7章:警戒と裏腹に
7-1.
ユクレスの町は、近くにあると言っても子供の足では少し遠かった。魔導車を出してもらい、町の端まで乗り付ける。
小さい町で悪目立ちしないよう、護衛は最低限が良いということになり、俺が挙手した。往路の雷が効いたのか、誰も反対する者はいなかった。
ユクレスは長閑な町だった。
なんでも、湖を半周したところに観光やリゾートに力を入れている町があるそうで、こちらはただ古くからあることだけが取り柄のようなものなのだとか。
民家の脇にある畑の野菜を見て、イブキが首を傾げる。
「何の畑かな」
「さあ……」
「手前の背の低いのは豆類だろ。向こうに見える背の高いのはトウモロコシ」
「へー、トウモロコシってあんな風に生えてんだ」
首都は地価が高いので、畑は専ら結界の外や、周辺の町で作られたものが移送されている。野菜の生っているところを見たことがなくても仕方ない、のだろうか。
木造の平屋が隙間を空けて並ぶ、密度の低い住宅街を抜け、役場のある中心部まで来ると、ようやく人通りと活気が出てきた。
「あ、ちょっと大きい建物がある」
日差しを手で遮りながら、イブキが見上げた。左右対称で入り口が大きいところは、別荘と似ている。
「ホテルだな。少人数の庶民向けの」
「あるんだ、ホテル」
今更のように、ラインが驚いた。
「そりゃあ、あるだろう。一応観光地なんだから」
他にも、あまりに地味で民家と見分けが付かないが、民宿や部屋数の少ない小さな宿泊所が点在しているようだった。
いずれも外観を飾ることに興味がなさそうで、どうせ貴族は湖畔に別荘を持っているのだから、値段の安さと親しみやすさで勝負だという開き直りすら感じられる。
「満足したか?」
「うん」
これと言って見所のある町ではなかったが、イブキは終始楽しそうだった。
二時間ほどあちこち歩いて回り、最後にもう一度中心部に戻って、使用人たちに土産でも買って帰ろうかと話している時だった。
「なんだ、あの団体」
ラインが、例のホテルを見て眉をひそめた。振り返ると、四人ほどの人影が、ぞろぞろと出てくるところだった。
いくら首都より涼しいとは言え、夏だというのに一様に黒っぽい上着を着ていて、フードまで被っている。まるで、顔を覚えられないようにしているようだった。
「……案外、利用者がいるのかな」
サイも、意外そうに眺めている。
「すみません。あの人たち、何の集まりですか? 何かのお祭り?」
近くの土産物屋の店員に、ラインが訊ねた。
「地元の人間じゃないわよ。湖を調べに来た学者さんたちだって、聞いたけど」
とてもじゃないが、学者や研究者の類いには見えなかった。
「お兄ちゃんたちは、湖畔の別荘の人?」
「はい。昨日来たばっかりなんです」
「そうなの。大した場所じゃないけれど、お魚は美味しいから。ゆっくりしていってねえ」
「そうさせて貰います。これ、何の干物ですか?」
こいつ敬語も使えたのかと訝しんでいる間に、ラインはどこの店のランチが美味いだの、釣り具を借りるならあっちだのと気さくに情報を仕入れて、長話になる前に滑らかに会話を終わらせた。誰に習ったのか知らないが、妙な技術を持っているものだ。
「買い物は済んだか。そろそろ戻るぞ」
「はーい」
向こうも関わる気はないだろうが、できる限り避けた方がいい雰囲気だ。俺は車に残した運転手と近衛兵を言い訳に、三人に先を急がせた。
*****
別荘に戻り、一階にある衛兵の詰め所を訪ねた。年長の近衛兵――第三王子近衛隊のギルベルトと言い、ラインの叔父にあたるそうだ――に、町で見た団体のことを伝える。
「湖の調査に来ている学者団体、ですか。報告は聞いていませんね」
別荘の周辺に妙な輩が入り込んだり、何かの催し物とかち合ったりしていないかは、もちろん事前に調べてあった。他の貴族が数組避暑に来ている以外、変わった団体は来ていないはずだという。ますます怪しかった。
「まあ、イブキも満足したようだから、しばらく町には行かないだろう。……問題は、向こうがこっちに来る場合だな……」
ユクレス湖は広いので、いくら向こうが湖の調査に来たとしても、出会わない可能性のほうが高い。しかし首都の引ったくりと言い、そもそもの俺との出会いと言い、どうもイブキは、厄介事に巻き込まれやすい体質のような気がする。用心に越したことはない。
「その団体については、我々のほうで調べておきます。……先生には、いざというときにお力を貸して頂くかもしれません」
「ああ。任せた」
念のため、イブキの朝の習慣にも、その他子供たちが庭に出る程度の外出でも、必ず俺か衛兵が付き添うことなどを、改めて確認する。
できることなら人間のゴタゴタには関わりたくないが、今更か。
心配をよそに、子供たちはサロンで、昨夜とは違うボードゲームに興じていた。
「ライン、その首飾り綺麗だね」
ボードゲームのルールを習っていたイブキが、ラインの首から下がっている金色の首飾りに興味を示した。簡素な部屋着なので、装飾品が目立つ。
「これ? お守りみたいなもんでさ、ずっと着けてるように言われてるんだ」
小さな円盤に、槍の形の装飾が彫られたペンダントだった。普段は服の中に仕舞っているらしい。
ほら、と手に載せてよく見えるようにしてもらうと、イブキは興味深そうに見ていた。
「……イブキも、欲しいなら作らせようか」
サイが訊ねる。
「ええ?! いいよ、高そうだもん。なくしたりしたら大変だし」
イブキは、宝石や装飾品のようなきらきらした綺麗なものが好きな割に、あまり欲しがらない。俺に遠慮しているのかもしれないが、なくしそうだというのも本心だろう。
「そう……?」
断られたサイは、少し残念そうだった。
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