29 ブラダマンテvsグラダッソ・後編
それを見て、歓声を上げるグラダッソの黒騎兵たち。
対してオルランドに寄り添っていた貴婦人フロルドリと、デンマークの騎士ドゥドンは絶望の悲鳴を上げた。
「そんなッ……ブラダマンテ様ッ……!」
「あそこまで追い詰めておきながらッ……!」
「……いいや、よく見ろ」しかし、只一人オルランドだけは違った。
「ブラダマンテは生きている。この土壇場で――あれだけの動きができるとはな」
最強騎士の見立て通りだった。
吹き飛ばされはしたものの、転がりながら衝撃を逃がし態勢を立て直していた。
(……おのれッ。重い鎧を身に纏いながら、何という体さばきか)
グラダッソは忌々しげに、立ち上がるブラダマンテを睨みつけた。
なんとグラダッソの巨体を逆に利用し、その膝を踏み台にし、さらに高く跳んだのだ。
膝を踏みつけられ、僅かではあるがデュランダルの軌道は沈み――彼女は斜めの角度で斬撃を捌く事に成功したのである。
ブラダマンテも、グラダッソも知る由もなかったが……聖剣デュランダルには「呪い」があった。
敵も味方も、最大限に闘争心と潜在能力を引き出すという力だ。今の所有者たるグラダッソの力も余す所なく発揮され――そして相対する女騎士もまた、例外ではなかった。
(……くっ、とんでもない怪力ッ……)
ブラダマンテは刃が触れた箇所の傷の痛みをどうにか堪えていた。剣圧の大半は逃がした筈だが、それでも口の中を切ったのか、不快な金臭さと味が充満する。
(マンドリカルド戦で破損した鎧じゃ、もう今みたいな受け流しはできない……
グラダッソとの体格と力の差が響いてきてる。いくら隙があっても、致命に至る打点が高い。
今みたいに踏み込みが浅ければ、容易に反撃を許してしまうッ……!)
「……どうした? 先ほどの威勢はどこへ行った?」嘲笑するセリカン王。
「まさか先の
あの程度では儂を殺すどころか、疲れさせる事にすら届かぬぞ!」
長期戦は
グラダッソはこれまでの戦闘でさほど消耗していないのに対し、彼女はタタール王との激闘を繰り広げたばかり。元々の持久力にも差があり、ブラダマンテの疲労の色は濃い。
「……はあッ……はあッ……」
魔剣ベリサルダを構え直すものの、無造作に距離を詰めてくる巨漢の王に対し、先手を打つ事ができずにいた。
セリカン王は筋骨
まるでブラダマンテを試すかのような、見え見えの大振りだ。隙は作ってやる。好きに打ち込んで来いとでも言いたげだ。
しかし女騎士は反撃せず、回避に専念している。先刻の失態を繰り返す事を恐れているのだろうか?
「逃げてばかりでは儂を殺す事はできぬぞッ!」
グラダッソは彼女の立ち回りを楽しむかのように笑みを浮かべる。
その動きには余裕すら感じられる。これだけ得物を振り回しても、疲れの色すら見せない。
むしろ避け続けているブラダマンテの方に、呼吸の荒さが目立ってきているようであった。
「くッ……なんて事だ。これじゃあ一方的な嬲りものじゃないか……」ドゥドンは女騎士の苦境に歯噛みした。
「ああ……ブラダマンテ様……」フロルドリも青ざめ、見守る事しかできない。
味方が浮足立つ中、オルランドは鋭い視線で二人の死闘を見定めていた。
(……ただ臆病風に吹かれて手を出さないのではない。ブラダマンテの目は冷静にグラダッソの剣筋を見極めている。
剣筋だけではないな。奴の身体の動き、足の踏み込み方まで見据えていよう。
にも関わらず、隙を見て反撃しないのは――今度こそ確実な一撃を放つ
しかしこの開けた平原では、絶好の機会とやらは訪れそうにない。
女騎士が一体、何を狙って耐え忍んでいるのか。さしもの最強騎士も、その真意までは読み取れなかった。
「同じところをグルグルと逃げ回りおって。時間稼ぎのつもりか?」
グラダッソはいい加減、イタチごっこの戦いに嫌気が差してきたのか、苛立って動きを止めた。
「ほれ、今度は儂がお主の攻撃を受け止めよう。かかってくるがいい」
息を切らしたブラダマンテは――埒が明かぬと思ったのか、雄叫びを上げて斬りかかってきた。
だがその動きに、先刻のような技の冴えはない。幾分スピードに劣るグラダッソでも見極められる程度のものだった。
(何を狙っておったのか知らぬが、体力が尽きかけてしまってはどうにもならぬ。
見損なったぞクレルモン家の女騎士よ。その程度か……!)
グラダッソはデュランダルを振るい、女騎士の魔剣を切り払った。
力強い斬撃の前に、彼女は思わずひるみ、後退してたたらを踏む。
セリカン王は好機とばかりに一歩前に踏み込んで、態勢を崩したブラダマンテに、さらなる一撃を放とうとした。
ずるり、という奇妙な音と共に、異変はグラダッソの足元で起こった。
「!?」巨漢の王が踏んだ草が横滑りし、その下から泥濘が覗いた。
(何だ……この地形はッ。いつの間にこんなモノがッ!?)
グラダッソは突然の事故に態勢を大きく崩してしまった。
そしてつい先程まで及び腰だったブラダマンテが、ここぞとばかりに素早く斬り込んできたのを見て――彼女の計略を悟った。
無様に逃げ続けていた訳ではなかったのだ。同じ場所をグルグルと回りセリカン王の攻撃を
さらには間合いの取り方も完璧だった。どこに踏み込めば最大の力で聖剣を振るえるか。幾度もグラダッソの斬撃を見て、それすら計算した上での「誘い」だったのだ。
(足を取られた今なら、致命の打点も低くなっている!
貰ったぞ、グラダッソ……!!)
この機を逃せば、己の勝つ望みは潰える。女騎士は
「おおおおあああッッッ!!」
突進したブラダマンテの持つ魔剣ベリサルダは――今度こそセリカン王の首筋を貫いた。
頸動脈からおびただしい鮮血が噴水のように飛び散った。彼の巨体はガクガクと揺れ、手にした
「……や、やったッ!!」
凄惨な決着を前に、誰もが女騎士ブラダマンテの勝利を確信した――その矢先。信じがたい事態が起きた。
遠くで誰かが倒れる音がした。
すると死んだと思われた荒ぶる王の巨体に、突如力が戻った。次の瞬間、ブラダマンテの首と胴を巨大な両腕が掴み、締め上げる!
「がッ……は、あァ…………!?」
思わぬ反撃に
(そ、んな……馬鹿なッ……今、確かに致命傷を加えた、のにッ……!)
拘束され、意識も薄れつつあった彼女の目に映ったのは――血にまみれながらも、凶獣の如き眼光を宿したグラダッソであった。
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