幕間2

一方、オルランドは自意識過剰な姫と遭遇していた

 フランク王国最強の騎士オルランドは、サラセン帝国に属する二人の王の率いる軍勢に偶然にも遭遇し、瞬く間にこれを壊滅せしめた。

 別段、フランク王国の為などではない。己の目的たる放浪の美姫アンジェリカを探し求めども、いっこうに掴めぬ足取りに業を煮やし、その腹いせで蹴散らしたに過ぎなかった。


 あれだけの敵兵を切り刻みながらも、彼の持つ聖剣デュランダルは刃こぼれ一つしなかった。

 さして興味も湧かず、跨る名馬ブリリアドロの歩を進めるオルランド。森の中を彷徨い歩くうち、山腹の一部から夕暮れの光が洩れている事に気づいた彼は、光を辿ってさらに先へと進んだ。

 すると程なくして洞穴が見つかった。深い。しかも明らかに複数の人間が出入りした足跡がある。


(こんな辺鄙な洞窟に、誰か住んでいるのか――?)


 オルランドは騎士となる以前、極貧だった頃の洞窟暮らしを思い出した。幾分か懐かしい気持ちになり、彼は馬を下りて入り口に繋いでから洞穴へ歩みを進めた。

 しばらくすると――洞窟の最奥に鎖に繋がれた貴婦人と、その傍に寄り添う醜い老婆の姿があった。


 貴婦人は囚われの身であるようで、己の境遇を嘆き悲しんでいた。


「まったく、いつまでもビービーと五月蠅うるさいんだよ。

 運が悪かったと思って諦めるんだね。助けなんか来やしないさ」


 醜い老婆はうずくまる貴婦人に対し、うんざりした様子で悪態をついていた。

 だが、そこにオルランドの近づく足音を聞き取り――老婆は顔を上げ、にわかに警戒した面持ちを見せた。貴婦人は涙に濡れた顔を上げた。衣服も薄汚れ、目は真っ赤であったが、それでも美しさは色褪せていなかった。


「なんだい、アンタ――随分立派な装備の騎士様じゃあないか。

 見かけない顔だねェ」


 老婆の警戒した問いに、オルランドはひざまずいて自己紹介した。


「我が名はオルランド。フランク王国はブルターニュ辺境領を預かる騎士です。

 ご婦人方は、一体このような洞窟で何をされているのですか?」


「へえ――こいつは驚いたね!」老婆は膝を叩いた。

「ワタシの顔を見て笑ったり、嘲ったりしない騎士なんて、久しぶりじゃないの!

 アンタは数少ない、本物の礼節をわきまえた男なんだろうねえ!」


 この老婆、醜い容姿に余程コンプレックスを抱いているのだろう。確かに滑稽な容貌であり、その濁り切った瞳からも性格の悪さが滲み出ていたが――オルランドは貧民街で、もっとみすぼらしくおぞましい、底辺の人間を数え切れないほど見てきている。今更彼女のような人物に遭遇したところで驚くに値しないのだ。


 フランク最強騎士の威風堂々たる礼儀正しい振る舞いに、泣き腫らした貴婦人も幾らか落ち着きを取り戻したのか、口を開いた。


「あたくしが身の上に起こっている事情を話せば、この強欲な老婆ガブリナが――あたくしについて告げ口するでしょう。

 そうなればあたくしはきっと、あんな目やこんな目に……!

 ああ、それでも構いませんわ。お話しいたします」


 涙声ながらも朗々たる、鈴の音のような美声であるが――何やらわざとらしさを感じる。まるで今の悲劇の境遇にいる自分に酔いしれているかのようだ。


「あたくしの名前はイザベラ。ガリシア(スペイン北西部)の王女です。

 と言っても、今のこのみすぼらしくも嘆かわしき姿で、そのように名乗った所で虚しいばかり。

 かつてのあたくしは、若く美しく雅で、豊かで清らかで慎ましく、性格も穏やかでした。蝶よ花よと皆に愛される毎日を送り、明日も明後日もいつまでも、幸福な日々が続くと信じて疑っていませんでしたわ!」


 イザベラと名乗った貴婦人は――さりげなくとんでもない自己紹介を始めた。

 さしものオルランドも、表情を崩さずにいるのが精一杯であった。


「ケッ、まーた始まったよこの女!」老婆が忌々しげに吐き捨てた。

「毎回毎回、よくもまぁそこまで自画自賛できるもんだ! 言ってて、恥ずかしくならないのかいアンタ?」


「何をおっしゃいますのガブリナ! 今のあたくしには、世話をしてくれるお付きの者とて一人もいないのですよ?

