30 異能は万能にあらず

 サラセン帝国・オルランド討伐軍の本陣。

 グラダッソの騎兵に包囲され、マルフィサやリナルドらクレルモン家の騎士団はあわや全滅の危機に瀕していた。


「……くッ……ここまで数が多いとは……」

 戦いに血沸き肉躍るインド王女マルフィサといえども、多勢に無勢、休みなしの戦闘を強いられ続けては、疲弊の色が濃い。向かってくる黒騎兵らとどうにか槍を打ち合わせるものの、鎧袖一触とはいかなくなっていた。


「もはやこれまでか……口惜しや」隣で戦っていたクレルモン家長兄・リナルドも消耗しきっていた。

「栄えあるクレルモン家の武勇を示すこのリナルドが、このような地で最期を迎えようとはな」


 それでもリナルドは疲れた体に鞭打って、マルフィサに襲いかかろうとした敵に立ちはだかり、叩き伏せる。

 この地にはグラダッソの兵の大半が残されており、劣勢の最中リナルド達は善戦していた。しかしその奮闘にも限界が近づき――


 黒い波のような敵軍の遠くから、馬蹄の音が響く。新手だろうか。

 放置しても全滅するだろう自分たちに、念の入った事だ――勇敢なマルフィサの心にも、諦観が湧き起こっていた。


 ところが――次の瞬間、黒騎兵の波の外から破砕音が響き、悲鳴が上がった。


「拙僧がレーム大司教・テュルパンであるッ!」


 威風堂々たる雷鳴の如き名乗り。直接手を下した後に為される様式美。

 新たな馬蹄の正体は思わぬ救援だった。


「凄まじい戦場と化しておるから、オルランドが現れたのかと思い来てみれば……

 その方らは一体何をしておるのだ! 今、フランク・サラセン両軍は休戦中の筈であろう?」


 筋骨隆々の禿頭とくとうの男、テュルパン。僧侶でありながらシャルルマーニュ十二勇士の一人に名を連ね、手にした槌矛メイスで敵対する者の頭蓋を容赦なく粉砕する。


「しかも多勢を以て少数を取り囲み嬲り者にしようなどと、騎士の風上にも置けぬ卑劣漢よ! 神に代わりてその方らに、鉄槌を見舞ってくれようぞッ!!」


 神罰の体現者にして歴戦の猛者たる僧兵は、地を震わせんばかりの大音声と共に黒騎兵の群れに殴りかかった!


「テュルパン様! お一人で突出してはなりませぬぞ!

 バイエルンの騎士よ! 左右に兵力を展開! 敵を囲み殲滅せよッ!」

「皆のもの、大司教殿を援護しろッ! ハイランド戦士の意地を見せるのだ!」


 テュルパンと共に救援に駆けつけたのは、南ドイツ騎士団を率いるデンマークの勇者オジェと。

 獰猛な騎兵からなるスコットランド軍を率いる王子ゼルビノであった。


「おおお……た、助かったッ……!」

 クレルモン家次兄のリッチャルデットは、思わず天を仰いだ。

「もともとこの騒ぎ、リナルド兄ィが勝手にロジェロに挑んだのが発端だけどな」

 ボソッと正論を吐く三男アラルド。リッチャルデットは聞こえないフリをした。


 何にせよ、マルフィサやリナルド達クレルモン家の騎士は、九死に一生を得たのである。


**********


 首を貫かれた筈のグラダッソは、突如猛然とブラダマンテに襲いかかり――その小柄な肉体を締め上げた。

 凄まじい怪力に拘束され、破損した鎧が耐えきれずに嫌な音を立ててきしむ。


「あッ……く、うゥッ……ど、どうして……!?」


 女騎士は信じがたい状況と激痛に悲鳴を上げた。

 彼女の魔剣ベリサルダは確かにグラダッソの頸動脈を斬り裂いた。常人であれば生きている筈がない。ましてや怪力を発揮して自分を捕まえるなど……!

 そんな中、二人の一騎打ちを見守っていた黒騎兵がまた一人、力なく倒れたのが見えた。


「く、グググクク……ブラダマンテよ、見事なり……!

 よもや……このグラダッソの、奥の手を……使う、事になろうとはなァ……!」


 激しく首から出血しながらも、グラダッソは不気味にくぐもった声を上げた。


「……どういう、事……?」

「儂の異能が、生み出した……この騎兵どもは……ゲホッ! 儂の命の、代わりにもなるッ……!

