとは気がつかないだろう。しかも、そこはほとんどの者に知られていない秘密の家だ。見つかる心配は少ない」
ここで【秘密】のカードを使う。
相手はインターセプトをかけてこない。やはり先ほどの「無駄」というのはブラフなのであろう。なんとも卑怯な手を使うと、落花は相手に冷たい視線を送る。
だが、おかしい。
(……なに、あいつ?)
詠多朗は異様なほど物静かに目を瞑っている。まるで、もうこちらに興味がないように。
(あきらめた……?)
確かに完全に流れは掴んでいる。あきらめてもおかしくはないのだが、少し腑に落ちない。だいたい彼は、どんなエンディングを望んでいるのだろうか。落花にはまったく想像がつかない。考えてみれば、ここまでほとんど落花の話にのっていたような気がする。
「安心した英雄は、いろはにあらかじめ用意していた婚約指輪を渡して結婚を申し込んだ」
わからないことは考えても仕方がないと、落花はここで【指輪】のアイテムカードを出す。しかし、そろそろ使えそうなカードがない。
それでも、これで主人公たちが語りだすはずだ。
『いろは……俺と結婚してくれないか?』
『英雄! わ、私……うれしいよ? でもね……』
『でも?』
『私、英雄にふさわしいとは思えないの……』
『いろは……そんなことはないよ!』
『無理だよ! 貧民窟にいた私じゃ……』
してやったりと、落花はパチンッと指を鳴らす。狙ったとおりだ。やはり英雄を名家の主にしてやれば、いろはは自分の身分を気にして気づかいを見せる。この子は、そういう相手を思いやれる子なのだ。これでカードを使わなくても、話の流れが作られる。
「いろはは、大好きな英雄の好意に何とか答えたかった。助けられたお礼もしたかった。だから――」
「インターセプト!」
「――ちっ!」
諦めたように見えたが、実は虎視眈々と狙っていたのだろう。
出されたカードは【救われる】というシチュエーションカード。落花は、しくじったと後悔する。「助けられた」などと言わなければよかったのだ。
【鍵】
【幸福】
【扉】
【出会う】
【こども】
【井戸】
彼女がチャージしたカードは、この6枚。これで新たな手札が増えた。ハッピーエンド向きのカードだが、バッドエンディングに持っていけないことはない。
しかし、どう考えても話のエンディングは近い。ここでとられたのは手痛い。
「いろはは、自分の身分をよくわかっていた。自分の貧相さや、品のなさを。そして華のなさをわかっていたのだ」
詠多朗の語りに、何もそこまで言わなくてもいいじゃないかと落花は腹を立ててしまう。確かに「だから淑女になる必要がある」という流れでありがたいのだが、まるで自分がバカにされているようで……女らしくない自分と重ねてしまい、怒りと辛さが混じりあう。実に不快だ。
しかし、その不快も瞬間的なものだった。
空気が変わった。
迫力が豹変した。
詠多朗が変化した。
「だが……だが、英雄は『そんなことはどうでもいいんだ!』と、いろはの両肩に手を置いた。そして、彼女の瞳を覗きこむように見つめた!」
詠多朗の姿が薄れる。まるでそこにいないように存在感をなくす。
それに呼応するように、逆に英雄の存在感が強く強く増していく。
詠多朗がまるで英雄に取りこまれていくがごとく。
(――!? ま、まさか……これってもしかして、感情移入による
ところが、
ひとつは、エンディングによっては変化があるということ。たとえば、自分の出した主人公が死ねば、自分も死ぬという変化だ。
そしてもうひとつが、【
言い方を変えれば、一時的ではあるが、
これは、ある意味で奥義と言えるかもしれない。なにしろ、自分の召喚した主人公の本来のキャラクター設定による心の動きを把握し、それに
そしてこの時はキャラクターが語っているため、インターセプトができなくなるという強みもある。
『救われたから……そんな理由で無理して変わることはないんだ!』
『えっ、英雄!?』
『美しい服で着飾らなくても、上品な言葉遣いができなくても……俺はそのままの、ありのままのいろはが好きだ!』
『…………』
『俺もむかし、自分が嫌いだったことがある。他の人が見えない精霊が見えて、その力を操れる周りと違う自分。周囲の奇異なものを見る視線がいやだった。陰口がいやだった。精霊なんて見えないフリをして、愚かにも自分を偽って生きてきた。無理して別の自分に変わろうとした』
血を吐くような想いのこもった言葉だった。召喚された物語のキャラクターだというのに、その語りはまるで本当に辛い経験をしてきたかのように言葉が震えていた。
その言葉が、いろはに……いや、落花自身に入りこんでくるのがわかる。
『でも……でも、それじゃダメなんだよ。ありのままの自分をまずは好きになろうよ。無理して変わることはない。それに君には君の良さがあって、俺はそんな君が……好きなんだ!』
「――!!」
その英雄の台詞は、落花の心に流れこんだ。それは激流。しかし、清流。そこにあった淀んだものをも勢いよく洗い流す。あまりにも、すべてをあからさまにさせ、怖くなるほど心を無防備にする。
好きだった男の子に言われた、「女っぽくない」という傷。
女友達から言われた、「男っぽい」という沁み。
親から言われた、「女らしくしなさい」という痼り。
今まで、なんで、どうして、そんなものがあったのかと思うほど、スッキリとしてしまう。
贈って欲しかった言葉。少女漫画を読みながら、ずっと憧れていた言葉。求めていた言葉。それが今、まるで自分に向けられて放たれた気がしていた。
あるがままの自分を褒めて、かわいいと、好きだと言ってくれる理想の相手が目の前にいる気がしたのだ。
そう思った途端、心臓が早鐘を打ち始める。
(ヤバッ……な、なんかボクまで……いろはと同期しちゃってる……)
相手の
(正気にもどさないと……でも戻りたくないし……どうすれば……)
場を見れば、いつの間にか敵から【美しい】【服】【愚か】【変身】とカードが4枚も出され、ターンの保護もしっかりとされてしまっている。
(このままだと……引っぱられたまま負けてしまう!)
ところが次の瞬間に、その悩みは解決する。
落花は頭をハンマーで殴られるような衝撃を受けて正気に戻る。
『まあ、偉そうに言っているけど、俺に自分らしくあればいいということを教えてくれたのは、
「――誰っ!?」
突然、英雄から知らない女の名前を出されて、思わず声をだして尋ねてしまう。
それに答えるように、詠多朗の声が響いた。
「真姫は、英雄といろはの幼馴染みで、英雄の妻であった」
「……えーっ!? ちょっ、ちょっと!?」
あまりの展開に驚きを隠せない落花をよそに、詠多朗がエンディングカードを3枚、手札から取りだした。
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※召喚主人公情報
(本作品は、下記作者様より主人公召喚許可、並びに登場作品の掲載許可をいただいております)
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