6-4.

 「ちなみに先生は、どう思う?」

ラインは、サイがもそもそとワッフルを食べ進めているのを眺めながら、俺に訊ねた。

「シンプルに考えれば、盗みの下見だろうな」

「やっぱり?」

博物館も王立なので、記念祭休暇中は閉館する。もちろん警備員は常に配置されているが、監視の目が最も減る期間であることは確かだ。加えて、首都の人間の出入りの激しい時期でもある。見かけない人間がうろついていても、迷い込んだ観光客だと思われる。

「博物館は見方によっちゃ、宝箱だからなあ」

どれだけ金を積んででも、非合法にでも、収蔵品を欲しがる輩は後を絶たないという。

「……何を、盗もうとしてるんだろ」

あと一口、というところで動きを止めたサイが、ぽつりと呟いた。

「何をって。値打ちのあるものしか置いてないだろ。侵入さえできれば、選び放題じゃないか」

ラインが首を傾げる。

「……人を雇って下見までさせて、事前に計画を立ててるなら、狙ってるものがある……と、思う」

そう言って、サイは欠片を口に放り込んだ。

 その可能性は、俺も考えていた。なにしろ、展示品にはかさばるものが多い。見当を付けて、然るべき道具なり台車なりを準備しておかなければ、運び出すこともままならないだろう。

「あの博物館で、一番高価なものは?」

「そりゃあ、『銀の槍』だろ。値段なんか付けられないくらいだ。って言っても、明後日の式典で使うから、その前に運び出――」

と、言いかけて、思わず俺の顔を見上げた。

「……まさかなあ?」

クォーツとヴァルテッリによって作られた、世界最強の槍にして魔術杖。シルバランス家の家宝、国力の象徴。それが一年に一度、博物館の外に出るのが、クォーツを称える建国記念式典の時だというのだ。

「普段は王家でもシルバランスでも、めちゃくちゃ発行に時間のかかる許可証がないと、持ち出せないんだ。運び出す時だって、ぶっちゃけ王様が移動するよりも厳重な警備が付く」

王の替えは利くが、あの槍の替えはないのだ。世知辛い話だった。

「運び出す日程は非公開で、毎年ずらすようにしてるのに、熱心なクォーツ様のファンが毎年どこかから予定を聞きつけてきてさあ。槍の移動だけでもちょっとしたパレードだよ」

「事前に運び出しておくわけじゃないんだな」

わざわざ混雑する中を移動させずとも、早めに準備しておけば良かろうに。

「そう遠い場所にあるわけでもないからな。慣れない城で保管してる間に傷でも付けたら大変だし、直前まで専用のケースに入れておくほうが、安心だろ」

「……案外頑丈だぞ、あれ」

硬い魔物を刺しても、達人の剣を受けても刃こぼれ一つせず、装飾が欠けることもなかった。相応に材料費は可愛くないが、長旅の際には、木の間に渡して物干し竿にされていたくらいの扱いだった。奴隷だった猫獣人よりも出世したのではないか。

「また、触ったことがあるみたいに言うなあ、先生は」

触ったことがあるから言っているのだ。

「ちなみに、展示ケースにはちゃんと防犯対策がしてあってさ。攻撃したり無理矢理開けようとすると、相手を熱線で焼き殺すらしい。ケース一つ作るのに、貴族街に豪邸が建つくらいの金が掛かってるって、じいちゃんが言ってた」

今のところ作動した記録はないけど、と付け加えるライン。魔具のひとつらしいが、物騒な箱だ。

「じゃあ……。槍だけは、祭りの時しか盗めない、ってことにならない……?」

サイの言葉に、俺も頷く。

 一般人はケースから取り出すこともままならないのなら、取り出したものを横取りするしかない。ますます、狙いが槍である線が濃厚になってきた。

「やめてくれよ、この忙しい時期に」

うえー、とラインがしかめっ面で首を振った。

「仕方ない。早めに戻って、もう少し調べてみる。……思い過ごしだといいんだけどな」

王家やシルバランスほどではないかもしれないが、あの槍には、俺も多少思い入れがある。盗人なんぞに渡してやるわけにはいかない。

「後でまた、連絡する」

「……わかった」

俺が薄く頷くと、一行は口々に挨拶をして、ぞろぞろと混雑の中に消えていった。


*****


 四時を過ぎ、本日の焼き菓子屋は閉店となった。

「お父さん」

着替えを済ませて待っていると、同じく制服を着替えたイブキが、走ってきた。ソフィアとミアも一緒だ。

「お疲れ様です、先生。酔っ払いを追い払ってくれたそうですね」

俺が仕事をしたと聞いて、にやにやと嫌な笑い方をするソフィアだった。

「イブキが絡まれていたからな」

「そう、今年はイブキくんだったのよね。……毎度気持ち悪いけれど、相変わらず、見る目がある酔っ払いだわ」

そういう問題ではない。

「もちろん、冗談ですよ」

俺が目を細めたのに気づいて、ソフィアは身構えた。

「お嬢様、ああいうのって、取り締まれないんですかね。あいつのせいで、来なくなっちゃった子もいたじゃないですか」

ミアが、眉間にしわを寄せていた。

「怪我をさせたわけじゃないから、法律的には何も悪いことをしていないのが、困るのよね……」

うーん、と腕を組み、悩むソフィア。

「そうだ。王子様に言って、そういう法律作ってもらえないですか?」

「あら、サイバーくんたちが来たの? 挨拶しそびれたわ」

ソフィアは祭りの間、材料や備品及び、金銭や従業員の管理をしているそうだ。道理で、表で見かけないと思った。

「今の法律は、王家が作っているわけじゃないのよ。お城で会議が開かれて、何十人も貴族が集まって、みんなで話し合って決めるの」

「そうなんですか? なーんだ」

高等教育を受けていない平民の認識は、そんなものらしい。

「そうそう。貴族って言えば、さっき貴族っぽい高そうな服を着た男の人が、イブキパパに渡してくれって言って、これを持ってきたんだ」

ミアが取り出したのは、走り書きのメモだった。ミアは特別目聡いが、子どもに服装でそれと見破られるとは、王国軍もまだまだだ。

「ラインの字だな」

試験の答案で見た字だった。日付と時間だけが、簡潔に書かれている。誰かに見られても、何のことかわからないように配慮されていた。

「ホントは本人かイブキに渡したかったみたいなんだけど、ちょうど二人とも、着替えに行ってていなかったからさ」

「そうだったんだ」

おそらく、近衛隊の誰かだ。イブキの横に彼女がいたのを、覚えていたのだろう。

 中身を見ずに誠実に届けてくれたミアに礼を言い、

「屋台で夕飯でも買うといい」

「わあ、イブキパパありがと!」

小遣い程度の駄賃を渡してやると、にひー、と嬉しそうに笑い、大げさに手を振って去っていった。

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