13 アストルフォ、グラダッソと相対する
南フランス、マルセイユにほど近い海岸線。
一艘のガレー船が近づいてきている。旗印は双頭の鷲。東ローマ帝国の紋章だ。
もっとも、船自体が東ローマ所属というだけであり、乗組員はまるで異なる。
イングランド王子アストルフォ他、フランク騎士が多数乗船していた。
「船着き場が見えてきたな! 皆準備はいいかァ!」
「何でお前が仕切ってんだよピナベルこら」
偉そうに大声を上げるマイエンス家のピナベルに対し、デンマーク騎士ドゥドンは不平を訴えたが。
「この船は、ボクがレオ皇太子に多額のレンタル料を支払って貸与されたモノ!
言わば契約期間中はボクが船のオーナー! 船長! いっちゃんエライ!
君らだって知ってるだろ? 船上にいる時の船長の権限の強さを! ンン?」
ピナベルは鼻息荒く言ってのける。完全に調子に乗っている。
確かに船長には船の上で、乗組員を自由に裁いたり、追い出す権利などがあったりするのであるが……
「よし分かった船長殿! ベストの場所に船の停泊を指示してくれ!」
「わっはっは。アストルフォ殿はちゃんと分かっていらっしゃる!
キミたちも見習って! 荷物の準備とかキリキリ働く! 分かったね!」
アストルフォがこっそり、ドゥドンら騎士たちにウィンクを送ると、彼らは不承不承ピナベルに従った。
船から降りた途端、増長したピナベルが弱小モブ騎士連合の皆さんに袋叩きに遭ったのは言うまでもない。
**********
「それはそうと……何じゃあこりゃあ!?」
アストルフォらが陸地で見たものは、奇怪極まる黒い空間であった。
真昼にも関わらず、その一角だけ夜の闇が凝縮されたような、異様な光景。
「何か……コワイな。迂闊に手を出すべきではないかもしれん」
「コレが何なのか知らんのか? グィードよ」
「俺にだって……分からない事ぐらい……ある……」
「拙者、気になります!」
モブ騎士四人組も口々に好き勝手な事を言い始めたが。
アストルフォは慌てず騒がず、背負い袋から一冊の書物を取り出して、ページをめくった。
善徳の魔女ロジェスティラより授かった、あらゆる術の解除方法が記されているチートな呪文書だ。
「……これは魔術師マラジジ殿が仕掛けた術のようだ。
この世ならざる異空間に繋がっているが、外からは誰も入る事はできない」
「アストルフォ殿。それが噂の呪文書か?
確か術の解除方法もバッチリ載っていると聞いたが……」
ドゥドンの言葉に、アストルフォは解除方法の項目を読み上げようとした。
ところがそこに――周辺の漁民に聞き込みをしていたピナベルが、血相を変えて戻って来た。
「マ、マズイぞアストルフォ殿! ボクたちの上陸が敵にもうバレてやがる!
漁民の話では、黒馬の騎兵百騎がこっちに向かって爆走してるってよ!?」
「何をそんなに慌ててんだよピナベル。敵かどうかも分からんし……もし敵だったとしても、迎え撃てばいいだけだろう?」
「こっれっだっかっらッ! 脳筋モブ騎士どもはッ!
もし奴らが敵だったら、陸に上がったばかりのボクたちじゃ相手にならん!
