4 セナプス王の真意、天空の使者

 エチオピア王セナプスの食事はすでに下げられていたが、臣下に聞いたところ、予想通り一口も口に入れていなかった。

 ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは前に進み出て、呪文書に記されていた方法を思い起こしつつ尋ねた。


「セナプス王よ。ハルピュイアが現れるようになったのはいつからです?」

「――半年ほど前からであるな」


「半年前、王の周りで何がありましたか?」

「――息子が死んだ。口論から大喧嘩になり物別れになったその夜、息子の邸宅が火事になってな。逃げ遅れて焼け死んでしまったのじゃ」


 王は悲しげに答えた。やはり原典と違い、ハルピュイア出現は天罰という訳ではなさそうだ。

 王は恐らく自責の念から、食事を受け付けずにそのまま死のうとしている。


「息子の死の悲しみゆえに、食事をされぬのですか?」

「――それもある。じゃが真の理由は、話しても誰も理解はすまい。

 我が国の民も同様じゃ。皆息子が悪い、天罰が下ったと口を揃えて言った。

 家臣たちも誰一人として、我が息子を庇おうとはしなかった」


 エチオピアの民は国王に臣従するあまり、焼死した息子を口々にけなしたという。

 黒崎はチクリと嫌な空気を感じた。確かにこの国は栄えている。しかし皆、王にへつらい、王を恐れる余り諫言かんげんひとつ行おうとはしない。

 セナプス王も状況を察したのだろうか。権力者の孤独に気づいたのだろうか。瞳をめしいたのも、もしかすると――


「セナプス王。耳を塞いでください」ロジェロは言った。

「? 何を――」


「アストルフォ。頼んだぜ」

「ああ。任せてくれロジェロ君!」


 エチオピア王が耳を塞いだのを確認すると、ロジェロもまた耳を塞いだ。

 と同時に、アストルフォは恐怖の角笛を力いっぱい吹き鳴らした。


 心ある者ならいかなる勇者とて、逃げ出さずにはいられない恐怖の音色。

 王の臣下たちは皆、恐ろしさに駆られて我先にと王宮を逃亡していった。


 残ったのは、アストルフォ以外は事前に耳を塞いだロジェロとセナプスのみ。

 セナプス王が恐る恐る耳から手を離すのを見計らい、提案する。


「今ならばここにいるのは、余所者であるこのロジェロと、アフォ――もとい我が友、アストルフォだけです。

 エチオピアの臣民に気兼ねする必要はありません。どうか胸の内に秘めし思いをお教え下さい。

 オレたちは、王の憂いを晴らすために尽力する所存です」


 ロジェロは出来る限り、穏やかな口調で協力する旨を告げた。

 しかしエチオピアの王は悲しげにかぶりを振る。


「そち達の申し出はありがたいが――我が望み、もはや叶わぬ話よ。

 死した息子を許し、これまでの非礼を詫びたいなどと願ったところでな。

 こればかりは、儂が死なぬ限り為し得まい――」


 キリスト教において自殺は禁忌ではないが、「自分自身を殺す」殺人として、罪深い行為とされる。

 人がいかなる運命によって死を迎えるかを決めるのは神であり、人自らが定めるものではないからだ。


(だからハルピュイアの幻影を見て、食事を摂らずに餓死――なんて回りくどい事やってんのか。

 そりゃ国民にも言えねえわな。王たる者が自殺したがってるなんて話は……)


 黒崎はようやく得心がいった。しかしこのまま王の餓死を黙って見過ごす訳にもいかない。

 やはり赴く必要がある。原典でもアストルフォが旅したという月の世界へ。黒崎の記憶通りであれば、王の憂いを断ち切る方法も恐らくは月にある。


「セナプス王。伝承によれば、このエチオピアの地にはナイルの源流たる高き山が存在し――そこにはあらゆる叡智を修めし聖者が住まうとか」

 アストルフォはいつになく真剣な面持ちでひざまずいた。

「聖者の下を訪れる事が叶えば、必ずや王の憂いと心残りを解決する秘策をこいねがう事ができるはず。

 お願いです、東方の三賢人を祖先に持つ偉大なる王よ。我らに聖者の山へ赴く事をお許し下さい」


 セナプスは二つ返事で、アストルフォの懇願を聞き入れた。

 どのみちナイルの源流があると言われる高山は険しく、十万の兵を率いた所で頂にはたどり着けない。それこそ空飛ぶ馬を持つロジェロやアストルフォでなければ近寄る事すらできぬ、前人未到の地である。常識的に考えれば、伝承にある聖者が存在している可能性すら低い。


(でもまさか、いくら何でも山に聖者がいないって事は――ねえよな?)


 嫌な未来図が脳裏をよぎる黒崎。エチオピアに着いてから、原典にあった内容がくつがえされ続けているため、無理もないかもしれない。

 無論隣のアストルフォは、聖者が不在の可能性など全く慮外であり、意気揚々としていたが。


 王宮を後にし、山へ旅立つ準備をしている最中であった。

 空を見上げていた人々が口々に何か騒いでいる。


「おい見ろよ。またしても空飛ぶ騎士様がこの国においでなすったぞ!」

「しかも今度は、美しい翼の生えた白馬に、純白の騎士様だ!」

「もしかしてアレか? ペガサスに乗った英雄ペルセウスの末裔なんか?」


 ペルセウスはともかく――ペガサス。天馬を意味する単語に、ロジェロは思わず空を仰いだ。

 この世界でペガサスに乗った白い騎士など、たった一人しかいない。


 すなわち――魔法で変身したメリッサと、女騎士ブラダマンテである。

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