 誰か一人でも我が下僕しもべがいたならば、今の素晴らしい口上をあたくしに代わって名乗りあげていたのですわ! それをあたくし自ら代行しているに過ぎません! 何もおかしい所なんてありません事よ!」


 自意識過剰とでも言うべきか、己の今の口上が不自然かつ傲慢に受け取られると気づいてもいないらしい。

 事ある毎に口喧嘩を始めるイザベラとガブリナを何とかなだめ、オルランドは彼女の事情を聞き出した。


 去年イザベラの父が開いた御前試合トーナメントにて優勝したスコットランド王子ゼルビノに対し、彼女が一目惚れして結婚しようとした事。


(ゼルビノが優勝したバイヨンヌの試合には俺、出場していなかったな)


 だがイザベラはイスラム教徒であり、キリスト教徒のゼルビノとの婚姻に、父が猛反対した事。


(異教徒同士で結婚しようというのだ。当然の話だな)


 ゼルビノは一計を案じ、密かにイザベラと結婚式を挙げた。後に彼の友人である騎士オデリックの船で迎えを寄越す約束をした事。


(オデリックだと? ビスケーのオデリックの事か。

 陸でも海でも武勇を轟かせ、誠実な人柄で知られる男だな。適任だろう)


 オデリックの船に首尾よく乗り込んだまでは良かったが、航海途中で嵐に遭い、船が座礁してしまった事。

 オデリックは密かにボートを出し、イザベラと共に乗り込んだが、見知らぬ土地に迷い込んでしまった事。


(フム……まあ、これは運が悪かったとしか言いようがあるまい)


 そして何を血迷ったのか、オデリックは陸に着くや否や、欲望を剥き出しにしてイザベラに襲いかかってきた事。


(あいつが、イザベラを手籠めにしようとした? 信じられん話だな。

 船には結婚生活に必要な家財道具を積んでいたのだろう。それらが全て座礁して失われてしまった。それを苦に凶行に及んだという可能性もあるが――)


 イザベラが必死に抵抗した結果、近くを根城にしている海賊の集団に見つかり、オデリックは逃亡。しかしイザベラ自身は海賊たちに捕まり、この洞窟に監禁されてしまった。そして今に至る――


 随分と長い話であったが、要は海賊に囚われ、奴隷として売り飛ばされそうになっているという事だ。

 オルランドはイザベラの立て板に水の如き長広舌に対し、じっと頷きながら聞き入っていたが――内心腑に落ちないでいた。


 自意識過剰な性格を匂わせるイザベラの言い分。鵜呑みにしていいものか迷う所である。

 ちなみに実際のところは、次のような顛末であった。


**********


「ああ、なんて事だ――ここがどこかも分からないし、先立つ物も全て船に置いてきてしまった。

 このままじゃあ、ゼルビノのいるスコットランドに向かうどころじゃあない。

 イザベラ、悪いけど――」

「な、何ですのオデリック! あたくしをそのように物欲しげな顔で、まじまじと見るなんて! ダメですわ! あたくしには、ゼルビノ様という心に決めたお方が――!」


「え? いや、イザベラ。何言ってるの? 僕は――」

「あたくしに乱暴する気でしょう! あたくしが若く美しく雅で、豊かで清らかで慎ましく、性格も穏やかだからって!」


「ちょ、ちょっと落ち着いてくれ、イザベラ――」

「なんていやらしい殿方なのでしょう、オデリック! あたくしをどのようにして手籠めにしようか考えているのでしょう?

