25 魔法使いアトラントの救援

「ピナベル! 敵の第二陣が来るのか?」木の下にいるドゥドンが叫んだ。


「ドゥドン君は心配性だなぁ」木の上のピナベルは落ち着き払って答えた。

「今の所すべてが順調だ! このピナベル様の天才的……いや、悪魔的作戦に死角はないッ!

 まだ慌てるような時間じゃない。グィード君や森の狩狼官しゅろうかんの皆さんが、第二陣を迎撃すべく新たな罠を設置しているハズさ。

 カネに飽かして用意した罠の備蓄には、まだまだ余裕がある。無駄に兵力をすり潰すがいいさ――ん?」


 物見役も兼ねていたピナベルは、森の中を動く騎兵たちの数を見て、表情に焦りが走った。


「…………あっ、やっべ」

「何だよその『やっべ』って!」


「さっき突撃してきたの五十騎だよね? アレはどう見ても倍の百騎はいるわ。

 第一陣と同程度の感覚で罠設置したんじゃ間に合わない……」

「はァ!? 何言ってんだァこんな時にィ!?

 何が悪魔的作戦だよ! 敵の数が倍になっただけで速攻破綻してるじゃねえか糞ピナベル!」


 非難がましい声を上げるドゥドンに、ピナベルも思わず叫び返した。


「う、うっせー! こんなの絶対おかしいよ! 敵の決断が速過ぎるし、思い切りも良過ぎるんだッ! ボクは悪くぬぇー!?

 騎兵が森で不利なのは向こうだって承知してるハズ! 五十騎が全滅したって知ったら、普通ならビビって第二陣の突入判断を遅らせるハズだったんだよッ!」


 そう。常識で考えればピナベルの判断は正しい筈である。

 彼にとって計算外だったのは、セリカンの王グラダッソの率いる騎兵が「普通の軍隊」ではなかった事だ。

 彼らはグラダッソの異能によって召喚され、食事も休息も必要としない。しかも裏切らない――これはとんでもない反則チートである。

 通常の軍隊は士気や練度にもよるが、3~4割が死傷したら、戦闘継続が困難になるとされている。

 ましてや中世の騎士団だ。個人主義である彼らが全員、死ぬまで戦い続けるなど常識的にあり得ない。

 ピナベルは第一陣の五十騎が、一人残らず全滅するまで森の中を突き進んだ事実を訝しむべきであった。それにもっと早く気づいていれば、グラダッソ軍の異質にいち早く手を打てたかもしれない。


 ピナベルが狼狽うろたえている間に――倍の兵力となった第二陣の半数が、味方の屍を乗り越えて来ていた。

 黒騎兵の馬蹄の音が近い。ドゥドンら数名の騎士は得物を抜き迎撃態勢を取る。


「まままま、待て待て大丈夫。まままま、まだ慌てるような時間じゃない。

 諦めたらそこで戦争終了ですよ?」

「……お前のドヤ顔に期待した小生がバカだったよ! まあ落ち着け。

 その鳴りもしない角笛吹いて現実逃避してる暇あったら降りてきて戦え!」

「ち、違うんだ! この角笛はですね! ボクのとっておきの助っ人を呼ぶためのモノであって――」


 ピナベルの慌てふためいた言葉は世迷言にしか聞こえず、ドゥドンはやれやれと嘆息した。

 父のデンマーク勇者オジェから譲られた、重量級の鉄棒を構える。すでに敵軍の馬の頭が視認できる距離だ。


(ここが小生の死に場所になるかもしれんな……すまない、アストルフォ。約束は果たせそうに――)


 覚悟を決めたドゥドン達の耳に、突如朗々たる声が飛び込んできた。


「――つるぎよ、槍よ。雨となれ。

 青天の霹靂のごとく、春先の遠雷のごとく。

 手向かう者の、肉と魂の全てを削ぎ落とすべし!」


 歌うような老人の声が響く。それが呪文の詠唱と判ったのは、天から降り注いだ剣や槍が、敵の騎兵たちに突き刺さったからだ。


「なッ…………!?」


 武器を構えたドゥドンたちは呆気に取られる。

 グラダッソの兵は次々と突進してくるが、その度に呪文が響き渡り、無数の武器が雨あられと貫いていくのだった。


「……どうにか、間に合ったようだな」


 ドゥドンの背後に現れたのは、頭にターバンを巻いた年老いた隠者。右手に呪文書、左手に革袋を携えている。その姿を見てピナベルは歓声を上げた。


「や、やっと来てくれたか! アトラントの旦那ァ!

