5-3.

 その日から、帰り時間が合う日には、アリアを家まで送るのが通例になった。

 校内のように、急に呼び出されたり生徒が訪ねてくることもなく、授業についての意見交換もしやすいため、思いのほか有意義な帰路になっている。


 初めの頃こそ恐縮していたアリアだが、最終的に好奇心が勝ったのか、授業内容以外にも様々なことを聞いてくるようになった。

「ディル先生には、魔法のお師匠様のような方は、いらっしゃいますか?」

「いや。当たり前のように使っていたから、魔法だなんて名前が付いていることも知らなかった。理屈は独学だ」

言葉は人間の文化だ。『魔物が扱う不思議な技』という意味で、魔法と名付けられたらしい。

「なるほど……。時々、自然的に魔素の扱いを覚える子どもが現れるという話は、聞いたことがあります。女神教の聖女様も、そうだったのだとか」

「あれはまた、特殊な例だろう。ヒト種は治癒魔法が使えないっていうなら、本当は魔物だったんじゃないか」

変身魔法が使える魔物は、実は少なくない。完全に外観を擬態するレベルになると、高位の精霊や竜くらいになるが、知恵を付けた長命の魔物は規格外の魔法を習得することがある。突然変異や、単に知られていない種の可能性もある。

「敬虔な女神教の方が聞いたら、怒りだしそうな説ですね」

アリアは苦笑した。全盛期に比べれば少なくなったが、一クラスに一人くらいは、女神教の信者はいるらしい。

「仮に魔物だった場合、人間の怪我を治して回る理由がないので、私はやっぱり人間だったのではないかと思うのですが」

「どうだろうな。案外、惚れた人間のためにやっていたとか、どうでもいい理由かもしれない」

その他、ちょっとした好奇心で手を貸す魔物は、たまにいる。古くは竜が雷神と呼ばれたように、人間から神と呼ばれたものの大半は、魔物なのだ。

「魔物が、人間に惚れるのですか?」

「意外か? 人間と会話が成立する程度の知能があるなら、おかしな話じゃない」

「な、なるほど」

水精霊が、クォーツの押しかけ女房をしていたのが良い例だ。恋愛感情に限らず、俺がイブキを育てているような、親心や愛着と呼ばれるものの他、友愛や敬愛など、好意的な感情はたくさんある。

「まあ、聖女が人間だったかどうかは、墓を掘り返せばわかるんじゃないか」

どこかに、聖女の亡骸を手厚く葬ったという墓があったはずだ。もし、イブキと同じ体質の人間だったとしたら、多少の興味はある。

「あはは……。聖女様のお墓を掘り返すとなると、王家か五賢者様くらいの権力がないと、難しそうです」

「暇な時に、ローズに聞いてみるか」

と、ハイエルフの澄ました顔を思い出したところで、ずっと思っていたことを訊ねた。

「……そういや、あんたの魔術の師匠は、ローズだろう」

「よくお分かりになりましたね」

「あの女の魔術は、几帳面で行儀のいい魔術だからな」

もちろん、奴が実践で使っていたのは魔法だ。体系化された魔術は飽くまでも、クォーツの役目を引き継ぐために覚えただけ。故に、良くも悪くも丁寧で硬い、いわゆる『手本通りの魔術』なのだ。

「前にお話した通り、実家では魔術学校に行くことを反対されていたので、魔術の勉強があまりできなくて。学校に通い始めてから、ローズ校長に直々に稽古を付けていただいたんです」

それこそ、今俺が魔法を教えているように、放課後の課外授業として、希望者を募って行っていたらしい。情熱のある若者が好きな、あの女らしい措置だ。

「ローズ校長は、自分の後身を育てたかったそうなんですが、皆さん、王宮からスカウトが来て、宮廷魔術師になってしまいました」

五賢者から直々に魔術の手ほどきを受けた人材など、国内外問わず、破格の待遇になる。国としては人材の流出を防ぐために、何としても国内に留めておく必要があったわけだ。

「教師として学校に残ったのは、結局私だけで……。校長も、『もう、あの男の利益になることはしたくありませんわ!』と憤慨されて、課外授業はなくなってしまいました」

あの男とは、もちろんクォーツのことだ。昔から幾度となく奴の尻拭いをさせられ、死んでも奴の功罪に踊らされているハイエルフが、頭を掻きむしり涙目で発狂する情景が、目に浮かぶようだった。

「俺が課外授業をやるのを見て不機嫌だったのは、『教師になった奴に教える』って方法を、自分が思いつかなかったからか……」

完全に八つ当たりだ。相変わらず迷惑な女である。

 そこで俺は一つ、疑問が浮かんだ。

「魔術の師匠がローズなら、魔法もローズに習えばいいじゃないか。教師の経験が浅い俺より、教えるのは上手いだろう」

「えっ! い、いえ、その、ローズ校長はお忙しい身ですから、お手を煩わせるのが憚られて……」

急にあたふたと、挙動不審に手を動かし目を泳がせるアリア。

「……まあ、俺は暇だからな……」

他に同じことができる奴が暇そうにしていたら、そちらを当たるか。合理的な判断だ。

「そういう意味では!」

納得しかけたところだったのに、アリアはまた慌て始めた。

「決して、ローズ校長の代わりにディル先生に頼っているというわけではありませんから! あ、もちろん、とても頼りにはなるのですが……」

「そうか。イブキが世話になっている分は働くから、俺にできることがあったら言ってくれ」

「……はい……」

最後にはか細い声で頷き、項垂れてしまった。

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