12 ロジェロ、リナルドと出会ってしまう

 サラセン帝国軍・オルランド討伐隊の陣営にて。

 総大将・セリカン王グラダッソが率いる黒馬の騎兵部隊と共に行軍するのは、ムーア人(註:スペインのイスラム教徒)騎士のロジェロとその妹、インドの王女マルフィサであった。


(得体の知れねえ騎馬隊どもだな……)

 無駄口ひとつ叩かず、堂々と進軍するグラダッソの配下たち。ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは彼らを見ながら思った。

(グラダッソの言った通りのチート部隊なのか? こいつらは……

 ……多分違うな。本当にあいつの言葉通りなら、こんな便利な連中を今まで使い倒さなかった理由がねえ。

 何かあるはずだ、弱点や制限が。不死身と謳われた魔女アルシナにだって、つけ入る隙はあった。こいつらだって例外じゃねえはずだ……!)


「……難しい顔をしているな、ロジェロ兄さん」

 共に馬を進めるマルフィサが声をかけてくる。彼女は今、グラダッソの巨馬アルファナに騎乗しているため、やや上からの目線であるが。

「最強のオルランド殿が正気を失ったのは残念だが、仕方あるまい。

 できれば彼が騎士としての矜持を抱いている間に、再戦の機会を得たかったが」


「マルフィサ。お前は相変わらず、戦う事にばっかり夢中だよな……」


 ロジェロは呆れたが、マルフィサはさらに顔を近づけて小声で言った。


「……マンドリカルドが姿を消している。あたしらに何も言わずにだ。

 グラダッソの差し金だろうか? この作戦に別動隊が必要だとも思えないが……」


「……また何か企んでやがるな、グラダッソの野郎。

 デカい図体の割に脳筋って訳でもねえんだよな、アイツ……」


 そのグラダッソ当人であるが、ロジェロ達よりも前線部隊の先頭に立ち、意気揚々と進んでいる。

 オルランドの動向が掴めない以上、目的地自体がハッキリしない筈なのだが……その自信に満ちた迷いなき行軍は、逆にロジェロの焦燥を強めるのであった。


 やがてグラダッソの下に、黒ずくめの人物が近づき――ヒソヒソと報告する。

 荒ぶる王の顔に肉食獣の笑みがへばりついた。


「ロジェロ殿! マルフィサ殿! 儂は少々、行軍を急がせてもらう!

 後からゆっくりついて来ればよい! 行くぞ、者ども!!」


 グラダッソはそれだけ言うと、手勢を百騎ほど率いて馬足を速めていった。


「……何だよ。何があったのかぐらい説明してくれりゃあいいのに」

「兄さん。どうやらあたしらがここに残されたのにも、理由があるようだ。

 ……あれを見てくれ」


 マルフィサが指さした北の方角から、十数騎のフランク騎士たちが走って来るのが見える。

 十字架で仕切られた四隅に黄金の百合をあしらった紋章クレルモン・フェラン。ロジェロの恋人・女騎士ブラダマンテの生家たる、クレルモン公爵家の旗印だ。


「クレルモン家の騎士……ブラダマンテの兄貴たちか、あいつら」


 ロジェロの推測は当たっていた。先頭を走る騎士たちは皆、きらびやかな銀色の鎖帷子チェインメイルや兜を身に着けており、並の騎士を凌駕する装備への金の掛け具合が伺える偉容であった。

 フランク騎士たちはロジェロ達の前で止まり、三人の騎士が前に進み出る。中央の黄金兜の男が、大音声で呼ばわった。


「我が名はリナルド! クレルモン公エイモンが長子なり!

