オルランドの生い立ち・後編

 オルランドはその日、酷く飢えていた。朝から何も食べていない。

 ふと気がつくと、食べ物の美味そうな匂いが鼻をくすぐる。誘われるように匂いを辿ると――そこには華美な服装をした騎士や貴族たちが一堂に会し、豪勢な食卓を囲んでいた。


「――何だ、アレは?」

「シャルル様が、父の後を継いで新たなフランク国王となるんだ。

 その祝いとして会食を開いているんだよ」


 通りすがりの農民が説明してくれた。

 派手に着飾った男たちは大騒ぎをしながら、食事を楽しんでいる。

 オルランドは酷く腹が立った。自分と母は明日をも知れぬどころか、今日食べるパンすら手元にない。

 だが彼らは食べきれぬほどのご馳走をテーブルに並べ、馬鹿騒ぎをしている。


(何なのだ? こいつらと俺で、一体何が違うというのだ?)


 しかも、シャルル! シャルルマーニュ! 元はと言えばあの男が父母の結婚を認めなかったから、今の自分の不遇があるのだ。

 母が、自分が。今にも飢えて死にそうな時に、あいつとその家臣は豪奢な食事をのうのうと貪り喰らっている!


 オルランドの感情は一気に爆発した。

 雄叫びを上げて会食の席に殴り込み、その場の衛兵を瞬く間に蹴散らし、卓上に並んだ肉料理を片っ端から掴み取り食らい尽くした。食事を邪魔された騎士たちは闖入者ちんにゅうしゃを咎め、捕えようとしたが――オルランドは恐ろしく強かった。シャルルマーニュの騎士たちが束になってかかっても手も足も出ず、彼は傷ひとつ負う事はなかった。

 こうしてオルランドはまんまと大量の食糧を強奪し、母ベルタの待つ郊外の洞穴へと持ち帰る事に成功した。


「オルランド? どうしたのです、その食べ物は――?」

「母上! 今日は好きなだけ食ってくれ!

 シャルルのクソ野郎から、ご馳走をたっぷり奪ってきてやった!

 あいつが母上にした仕打ちを考えれば、この程度じゃ全然足りないけどな!」


 オルランドは嬉しそうに母に報告したが、彼女は青ざめて言った。


「――なんという事をしてくれたのです、オルランド……!

 いいですか。私が事情と素性を明かし、平伏して謝罪します。

 私の命と引き換えでは虫が良すぎるでしょうが、どうにかあなただけでも――」

「何を言っているんだ、母上! 心配いらない! 謝る必要なんかない!

 さっき戦ったシャルルの騎士たちはどいつも弱かった。

 奴らがここを嗅ぎつけても、俺が全員やっつけてやるさ!」


 母ベルタの神妙な様子を見て、オルランドは安心させようと言葉を尽くしたが。


「馬鹿な事を考えてはいけません、オルランド。

 あなたは知らないのです。あの男――我が兄シャルルの本当の恐ろしさを」


 やがてオルランドとベルタの住む洞穴に、三人の騎士を伴ったシャルルマーニュがやって来た。

 オルランドは彼らに棍棒で打ちかかろうと待ち伏せていたが、母ベルタは頑なにそれを許さなかった。

 ベルタが己の素性を明かすと――シャルルマーニュが一歩進み出た。オルランドは奇妙な印象を受けた。聞くところによれば彼はまだ26歳。父であるピピンの死を契機に即位したばかりの年若き王のはず。にも関わらず彼の纏う風格は、齢二百を数える神の如き老帝のそれであった。


(何だこの男は――本当に母上の兄なのか?)