 こやつら全員の命が、尽きぬ限り……この儂も死ぬ事はない……ゴボッ……!」


 ブラダマンテを締め付けている間にも、黒騎兵たちは次々と倒れていく。

 彼女のもたらした致命傷を癒す力はないらしい。失われた血と魂を補うために、彼らの命を「吸って」いるのだ。


「剣の腕では……お主の勝ちであった……ガフッ!

 だが……悪く思うな。儂はまだ死ぬ訳には行かぬのでなァ……!」

「ぐ……ああああッッッッ……!?」


 ブラダマンテは必死に振りほどこうともがいたが――グラダッソは丸太のような両腕にさらに力を込め、女騎士の抵抗を抑え込んだ。

 元々の体格と力の差は歴然としている。拘束された以上、もはや彼女に抗う術はない――


 次の瞬間。グラダッソの背中と右腕に裂傷が走った。


「なッ…………!?」


 思わぬ反撃が外部から行われた。グラダッソは苦痛に呻き、捕まえていた女騎士の身体を手放す。

 振り返ると、そこに立っていたのは傷だらけの半裸の男――最強騎士オルランドであった。


「待っていたぞ……貴様が不滅の刃デュランダルを手放す瞬間を」

「……オ、オルランド……!? もう動けたのか……!」


 血を流し、憎悪の視線で睨みつけるセリカンの王であったが。

 先刻、グラダッソが取り落とした聖剣はすでにオルランドの手にある。その瞳に宿る怒りの炎を前にして、勇気が萎え、死の恐怖が彼の心を支配しつつあった。


「貴様は騎士でも何でもない。一騎打ちを挑んでおきながら……

 その実、部下の命を利用した卑怯者だ。このオルランドが助勢するに十分な理由だ」


 オルランドは聖剣デュランダルを構えた。

 本来の持ち主の手に、その剣はしっくりと馴染む。今の彼は野獣の類ではない。フランク王国随一の勇士の名に相応しい眼光を宿していた。


「そしてこのデュランダルは、貴様が実力で勝ち取ったものではない。

 返してもらうぞ盗人め! 我が魂たる剣を奪った報い、その命を以てあがなえ!」

「利いた風な口をッ……この若造めがァッ!!」


 激高したグラダッソは、オルランドに力任せに掴みかかろうとしたが――神速で振るわれし聖剣は、荒ぶる王の巨体を切り刻んだ。

 周囲で次々と黒騎兵たちが倒れ、その命を吸い取られていく。傷が増し、流血の量が増え、命を消耗する速度も増しているのだ。


「貴様の部下が全滅するまで、貴様の命は尽きぬのだったな?

 死に至るまでの苦しみが長引くだけの、くだらぬ能力だ」

「……ひ、ヒィッ……!? ま、待ってくれ。オルランド!

 儂の……儂の負けだ! どうか命だけはッ……!」


 死の恐怖に囚われたセリカンの王に、もはや威厳や風格は感じられなかった。

 恐るべき異能と優れた武装を持ってはいたが、それらが失われ、追い詰められた時の脆さが露呈した。

 彼はすでにグラダッソではなかった。現実世界の「魂」を持つ、名も知れぬ臆病で哀れな人間に過ぎなかった。


 オルランドは蔑む様な表情で――命乞いを無視し、無言のまま聖剣を振るった。振るい続けた。

 どれだけ斬り続けただろうか。噴き出す血の一滴すら尽き、乾いた残骸同然になった巨体は――ゆっくりとあけの海に倒れ伏した。


 その凄惨な光景に……ブラダマンテはおろか、周囲の者たちも誰一人動けず、事の次第を見守るだけだった。


「…………終わったぞ。グラダッソは、死んだ」

 血塗れのオルランドは、大きく息を吐き――傍らにいた女騎士ブラダマンテに微笑みかけた。

「礼を言う、ブラダマンテ。貴女がいなければ……俺の命はなかった――」


 それだけ言うと、彼は満足げにその場に倒れ込んだ。

 とっくに限界を超えていたのだ。デュランダルによる潜在能力を引き出す力で、かろうじて意識を保ち、気力を振り絞って戦っていたのである。


 かくしてセリカン王グラダッソの――命の灯と異能は尽き果て、全ては終わったのだった。

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