8 アルジェリア王ロドモンの暴走

 パリ城壁、南門側。

 攻め寄せるサラセン軍は、恐怖と狂気に駆られていた。


「進め! 壊せ! 殺せ! 決して怯むな! 手を休めるな!

 キリスト教徒どもに死を! パリを灰燼にせよ! ぐあッははははァ!」


 恐怖を振り撒く中心にいるのは、アルジェリア王ロドモンである。

 彼と彼の率いる騎士たちは、城壁を上ろうとする兵たちを焚き付ける。少しでも戦列を乱す者、恐れを為して退く者がいれば、彼らが容赦なく切り刻んだ。

 パリの守備隊も狂気を帯びた寄せ手を拒絶するように、必死で矢を放ち、瓦礫を投げつけ、油を撒き火を射かける。地獄の釜蓋が開いたと形容するに足る、凄惨な戦場であった。濠の中にサラセン人たちの屍が次々と積み上がっていく。


 傍らにいたロドモンの副官は、王の豹変ぶりに恐れおののいていた。


(一体、何があったのだ? ロドモン様は――

 元々粗野で冷酷なお方であるが、特に今日は常軌を逸しておられる。

 あの奇妙な赤い鱗帷子スケイルメイルといい、訳が分からぬ――)


 凄まじい気勢を上げ、恐怖を媒介とし味方を次々と死地へ送り込むも――戦況は芳しくなかった。

 シャルルマーニュはパリの防備をあらかじめ固めていたし、サラセン軍が攻め寄せるであろう地形も見抜いていた。アルジェリア軍は城壁にすがりつき、よじ登ろうとするものの――そのことごとくは跳ね返され、損害が増すばかりであった。


「……まったく、どいつもこいつも役立たずめ」


 ロドモンは自軍の苦境を目の当たりにし、吐き捨てるように言った。


「我が手本を見せてやろう。城攻めとは――こうやるのだ!」


 言うが早いか、ロドモンはいきなり濠の中へと飛び込んでいった。


「なッ……ロドモン様!?」


 副官は驚愕し、信じられない光景を見た。

 死体・泥水・排泄物。あらゆる汚濁の混じったパリ城壁を囲む濠の中に、王自ら躊躇ためらいもなく身を投じたのだ。無論あの禍々しい鱗帷子スケイルメイルを身に着けたままである。普通に考えれば自殺行為に等しい。


 しかしロドモンは溺れる様子もなく、濠の中を事もなげに泳いでいった。そして排水溝から城壁の内側へ、まんまと侵入に成功する。

 慌てふためいたのは、防衛に当たっていたフランク人の騎士たちだ。突然、汚泥に塗れた鎧姿の巨漢が出現したのだ。驚かない方がおかしい。


 我に返った騎士たちは、数人がかりで闖入者ちんにゅうしゃを葬り去らんと両刃剣ロングソードを抜いて斬りかかった。


「雑魚に用はないッ!」


 ロドモンは雄叫びを上げると、手にした半月刀シャムシールを振るった。

 信じ難い事に向かってきたフランク騎士四人とも、一斉に首から上が宙を舞い――鮮血を撒き散らしながら濠の中へ転落していく。


「はァはははは! 弱者どもめ!

 貴様らごときにこのロドモンの首を取れるなどと思ったか?

 見るがいい、この鎧! 剣! 兜に盾! 全ては我が偉大なる祖先、ニムロデ王より受け継ぎし竜の力を持つ素晴らしき装備ぞ!

 無力な神に仕えるウジ虫など、幾万群れようがひねり潰してくれるわァ!」


 ロドモンと対峙したフランク騎士たちは、彼の狂ったような口上に耳を疑った。

 ニムロデ王とはノアの子。「旧約聖書」に登場する弓の名手であり、かの有名な「バベルの塔」を築き上げようとして失敗した、神への敵対者である。

 ロドモンがそのニムロデの子孫? 仮にそれが本当だったとして、卑しくもイスラム教徒の端くれである彼がそれを声高に宣言するなど、狂気の沙汰だ。イスラム教とて元を正せばキリスト教と同根の神を奉じ、経典クルアーン(コーラン)にもアブラハムやノア、イエスといった預言者が名を連ねている。ニムロデの子だなどと名乗りを上げるのは「俺は悪魔だ」と叫ぶに等しい、冒涜的な行為なのだ。

 しかしながらこのくだり、「狂えるオルランド」に厳然と存在し――ロドモンは狂ったように虐殺と破壊活動をパリ市内で繰り広げる。作者アリオストはこの暴虐の王を、神を敬わぬ打倒すべき絶対悪として描いているのである。


 パリ攻防戦におけるロドモンの凶暴さは筆舌に尽くしがたく、身体能力の高さも不可解であり、その理由は判然としない。

 だが彼は襲い来るフランク騎士を次々と惨殺しては、パリの中枢へと進んでいき――第二の空濠を目にすると、今度は――鎧を着たまま跳躍し、10ヤード(約9.1メートル)の距離を軽々と飛び越えてしまったのだ!


「バ……馬鹿なッ! 何だ今のはァ!?」


 第二堡塁ほうるいの守備に当たっていた兵員たちも途端に浮足立ってしまう。

 無理もない。名馬ラビカンと同等の跳躍力を、この男は目の前で披露してみせたのだから。


 先刻、腕に覚えのあるフランク騎士たちがまとめて惨殺されたのを見て――恐怖に震えるパリの守備隊。

 ここを抜かれればパリの市街地まで無防備となってしまう。そうなれば戦う術を持たぬ無辜むこの民が、凶刃の犠牲となるだろう。

 ロドモンは残虐な笑みを浮かべ、逃げ惑う彼らの背中に半月刀シャムシールの一撃を見舞おうとした。


 次の瞬間。鈍い金属音が鳴り響き、粗暴なるアルジェリア王の剣戟は防がれた。

 彼の攻撃を受け止めたのは、白い羽根飾りの兜、白いスカーフ、白き盾を纏った――純潔の象徴たる女騎士、ブラダマンテ。


「――何とか、間に合ったみたいだけど。

 あなた本当にあのロドモンなの? さっきから余裕で人間やめちゃってるレベルの滅茶苦茶な戦いぶりじゃない……!」


 只ならぬ騒ぎを聞きつけ、間一髪で割って入る事ができたものの。咄嗟に掲げた盾でロドモンの刀をいなしつつ――彼女は額に冷や汗を浮かべていた。

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