 先刻まで血気盛んであったオルランドの心も、冷や水を浴びせられたように意気を削がれてしまった。

 それでも何とか母を守るべく、シャルルに打ちかかろうとすると――即座に後ろに控えた三人の騎士たちから鋭い殺気が飛び、オルランドの足を踏み止まらせた。


(チッ……! なんて連中だ。一人くらいなら打ち殺せるかもしれないが……

 三人とも只者じゃない。会食の時にいた雑魚どもとは桁違いの威圧感プレッシャーだ)


「久しいな、我が姉妹マ・スールベルタ。そして我が子オルランドよ」

 シャルルマーニュは厳かに言った。

「そう殺気立つな。余が危険に晒されれば、この者たちも動かざるを得ぬ。

 余の寵愛を裏切ったとはいえ、余と同じ血を持つそなたらを失いたくはない。

 テュルパン。ネイムス。ガヌロン――久方ぶりの再会だ。あまり怖がらせないでやってくれ」


 名を呼ばれた三人の騎士たちは鷹揚に頷き、その場にひざまずいた。

 オルランドは内心、舌を噛み切りたい衝動に駆られながら――動けずにいた。


(おのれシャルル……! 何が『余の寵愛を裏切った』だ!

 姉妹を溺愛する余り、結婚も許さず醜聞スキャンダルの遠因を作っておきながら……!)


 身重の母を見捨てた父ミロンも許せなかったが、それ以上にシャルルマーニュを許せなかった。

 それにも関わらず、重圧に屈しこうべを垂れずにはいられない。オルランドの人生において初の屈辱たる敗北であった。


「チャンスをやろう、オルランド」シャルルマーニュは言った。

「そなたの力を活かし、余に騎士として仕えよ。

 さすればそなたと、そなたの母ベルタの命、そして生活を保障しよう」


 若き新たなフランク国王の言葉は、絶望的な状況のオルランドにとって拍子抜けするほど寛大なものだった。


「何故だ? 俺のやった狼藉を咎めず、許そうというのか?」


「許す訳ではない。そなたにとって余に仕える――それがすでに罰となろう?」

 シャルルマーニュは不敵に笑った。

「そしてこれは提案ではない、命令だ。そなたに拒否権はない。

 もし余の言葉に従えぬなら――そなたも、母も命はない。

 余に逆らう事は、フランク王国に逆らう事と同じ。

 今この場を切り抜けたとしても、いずれ必ず殺される。そなたも、母もな」


(なるほど……母上を人質に取った脅迫って訳か)


「俺はあんたの会食の場を荒らしたんだぜ? 無罪放免にできるのか?」

「容易い事だ。余の夢にそなたが仕える未来が見えた、とでも言えばよい。

 余はキリスト教会と懇意にしておる。余が口添えすれば、神の啓示としてそなたの罪をゆるそう」


 オルランドがいかに粗暴といえど、母を犠牲にしてまで逆らうほどの気概はないと見抜いての命令。

 従わざるを得なかった。母を貧困に追いやったこの男は許せない。

 だがここで逆らっても、この男を叩き殺したとしても。母は今まで以上に苦しみ抜いて死ぬだけだ。それはオルランドの望む所ではない。


 シャルルマーニュの言葉を受諾せざるを得ず――オルランドはひざまずいた。

 皮肉な事に、騎士叙勲の儀式はつつがなく完璧にこなす事ができた。親友オリヴィエの教えの賜物だった。


 母ベルタはシャルルに仕える騎士のひとり、マイエンス家のガヌロンと再婚する事となった。

 マイエンス家は悪い噂も聞くがその勢力は強大であり、もはや母が貧困にあえぐ心配はない。


 オルランド自身もフランス北西部はブルターニュの地を任され、辺境伯の地位を持つ騎士として国王に仕える事となった。

 彼は僅か数年の内に数々の武勲を上げ、多くのサラセン騎士を討ち取り、沢山の戦利品トロフィーを得た。聖剣デュランダルや名馬ブリリアドロ、マンブリーノの金兜などの素晴らしい装備品も手に入れ、シャルルマーニュ十二勇士の筆頭として、フランク最強の騎士として――その武勇を轟かせるに至ったのである。


**********


「そうか、オルランド。そんなにも……

 アンジェリカの事を想っているんだね?」


 フロリマールはしみじみと言ったが……さらに念を押すように尋ねた。


「……オードちゃんの事はいいのかい?