 セリカン王グラダッソはどこだ? 我が馬バヤールを即刻お返し願いたい!」


 リナルドの言葉に、ロジェロは嘆息しつつも答えた。


「グラダッソならさっき、急いで先に進んじまったよ。一足遅かったな。

 素直に事情を話しても、アイツの性格じゃあ多分、バヤールを手放したりしないだろうが」

「おのれグラダッソめ! このリナルドを恐れ臆したか……!」


「今、サラセン軍とフランク軍は休戦中だろ? バヤールの返却っつっても、一騎打ちする訳にもいかねえし。

 どっちみちオルランドの討伐が終わるまでは我慢したほうが――」

「ん? 隣におられるのはもしや、マルフィサ殿か? 久方ぶりだな。

 という事は……お主がもしや……ロジェロ……か?」


 急にリナルドの声のトーンが変わった。ロジェロは嫌な予感がしつつも誤魔化す理由もなく「そうだ」と応じる。

 途端にリナルドは兜越しにも分かるぐらい興奮した様子で叫んだ。


「貴様が……貴様がロジェロ……

 我が妹ブラダマンテを……たぶらかした張本人かァーッ!?」

「え……ちょ……リナルド、殿……?」


 鬼気迫る様子のフランク騎士に、思わずロジェロはたじろいでしまった。


「うぉのれ憎きサラセン人ども! 我らの財産たるバヤールだけでなく、最愛の妹まで奪おうと言うのだな!?」

「お、落ち着いてくれ。ブラダマンテとオレはお互いに合意の上で――」


「嘘をつくなァ! 我が可憐にして麗しき妹が、異教徒のサラセン人騎士を好きになるなどあり得ぬわ!

 どうせ貴様が卑怯なマネをして交際を迫り、無理矢理にかどわかしたのであろうがァァァァ!?」


 完全に頭に血が昇った状態のリナルドは、ロジェロの弁明など耳に入っていない様子だ。

 両隣のリナルドの弟たち――リッチャルデットとアラルドも、激昂する兄を見てオロオロするばかり。


「兄上、気持ちは分からんでもないが……シャルルマーニュ様が結んだ休戦協定を破るのはマズイ――」

「ぃやかましい! よりによって我らの愛馬バヤールが奪われた直後に協定なんぞ結びおって!

 この上オルランドまで死ねば、何もかもグラダッソの思惑通りなのだぞ! 納得がいくかァ!?

 シャルルマーニュなど関係ない! 我らの財産も保証できぬ主君の言葉になんぞ従う必要はないッ!!」


「ロジェロ兄さん……どうする? この様子では戦いは避けられそうにないが。

 何ならあたしが代わりに戦おうか?」


 マルフィサが尋ねてくる。予期せぬトラブルに心なしか嬉しそうなのを見て、黒崎ロジェロは心底げんなりした。


「いや、マルフィサ。アイツの目的はあくまでオレだ。

 妹を代わりに戦わせるなんて真似、兄としても騎士としても、やっちゃイカン話だろう」


(グラダッソの向かった先は間違いなくオルランドの居場所だろう。

 となれば、ブラダマンテやアストルフォもいずれ駆けつけるはず。先を急ぎたいところだが――)


 逆上したリナルドを口で説得するのは困難を極めるだろう。ロジェロは深呼吸をしてから――その場の皆に聞こえるよう、大声で言葉を返した。


「リナルド殿。休戦協定がある以上、この場での一騎打ちは単なる私闘となる。

 互いに両陣営から咎めは免れまい。それを覚悟の上でオレに戦いを挑もうとしているのか?」

「……お主にその気があるならばな。我は汚名を背負う事も一向に構わんッ!!

 何故なら我はブラダマンテの兄として、お主が妹に相応しき騎士であるか否か、判断する義務があるからだ!

 というか妹と結婚する気なら……我や父母に報告をすべきだろう! お兄ちゃん許しませんよ!?」


 怒りのあまり、騎士としての体面すら取り繕う気のないリナルド。


「分かった。応じよう……それでアンタの気が済むならな」


 かくしてここに、ロジェロとリナルドの一騎打ちが始まるのであった。

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