6-3.

 案の定、午後三時を過ぎた頃に、奴らは現れた。

「先生、その格好似合ってるなあ」

「……イブキは、あっち?」

毛糸の帽子を目深に被ったサイとラインは、ギルベルトほか、いつもの近衛隊を連れて堂々と現れた。ただし、全員隊服や鎧ではなく、一般人と変わらない私服だ。悪目立ちしないための擬態らしい。

「脱走しなかったのか」

「短時間だけど、案外あっさり許可が出てさ」

おそらく、どうせ脱走するのだから、きちんと近衛隊を連れていってくれたほうがマシだという話になったのだろう。相変わらず元気な二人の後ろに立つギルベルトを見ると、子どもたちを見失わないよういつになく気を張っているようで、既に疲れた顔をしていた。

「四時まではここにいるから、もし見失ったら呼べ」

「……ありがとうございます」

はあ、とため息をつくギルベルトをよそに、早速二人は人垣をすり抜け、屋台に走って行った。

「イブキ!」

「サイ! ライン! 来てくれたんだねー」

嬉しそうなイブキの声がする。

「なるほど、屋台って、こういう奴か」

暖色のリボンやフリルで彩られた大型の特設屋台を、珍しそうに見上げる。

「これ、一日で建っちゃうんだよ。すごいよねー」

ミゼットの職人によって速やかに組み上げられた土台を、ソフィアの指示で子どもたちが飾り付けたらしい。クギを使わず、木材に開けた凹凸を組み合わせてあるだけなので、ハンマー一本で崩すことができ、かつ揺れに強く頑丈だという。

「へえ、いろいろ考えてあるんだなあ。その制服も、ソフィアの趣味だろ」

「わかる? 普段こういうの着ないから、二人に見られるの、ちょっと恥ずかしいなー」

スモーラで買った水着よりも格段に露出度は低いのに、何故かイブキは照れていた。基準がわからない。

「……大丈夫。よく似合ってる」

「えへへ、ありがとう」

まったく、イブキに着せるために考案したのではないかというほど似合っている。初めて制服を着ているのを見たときは、傍らで誇らしげに胸を張っていたソフィアを、思わず犬のように撫でくり回して褒め称えそうになったほどだ。

「お勧めは?」

「後ろで、調理班の人たちが焼いてるワッフル。ハチミツが混ぜてあって、美味しいよ。冷める前に食べちゃうのがいいかも」

ワッフルと言えばいつかのひったくり事件を思い出すが、実はあの頃から今年の屋台の計画は進んでおり、よその店の味を参考にする目的があったのだという。本当かどうかは定かではないが。

「へー、じゃあそれを、えーと、七つだな」

自分とサイ、そして近衛隊の人数を指折り数えて、騒がしい中でもわかりやすいよう、指で示した。貴族のくせに何故、混雑時の庶民の買い物の仕方に慣れているのかは、もはや突っ込まない。

「サイは?」

「……クッキーを……。……プレーンとチョコレート、一袋ずつ」

少し悩んでから、店頭の机に並べられたクッキーの袋を指した。こちらは、開店前と昼の十二時と三時に焼き上がり、小さな紙袋に五枚ずつ詰められている。

「包むから、ちょっと待っててね」

イブキが大きめの紙袋を用意していると、

「いらっしゃいませ。イブキの友達?」

「うん」

売り上げの気配を察知して、ミアがにこやかに加勢しにきた。

「てことは、二人とも貴族様? わざわざお越しくださって、ありがとうございます」

「ミア、あのね」

ひそひそと、イブキが耳打ちした。途端に、ミアの顔から営業用の笑顔が消えた。

「……本当に?」

目を丸くして、二人の顔を交互に見て、一歩後ろに下がるミア。

「バラさなくていいのに」

「……気にしないでくれると、嬉しい……」

今にも膝をつきそうな勢いで畏まるミアを、宥めるように二人は口々に言った。

「会計は私が」

近衛兵の一人がすっと前に進み出て、革の財布を取り出す。慌てて計算するミアの横で、イブキがそれぞれに紙袋を手渡した。

「はい、こっちがワッフルで、こっちがクッキー」

「ん、大義であった」

「ありがと……」

ワッフルの入った大きな紙袋をラインが、クッキーの入った小さな紙袋をサイが受け取り、速やかに他の客に場所を譲った。

「じゃ、またな」

「頑張って……」

「うん、ありがとうございました!」

お互いに手を振り、イブキは接客に戻った。


 店の前の人垣を抜けたラインは、早速袋を開けてワッフルを取り出した。まずサイに手渡し、自分の分も取ってから、袋をギルベルトに渡す。早速食べ始めるラインの横で、ギルベルトが他の兵士たちに配った。体格のいい男たちがそれぞれ手にワッフルを持っている様子は、なかなかに珍妙だった。

「なるほど、素人が作ってる割に、まあまあ美味い。誰が作っても同じ味になるように、計量器や道具を特注して、焼く時間まで細かく指示してあるんだな。じいちゃんが好きそうな分野だ」

ふんふんと、量産するための知恵を知り頷くライン。一方のサイは、

「お茶が欲しい……」

静かに、口の中の水分を持って行かれていた。

「甘さが押さえてあるから、アイスとか乗せても良さそうだなあ」

相変わらず歩きながら食べるという選択肢がない、行儀のいい貴族たちは、壁際の俺の隣で人波を眺めながら、もぐもぐとワッフルをかじっていた。


 「ごちそうさま。先生、警備中になんか面白いことあった?」

やはり食べるのが速いラインが、包み紙を畳んでポケットに仕舞いながら訊ねる。

「面白くはないが、少し気になることなら」

俺は視線は落とさず、警備を続けている振りをしながら、マークから聞いた話を伝えた。

「……博物館裏にある倉庫の、変な警備の仕事ねえ」

同じくラインも、俺の方を見ずに呟く。

「その警備員、今はどこにいる?」

「マーケット本体の、入り口のほうを任されていたはずだ」

「どんな顔?」

「……どこにでもいそうな、顔立ちに特徴のない男だ。歳は三十前後。強いて言えば、少し気が弱そうで、疲れた顔をしている」

「了解。本人に、詳しい話を聞いてみよう」

ラインの視線に近衛隊の一人が頷いて、マーケットの入り口の方へ消えた。

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