 彼女の気持ち、気づいているんだろう?」


 オード。オルランドの親友オリヴィエの妹である。

 オリヴィエと交流を深めるにつれ、何かと彼の世話を焼いてくれた恩人であり、オルランドも憎からず思っていた。


「確かにオードには世話になった。気立てのいい子だよ。

 ……でも俺には、アンジェリカしかいない」


 シャルルマーニュの御前試合トーナメントで姿を見せた、絶世の美姫。

 その場にいた全ての男を虜にし、フランク人・サラセン人問わず振り回した傾国の美女。


(シャルルマーニュとて、アンジェリカを欲しがった。

 あいつはやりたい放題だ。自分の姉妹や娘にすら手を出し――時には配下の妻に目をつけ、夫を殺して奪った挙句に飽きたら捨てやがった。

 政治的には名君なのかもしれないが、人間としてはどうだ?

 あいつのせいで。あいつと血が繋がっているせいで……俺の人生はメチャクチャだ)


 あの男シャルルマーニュは教えてくれた。王の権力と神の権威を兼ね備えれば、いかなる暴挙もまかり通るのだと。

 だから奪ってやるのだ。金も、地位も、女も、名誉も、何もかもを。

 フランク王国の頂点に君臨しキリスト教徒を束ねる象徴たる絶頂から、引きずり下ろしてやる!


(あいつには何もかもを奪われた。最愛の母の命すらも……!)


 義父ガヌロンの下にいた、母ベルタの死。それを知った時、オルランドは覚悟を決めた。


(母が生きている内は、屈辱ながらも奴の忠実な手足として存分に働いてやった。

 だが今はもう従う義理はない! 奴の手駒として使われるなど真っ平だ!)


 反逆してやる。あの男から、奪われた全てを奪い返してやる!

 世界一の美女アンジェリカを手に入れる事は、その手始めなのだ。


「……フロリマール。お前は俺を探すフリをしていろ。

 そして戦争が終わるまで、愛するフロルドリと共にどこかでひっそりと暮らすといい。

 そうすれば戦争に参加せずに済む。あの男シャルルマーニュの為に命を落とす必要などない」


「血迷ったか、オルランド! フランク騎士として、あるまじき発言だぞ……!」


 親友の突然の言葉に、温厚なフロリマールもさすがに憤った。

 オルランドは羨ましかった。愛に生きるフロリマールが。友を信じられるアストルフォが。

 彼らのように無邪気に、何も思い煩う事なく騎士道を信じ、貫く事ができたなら――どんなに誇らしい事だろう。

 最強の騎士と賞賛され、上辺だけ取り繕っている自分に比べたら、彼らの方がよっぽど騎士として相応しい。


(フロリマール。お前は周りが思っている以上に、本当は強い騎士だ。

 かつて俺が魔術を操る巨人に敗北した時、お前が戦い、苦闘の末に勝利した。

 その時確かに、俺の持つ聖剣デュランダルが輝いていた。初めて気づいた。デュランダルの持つ――人間の闘争心・潜在能力を引き出す呪いの力を。

 お前には感謝しているし、お前が情け深く、強い信念と実力の持ち主だと知っている。

 だがお前は戦いに向いていない。優しすぎる――いつか必ず、その情け深さが仇となる日が来る)


「お前を親友と思うからこそ忠告するんだ、フロリマール」

「いくらオルランドの頼みでも、それだけは聞けない。

 僕はフロルドリを愛しているが――シャルルマーニュ様に仕える騎士でもある」


 フロリマールは頑として聞き入れなかった。やがて――彼は背を向けた。


「今まで僕に良くしてくれた、親友の愛に免じて――この場は一度だけ見逃す。

 だが次に会った時は――きみを必ず連れ戻そう、オルランド。

 だからそれまでに、アンジェリカへのミンネに決着をつけてくれ」


 年若き騎士は背を向けたまま、絞り出すようにそれだけ言った。


「――感謝する、フロリマール。また会おう」


 オルランドもまた、言葉少なに礼を述べると――その場を立ち去った。

 最強の騎士の放浪の美姫を求める旅は、今なお続く。

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