 ギリシャ神話風? それともエジプト神話風? もしかしてマニアックにインド神話風というのも考えられますわね!」


「誤解だ、頼むから話を聞いてくれ――」

「近づかないで変態! スケベ! アストルフォ!!」


**********


 さて、真相など知る由もないオルランドが、どう受け答えすべきか考えあぐねている所に――洞穴の方から複数の人間の足音が近づいてきた。

 オルランドが振り返ると、いずれも人相の悪い野盗然としたみすぼらしい男たちの姿。恐らくはイザベラをここに閉じ込めた海賊連中であろう。


「おう兄貴ィ! こいつはまたご立派な魚が引っかかったモンだぁな!

 網も張ってなかったってのによォ!」

 海賊の一人が嬉しそうに喚き立てた。いかにも粗野で、頭の悪そうな声だ。


「けっけっけ。表に繋いであったスゲエ馬、ありゃあお前さんの持ち物か?

 ありがたい贈り物だぜ! ついでにお前の持っている、その立派な剣や鎧兜も、置いていってもらおうかァ!

 そうすりゃあよォ、命だけは取らないでおいてやるぜ!」


 舌なめずりしながら嘲り笑う海賊たち。オルランドは――不敵な冷笑で応えた。


「ほう。そうか――俺の持っている物の具がそんなに欲しいのなら、売ってやらん事もない。

 じゃあ早速、料金を前払いでいただこうか」


 言うが早いか、オルランドはそこらに転がっていた木の棒を拾い、凄まじい勢いで先頭の海賊めがけて投げつけた!

 次の瞬間、ぱぁんと冗談のような音が響き渡り――右眼と脳漿の一部がブチ撒けられ、哀れな海賊はあっさりとその生涯を終えた。


「なッ…………!?」

「おっと、お客さん。代金が足りねえなァ……クククク。

 そんな安っぽい命じゃあ、その棒切れ一本分の価値もないってよ」


 オルランドは挑発するようにデュランダルを抜く。輝きを放つ聖剣を目の当たりにし――海賊たちは血気盛んに得物を抜き放ち、次々と襲いかかって来た。


(フン。こいつら程度じゃあ、本気を出させた所で俺の力に到底及ばぬだろうが――ちょうどいい肩慣らしだ。

 こういう外道相手なら、何の気兼ねもなくブチ殺す事ができる。ありがたい存在だぜ)


 フランク最強の騎士の瞳に、野獣めいた狂暴な愉悦の色が瞬いた。


**********


 海賊どもが無残な肉塊と化すのに、ものの数分とかからなかった。

 返り血で全身を染め上げたオルランドが、ゆっくりとイザベラの方へ振り返る。

 醜い老婆ガブリナはいつの間にか逃げ出したようで、すでに姿がなかった。肝心のイザベラは海賊の魔手から救われたにも関わらず、怯え切った瞳でオルランドを凝視しガタガタと震え上がっている。


(少々、刺激が強すぎたか? 人死にも滅多にない、生ぬるい御前試合トーナメントだけが戦いではないのだがな。

 とはいえ、怯え切ってしまうのも無理はないか――)


「ガリシアのイザベラ姫。このような薄汚い格好で失礼。

 ですが――貴女を拘束していた不逞の輩はこの通り、残らず退治しました。

 いかがです? 貴女がもし望むのなら、貴女の愛しの王子ゼルビノの下まで――このオルランドが護衛いたしましょう」


 別に断ってもらっても構わない、と言いたげに――オルランドはガリシアの王女に提案した。

 イザベラは未だ震えが抜けていなかったが、それでもオルランドのような屈強の騎士に護衛されたなら、無事にゼルビノと再会できると判断したのだろう。覚悟を決めたようにこちらを睨み据え、こくりと頷いた。


 オルランドは少しだけイザベラを見直した。自意識過剰な箱入り娘だと思いきやなかなかどうして、度胸がある。己への恐怖よりも恋心が勝ったのだ。その一途な想いは賞賛すべきだし、道中の旅も退屈しなくて済むだろう。フランク最強の騎士は内心ほくそ笑んだ。

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