5-4.

 何度目かの課外授業の後、

「アリア先生、ディル先生と一緒に帰ってるんですか!?」

「シエナ先生、声が大きいです」

水分補給をしながら雑談をしていたシエナが、不意に声を上げた。アリアが慌てている。

 案の定、壁に背をもたれていたマイヤーが、がばっと身体を起こした。少し体力がついてきたのか、初めの頃のように、喋る気力もないくらいバテているということがなくなってきた。三人よりもいくらか年上のハインリヒは、まだ少々辛そうだが。

「帰る時間が一緒になった時だけですよ」

「夜道は危険ですもんね。さすが、ディル先生ったらお優しいんだからー」

ンフフと気味の悪い笑い方をするシエナ。

「そういえば、アリア先生は徒歩で通勤していらっしゃるんでしたね。気が利かず申し訳ない。自分が馬車で送りますよ」

マイヤーが、ずいっと話に割り込んできた。

「私も徒歩なんです。送ってくださいよ」

シエナが口を尖らせる。

「シエナ先生、いつも一番にいなくなるじゃないですか」

「徒歩だから、急いで帰ってるんですー」

すると、マイヤーは焦った様子で手を振った。

「二人乗りの小さな馬車ですから、定員オーバーです」

「やだー、もっと大きな馬車じゃないと、アリア先生も疲れちゃいますよ。そうだ! 今日は、私がアリア先生をお家に送ります!」

名案を思いついたとばかりに、シエナは人差し指を立てた。

「いいですよね、アリア先生、ディル先生」

「俺は構わんが……。アリア先生を送った後、お前が一人になるだろう」

さすがに、貴族街まで送るのは面倒だ。

「大丈夫です。軍属の兄たちに習って、護身術の心得もありますから」

鼻息荒く、シュッシュッと拳を振って見せた。機敏な動きに、ハインリヒがおお、と小さな歓声を漏らした。マイヤーは、貴族の女性らしからぬやんちゃな動きを見て、そっと引いている。

「魔法学総括に聞いてみたかったお話もありますし。いいですよね!」

アリアの両手を包むように掴み、シエナは再度訊ねた。

「え、ええっと……」

「そこまで言うなら、好きにすればいい。自分で言ったんだから、無事に帰れよ」

「まっかせてくださいよ」

胸に拳を当て、ビシッと王国軍式の敬礼をするシエナだった。


*****


 アリアのことはシエナに任せることにしたものの、どうせパン屋の前までは同じ道を通るので、二人と帰路を共にすることにした。

 シエナは相変わらず、賑やかな声を人通りの少ない道に響かせる。

「うう、この時間はさすがに、少し冷えますね」

先ほどまでずぶ濡れだったせいで、余計に身体が冷えているようだ。

「ディル先生は随分薄着ですよね。寒くありませんか?」

アリアも、手をこすり合わせている。そろそろ、課題内容を変えてみるか。

「ああ」

竜に気温はほとんど関係ない。適当に回りの人間に合わせて服を選んでいるだけだが、薄手のコートでは不審がられる季節になってきた。

「そっか、ジェードって、冬は雪が積もるくらい寒いんでしたね。この程度じゃ、まだ寒いうちに入りませんよねー」

厚手のコートはどこに仕舞ったかと、記憶を掘り返している間に、二人は勝手に納得してくれた。

「すみません、シエナ先生。寒いのにわざわざ、私に合わせてくださって」

「いえいえ、アリア先生にはいつもお世話になってますから。……マイヤー先生も、悪い人じゃないんですけどー。あの隠せない下心がスマートじゃありません」

やれやれと、大げさに首を振る。

 案の定、シエナは特にアリアに用があったわけではなく、マイヤーの誘いを断らせるために、嘘をついたようだった。

「本当に貴族街から徒歩でいらっしゃっているんじゃなくて、良かったです」

アリアもホッとしている。

「あ、護身術の心得があることは本当ですよ。なので、今日はちゃーんと、アリア先生をお家まで送り届けます」

誇らしげに胸を張るシエナ。

「じゃあ、その後は?」

「適当に乗り合い馬車でも拾いますから、安心してください」

まあ、いざとなれば魔術で撃退することもできる。今までも何も起きていないわけだから、おそらくは大丈夫なのだろう。

「昔は、夜道を女性だけで歩くなんて考えられなかったらしいですね。今は街灯も付いて大通りは明るくなりましたし、警察も巡回していますから、随分暮らしやすいですよねー」

「確か街灯は、シルバランス前当主がご提案なさったと聞きました」

魔具屋の仕業だった。暗くなると自動で点灯する魔具を、私財を投じて開発したのだそうだ。どうやら、魔具狂いは今に始まったことではなく、現役の頃からだったらしい。

「おかげで、夜間の犯罪率が下がって、警察や軍の仕事も少し減ったそうです。大通り以外でも、街灯が設置される場所は増えているみたいですよ」

明かり一つで悪巧みがしづらくなるというのは、不思議なものだ。

「ということは、今後は街灯を作る工房に就職すれば、安泰ということでしょうか」

「貴族が何を言ってるんだ」

「いえいえ、冗談でもないんですよ。見た目は派手に振る舞っていても、財政が苦しい貴族というのは案外多くて。……懐が寒くなると、人は悪事に走りますからね。金策はいつだって大事です」

「となると、やっぱり魔法学でも、魔具に関する授業を増やすべきでは?」

急に、仕事の話に戻ってきた。

「賛成です! ……ご年配の先生方を説得するのが、大変かもしれませんが……」

と二人で顔を見合わせて、はあ、と肩を落とす。客員教授待遇の知らない場所で、彼女たちは苦労しているらしい。


 『魔具反対派』をどうやって説得しようかと、真剣に話し合い始めた二人を眺めながら歩いていると、突然アリアが顔を上げて立ち止まった。

「あ、フローリア・ブレッドさん」

気付けば、家の前まで来ていた。アリアがシエナに、俺の家が近いことを説明する。

「なるほど、この奥がディル先生のお家」

パン屋の脇の、暗い路地を覗き込むシエナ。家の窓から明かりが漏れているところを見ると、イブキが先に帰ってきているようだ。

「じゃあ、二人とも。気をつけて帰れよ」

「ありがとうございます」

「また明日です!」

手を振る二人が背を向けたのを確認してから、俺は路地へ入った。


*****


 「おかえり! 今日も、アリア先生たちと課外授業?」

玄関のドアが開く音を聞きつけて、イブキが廊下の奥から駆け寄ってきた。

「ただいま。今日は早かったんだな」

「ソフィアがね、お祭りを見に早めに首都に来たお客さんを、お父さんと一緒に出迎えないといけないんだって」

「どこも大変だな……」

そういった細やかな気遣いや縁が、後々響いてくるのだろう。面倒くさい、と即座に思ってしまう俺には、商売は向いていなさそうだ。

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