 ずーっと呼んでたのに、音沙汰ないから来ねえのかと思ったぜ……!」


 アトラント。魔法使いであり、ロジェロの養父である。かつてはロジェロの死の予言を回避すべく、自分の城に閉じ込めていた事がある。

 囚われたロジェロの噂を聞いた女騎士ブラダマンテの活躍によって今は改心したが、道行く旅人を捕まえていた頃、アトラント老人はピナベルと邪悪な繋がりがあったのだ。


「久方ぶりじゃなピナベル。よもや、以前連絡用に渡していた角笛を、今になって用いるとは」

「しょ、しょーがねえだろうッ!? 今は敵に追われてて、多勢に無勢の大ピンチなんだからよッ!?

 頼むよアトラントの旦那! アンタの魔術にはボクも一目置いてるんだ。お得意の呪文であんな連中、チョチョイとやっつけてくれッ!」


 ピナベルの調子のよい言葉に、アトラントは首を振った。


「今の『剣の雨』の術にしても、多少なりとも魔力を消耗するのだぞ?

 それにあの黒騎兵ども、この世の軍隊ではあるまい。恐らくいくら打ち倒しても、新手が次々と森に乗り込んでくるじゃろう」

「な、何だよそりゃ。マジで反則じゃねーか! い、一体どうすれば……!?」


 予想通りの反応をするピナベルが滑稽だったのか、アトラントはニヤリと笑みを浮かべた。


「心配いらん、やりようはある。

 こちらが少数である事が幸いになるような方法が、な」


 老魔法使いは革袋から青い宝石を取り出し、二人に投げて寄越した。


**********


「……どうした? 第二陣は何をやっておる?

 進軍や壊滅の報告も上がって来ないのはどういう訳だ?」


 さしものグラダッソも、森の中の動きが全く止まった事を訝しんだ。

 送り込んだ斥候も、誰一人として戻って来ない。中の状況が全く掴めないのだ。


**********


 果たして森の中では何が起こっているのか?

 結論から言えば、グラダッソ騎兵は道に迷っていた。アトラントの施した幻術によって。


「一体、何がどうなってんだ……?」

 ドゥドンが戸惑うのも無理はなかった。敵の騎兵は自分たちに目もくれず、同じところをひたすら走り続けているのだから。


「あいつら、ボクたちが見えてないどころか……味方同士も認識できてないんじゃねえか?」

 ピナベルも目を丸くしている。黒騎兵たちは無秩序に馬を走らせては、衝突事故を起こして右往左往する始末であった。


「この森には狩狼官しゅろうかんがいると聞いてな。彼らの記憶を利用して幻術をかけさせて貰ったのよ」

 サラセンの老人アトラントは得意げに語るのだった。

「彼らは『狼の回廊』という罠を用いると聞く。円柱状の仕掛けを作り、中心部に羊を置いて狼をおびき寄せるのだ。

 狼は恐ろしい獣だが、狭い通路では方向転換ができぬという弱点がある。彼らが一周する頃には回廊の入り口は閉じ、永久に同じ所を回るしかなくなる。

 あの騎兵どもには『狼』になって貰った。この森が『回廊』よ。彼奴らは一生、狭い道しか認識できぬし、森から出る事すらできぬ」


 魔法の原理はよく分からないが、老人の言が正しいのだとすれば――ピナベルという餌に釣られた騎兵たちは、訳も分からずにグルグル彷徨い続けるという事だ。何気に恐ろしい術である。


「お主らの数が少ないも幸いした。同士討ちするのは圧倒的に数の多い、敵どもじゃからな。

 くれぐれも先に渡した隼眼石ファルコンアイを失くすなよ? 数に限りがある希少な品じゃし、それを失えばお前たちも、森の中を流離さすらう羽目になる」


 アトラントの脅しめいた言葉に、ドゥドンとピナベルは渡された宝石をギュッと握りしめた。

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