9 セリカン王グラダッソの『力』

 ロジェロこと黒崎くろさき八式やしきは、妹マルフィサを伴ってセリカン王グラダッソの天幕を訪れた。


「…………うおッ!?」


 黒崎はグラダッソの天幕に着くと、思わず驚愕した。

 正確には天幕の外に繋がれていた、二頭の巨大な馬を見て、である。


 一頭は黒いたてがみに赤毛の、スラリとした体格の馬……かのクレルモン家長兄リナルドの所有せし名馬バヤール、なのだが……目の前にいるバヤールは以前見た時よりとてつもなくデカい。

 そしてもう一頭は、バヤールに勝るとも劣らぬ巨躯の黒馬。劇画調の漫画に出てくる覇者や武者もののふを背に乗せていそうなド迫力である。こちらは元々、グラダッソが所有していた魔物の牝馬アルファナであった。


「おお、久しぶりだなロジェロ殿! そしてインド王女マルフィサよ!」


 豪快な濁声を上げて天幕から出てきたのは、身長7フィート(約2.1メートル)近い巨人のような体躯に、悪しき竜の如き恐ろしげな容貌。この人物こそ遠く東方にある中国セリカンよりはるばるやってきたとされる、荒ぶる王グラダッソであった。


「あれだけ望んでいた名馬バヤールを手に入れたのか。おめでとうグラダッソ」


 マルフィサは素直に称賛と祝福の言葉を贈った。

 それを受け、グラダッソは満面の笑みを浮かべる。


「うわっはっは! オルランドの持つ希代の聖剣デュランダル!

 力も速さもどんな馬にも劣らず、乗り手に合わせ体型をも自在に変化させる名馬バヤール!

 この儂グラダッソが望みし品、我が手に全て揃いたり! 笑いが止まらぬわ!」


 名馬バヤールは彼の言葉通り、乗り手の体格や人数に応じて巨大化できる魔力を持っている。実際クレルモン家の四兄弟を背に乗せ、速度を全く落とさずひた走る事すら可能なのだ。


(前に見た時よりもデカくなってるのは、今の所有者がグラダッソだからか?

 確かにこのオッサンの巨体と重武装じゃ、せめて二人分乗せるぐらいじゃないと無理そうだが……)


「……ちょっと気になってたんだが、グラダッソ」黒崎ロジェロは疑問を口にした。

「デュランダルも今はアンタが持ってるんだよな? なんでだ?

 聞けばその剣は、タタールの王マンドリカルドが持ち帰ったって話だ。

 マンドリカルドと一騎打ちして勝利して奪ったのか?」


「…………いいや? 彼奴あやつから譲り受けたのだ」

「……マジかよ。信じられねェな……」


「……本当の事だ。デュランダルは確かに、俺様からグラダッソへと譲った」


 グラダッソの言に半信半疑になったロジェロだったが、天幕から新たに出てきた人物が現れ、言葉の後を継いだ。――精悍で無骨な東洋風の武人・タタール王マンドリカルドである。


「いたのか、マンドリカルド……」

「うむ。今後のオルランド討伐作戦の説明を受けていたのでな。

 マルフィサもいたか。いずれ事が全て終われば、そなたとの再戦にも応じよう」


 タタール王の発言にマルフィサの顔が露骨に輝いたのを、ロジェロは見ないふりをした。


「でもなんでだ? あれほどいにしえの英雄ヘクトルの装備を揃える事に執着していたお前が……」


 言いかけてロジェロは、マンドリカルドがヘクトルの鎧すら身に着けていない事にようやく気づいた。


「確かに俺様は、数多くの冒険や一騎打ちを行い、ヘクトルの装備を欲していた。

 実際手に入れたデュランダルは素晴らしい名剣だったよ。両刃剣ロングソードの扱いに慣れぬハズの俺様をして、達人になれたと錯覚するほどにな。

 だが……気づいたのだ。このデュランダルという剣――俺様とは『合わない』と」


 ある時、直感にも似た違和感を覚えたマンドリカルドは、早速グラダッソを呼びつけて相談した。結果、彼に聖剣を譲る決断に至ったようだ。


「やはり俺様は、勇猛果敢な騎馬民族タタールの王である。馬を縦横無尽に駆り、弓を自在に扱ってこその我が武勇!