あっという間に踏み潰されて試合終了じゃボケェ!?」
緊張感のないモブ騎士たちの返答に、ピナベルは頭を掻きむしって叫んだ。
数に劣る上に、上陸したばかりのアストルフォ達は馬の数も不十分だ。彼の言う通り、現状で衝突すれば全滅の危険すらあるだろう。
黒い空間の正体は気になるが……残念ながらゆっくり関わっている時間も余裕もなさそうであった。
「ここで遭遇するのは確かにマズそうだな、ピナベル。
何か対抗する策はあるのかい?」
アストルフォの言葉に、ピナベルは毒づきつつも答えた。
「相手が騎兵だけなら、北上したほうがいい。森の中に入りさえすれば、馬の優位は消える」
「分かった。皆の準備が整い次第、キミの方針を受け入れるとしよう」
アストルフォはピナベルの隣に立ち、騎兵がやってくるであろう西の方角を睨み据えた。微かに砂塵が見える。
「アンタは準備しないのか? アストルフォ殿」
「ボクは最後でいいさ。船から降りたばかりで、船酔いから立ち直ってない仲間も大勢いる。最悪の場合、彼らを守る人間が必要だろう?」
「確かにそうだが……」
「かくいうボクも気持ち悪くなって、さっきちょっと吐いてきたしね」
「アンタも船酔いしてたんかい! 今ちょっと『カッコイイかも』って、感動して損したわッ!」
ピナベルは呆れてツッコミを入れた。
「……アンタに一番死なれちゃ困るんだよ。そもそもこの面子の中じゃ、アンタが一番の金持ちで、重要な金ヅルなんだぜ!
つーか金持ちらしくないな! 自分の身の安全を最優先すべきだろう?」
アストルフォはその問いに答えない。曖昧に微笑むのみだった。
ピナベルは大きく嘆息し――気を取り直したのか、改まって口を開いた。
「ならよォ、アストルフォ殿。アンタの『財産』、ちょいと借りてもいいか?」
「……構わないが、何に使うんだ?」
「『仕込み』に使う。人間って奴はなァ、大半の連中がアンタと違って
ピナベルの提案を受け入れ、アストルフォは金貨の詰まった袋などを渡した。
すると彼は一足先に馬を駆って、北の森目指して走っていった。
**********
アストルフォ一行の約半数が、北上しはじめた頃――敵はやってきた。
荒ぶるセリカンの王グラダッソ率いる、百の騎兵部隊である。
「おォ、これはこれは! イングランド王子アストルフォ殿! パリでの一騎打ち以来だな!」
グラダッソはアストルフォの姿を認めると、心底嬉しそうに声を張り上げた。
「そういうキミは――グラダッソ殿か。久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」
「貴殿に敗北した事は苦い思い出であったが、まあそれは水に流そう。
今の儂はオルランド討伐の為の部隊を率いておってなァ。フランク王国とは協力体制を築き上げておるのだ!
故にアストルフォ殿。貴殿にも我が隊の一翼となり、狂った騎士を討ち取る事に手を貸していただきたい!」
「――ありがたい申し出だが、お断りするよ。
何故ならボクはオルランドを殺す事なく、正気に戻す方法を知っているからだ!
オルランドの狼藉騒動はそれで収まる。ここはボクに任せてくれないか」
アストルフォは堂々と言い放ったが――グラダッソは面白くもなさそうに、フンと鼻を鳴らした。
「……知っておるよ。貴殿が『オルランドの心』を持っておる事くらい」
「!?」
「何故、と聞きたいやもしれぬが、儂に答える義理はない。
残念だがアストルフォ殿。オルランドが正気に戻る事なく、ここで死んでくれた方が儂にとっては都合が良いのだ。
一応聞いておこう。『オルランドの心』をこちらに渡せ。そして彼に正気を取り戻させる事を諦めてくれ。
さすればこの場は見逃してやろう。貴殿とは長い付き合いだ――出来れば、殺したくはない」
露骨な脅迫であった。名馬バヤールに乗る巨漢の王の全身から、刺すような鋭い殺気が伝わってくる。
グラダッソは本気だ。要求を拒否すれば、即座に騎兵を動かしアストルフォらを蹂躙する気だろう。
しかし――アストルフォの答えは決まっていた。
「その要求には応じられない! 我が友を救える機を、みすみすフイにする訳にはいかないのでね」
「貴殿ならそう言うと思っていた――が、愚かな事だ。実に悲しい」
言葉とは裏腹に、グラダッソの顔には嗜虐の笑みが浮かんでいた。
「殺れ、お前たち! 我らの討伐作戦を邪魔立てする裏切り者のフランク騎士どもを、一人残らず肉塊へ変えよッ!」
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