 俺様は俺様のやり方で、最強の戦士を目指す。――故にデュランダルはもう不要だ」


 マンドリカルドの力強い決意にロジェロ――いや黒崎は、安堵と焦燥の混じった複雑な心境に陥った。


(こいつは……思ったより厄介な事態かもしれねえな。

 原典じゃデュランダルを持ったマンドリカルドとロジェロが対決する。

 ロジェロはデュランダルに傷つけられ深手を負い、マルフィサに看病される日々を送る事になるが……それと引き換えにマンドリカルドを討つ事にも成功する。

 オレも死にそうな目に遭わずに済んで助かったが、こいつも死の運命を自ら回避しやがった……!)


 原典でのマンドリカルドの死因は、言うなればデュランダルに執着し過ぎた事にある。

 それを彼自らが捨て去ってしまえば、身内同士で争う事もなく、命を散らす事もない。結果としてサラセン帝国は強大な戦力を保ったまま、これからのオルランド討伐に臨めるのだ。


「聞けばマルフィサ殿は、以前マンドリカルドと一騎打ちをした時に愛馬を失ったそうだな?」グラダッソが言った。「どうであろう? 貴公が望むならば、我が馬アルファナを貸し与えてもよい」


「本当か? 感謝するグラダッソ殿!」


 マルフィサは力強い黒馬を前に、欲しい玩具を手に入れたわらべのように嬉しそうな表情になった。

 早速背に跨る。巨馬であり、その動きは荒々しい野獣も同然であったが――マルフィサは振り回される事無く、楽しげに乗りこなしていた。ロジェロは改めて、妹の覇王めいた馬術と風格に舌を巻くハメになった。


「オルランド討伐の作戦、アンタが取り仕切ってるんだよな? グラダッソ殿」

 ロジェロは改めて本題を切り出した。

「オレも参加するように大王から言われてな。しかしオルランドは手ごわいぞ?

 いくら正気を失い、素手で暴れているといっても、そんな簡単に殺せるとは思えねえが……

 合同作戦らしいが、フランク王国の連中とは作戦を話し合ったりしたのか?」


「そんな必要は全くないのだ、ロジェロ殿」グラダッソはニヤリと笑った。

「共同作戦の件は、儂から大王とソブリノに進言したが……フランク王国の連中はオルランドに情が移っていよう。

 下手をすれば積極的にオルランドを護るため動くかもしれん。それを防ぐための今回の提案よ。

 奴らの邪魔立てがなければ、素っ裸の狂人など――いくらでも討ち取れる」


「大した自信だが……グラダッソ。あんたがデュランダルやバヤールを持っていたとしても。

 ここにいる全員でオルランドにかかっていったとしても……勝てないとは言わんが、それなりに損害を覚悟しなきゃならねーんじゃねえか?」


「それも心配する事は無い。このグラダッソ自慢の勇猛果敢な騎兵部隊が、オルランドの相手をするからな」


 余裕の表情のセリカン王から、奇妙な単語が飛び出した。思わずマンドリカルドもいぶかる。


「騎兵部隊、だと……? そんな奴らがどこにいるのだ。そなたは単独で参陣したであろう?」

「クックック。すぐに分かる。もうすぐ日が暮れる――お見せしよう」


 日没になった。

 ロジェロ、マルフィサ、マンドリカルドは不意に、夜闇に潜む凄まじい数の気配を感じた。

 いつの間に現れたのか。騎馬兵である。しかも数百……いや、数千はいるだろうか。


(馬鹿な……なんだこいつらは……! これだけの数、一体どこから……!?)黒崎ロジェロは戦慄した。

 

 さしものマルフィサやマンドリカルドも、ロジェロと同様の感想を抱いたようで、驚きを隠せない。

 そもそもこれだけの数の騎兵が、彼らに接近も気取られず姿を現すなど――常識で考えれば有り得ない光景であった。


「驚いたようだな、お三方」グラダッソは心底愉快そうに笑みを大きくした。

「これこそが我が力、我が兵、我が真髄……! 

 今まで疑問に思ったことは無かったか? 儂が遠く中国セリカンの地から、数多の騎兵を率いて欧州ヨーロッパの地を蹂躙し、パリすらも陥落させた理由を!

 その答えがこれよ! 儂は儂のみに付き従う、騎兵部隊を自在に出没させる事ができるのだッ!」


 グラダッソに忠勇なる数千の騎兵隊。飢えず疲れず、裏切らず。そんな反則級の力が、どれほどの脅威であるか――仮にも軍人であるロジェロ達は、痛感せずにはいられなかった。

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