8 オルランド、ロジェロに一騎打ちを申し込む

 新たに現れた三人の騎士は武装を完全に整えていた。

 女騎士ブラダマンテは、白い羽根飾りの兜、白いスカーフ、白い盾を揃え。

 異教の騎士ロジェロは、魔剣ベリサルダを携え、真新しい鎖帷子チェインメイルを身に着け。

 イングランド王子アストルフォは、鮮やかな緑色をした美しいマントを羽織っていた。

 しかし決闘する訳ではないし、親愛の証として三人とも兜は脱いでいる。


「久しぶりだね! オルランド君」

 アストルフォは爽やかな笑顔で一歩進み出て、フランク最強の騎士オルランドを出迎えた。


 対するオルランドは、美貌の王子に対し蔑むような笑みを浮かべた。

「ああ、久しぶりだな。魔女の色香に惑わされて行方知れずになったと聞いたが、元気そうで何よりだよ」


 アストルフォは天然なのかスルーしようと思ったのか、皮肉に対しても「心配させてしまったようだね! すまない我が友よ」と笑顔のまま応じる。オルランドの発するオーラは明らかに好戦的なものだが、冷や汗ひとつかいていない。


(肝が据わってるっつーのか……オルランドがその気なら、首ごともがれちまうぞアストルフォ……!)


 ロジェロ――黒崎くろさき八式やしきは気が気ではなかった。

 剣呑な雰囲気の中、友好的な姿勢を崩さないアストルフォの無神経ぶりは、騎士として見習うべき美徳の域ですらあった。


「アストルフォ。後ろに控えている二人の騎士もだが……随分とご立派なお出迎えだな?

 何だ? 何か恐ろしい敵でも迫ってきているのか?」


 オルランドはおどけたように聞いてみせる。

 すでに分かっているのだろう。ブラダマンテとロジェロ共々……警戒する相手が己自身であるという事を。


「この島にはアンジェリカも来ているんだろう? 幸い島の周辺をうろついていた化け物は俺が退治してやったが。

 他にも敵がいるというなら、俺に任せておけ。我が剣デュランダルの名にかけて瞬殺してやろう」


「……オルランド。アンジェリカに会いに来たのかい?」


 さしものアストルフォの顔からも、笑みが消え――本題に入った。

 オルランドは「決まっているだろう」と言わんばかりに、悠然と頷く。


「ロジェスティラ殿も答えてくれなくてな。少々困っているんだ。

 俺は今一度アンジェリカに会い、恋心を伝え求婚せねばならん。

 騎士として、愛する女性を追い求めるのは当然の権利だからな」


「アンジェリカは――貴方とは会わない」


 たまりかねたのか、ブラダマンテ――司藤しどうアイが口を開いた。

 途端にオルランドの野獣めいた鋭い視線が、彼女の瞳を射抜く。恐るべき威圧感プレッシャーだ。ブラダマンテとして数多の戦場を渡り歩いた経験を思い起こしても、彼以上に凄まじい恐怖を感じる敵は今までいなかった。


(でも――ここで怖気づく訳にはいかない。

 このオルランドという男。目を見れば分かるけど、アンジェリカを求めていてもきっと愛していない)


 彼はアンジェリカを傍に置く事、それだけを目的にしている。アイはそう直感していた。

 アンジェリカの美貌に魅惑されている訳でも、欲情している訳でもない。美姫を勝ち取れたとしても、彼女に甘美な愛を囁く事もなければ、優しく愛でる事もないだろう。

 そんな淡泊な冷たき岩のような心でありながら、執拗に追い求める。そんなものが愛と呼べるのか?

 アイの抱いたオルランドに対する恐怖。それは彼の不可解な愛情に起因するものだった。


「まだそんな我儘を言っているのか、姫は」


 オルランドの言葉は、聞き分けの無い子供に対するような軽薄さを帯びていた。

 まるで最初から、アンジェリカは自分の下へ寄り添う事が決まっている――そう言いたげですらある。


 ふとオルランドはアストルフォの横をすり抜け、ブラダマンテに近づいてきた。

 ブラダマンテは身構えたが……彼は静かに跪き、先刻ロジェスティラにしたように、右手を胸の位置に運び頭を垂れた。

 騎士が日常的に行う淑女への挨拶。何でもない、普段から見慣れている筈のものだが……その滑らかな身のこなしに、ブラダマンテは思わず警戒心が緩んだ。

 気がつけばオルランドは女騎士の手を取り、指先に口づけをしていた。


「なッ…………!」


 アイは不覚にもされるがままだった。警戒していた筈なのに、彼の見惚れるほど騎士らしい振る舞いに緊張が解かれ――自然な流れとして受け入れてしまっていたのだ。


「……なるほど、貴女がブラダマンテか。

 確かにリナルドやリッチャルデットの面影がある。

 こうしてお会いするのは初めてかな? 美しき女騎士ブラダマンテよ。

 我が名はオルランド。シャルルマーニュの甥だ。

 貴女とは親戚同士という事になるか……以後、お見知り置きを」


 オルランドは野性的な風貌ながら、淑女への礼儀作法を完璧に身に着けた騎士の中の騎士であった。

 現代においても凡庸な顔立ちの男が、身だしなみを整え堂々と振る舞う事で女性の心を掴むのに似ているとも言えるだろう。


「アンジェリカが俺に会いたくないというなら仕方ない。

 こちらで勝手に探させて貰おう。それぐらいは構わんだろう?」


 オルランドはそう言って、出迎えた三人の騎士の横を素通りしようとした。

 だが、それに待ったをかけたのはロジェロだった。


「ブラダマンテの言葉を聞いたろう、オルランド殿。

 彼女は旅支度をしている。邪魔をされちゃ困るんだよ」


 だがロジェロの制止の言葉を、オルランドは無視して押し通ろうとする。


「ムーア人の騎士よ。我が恋路を邪魔立てする気か?」

「……ロジェロだ。オレの名はロジェロ。トロイの英雄ヘクトルの子孫だ」


 ロジェロ――黒崎が名乗ると、オルランドは面白そうに目をギラつかせた。


「ほう、貴殿があのロジェロか。噂では今は亡きサラセン帝国軍のガラマント王に『サラセン側に勝利をもたらす騎士』と預言されたそうだな?

 ……つまりここで貴様を殺せば、サラセン軍の士気を大いに挫き、我がフランク王国は大勝利間違いなしという事になる」


 殺意に満ちたフランク最強の騎士は、ロジェロに向かって声高に宣言した。


「ムーア人のロジェロ。このオルランドの一騎打ちの挑戦を受けるか?

 俺が勝てばアンジェリカを好きに探させてもらう。だが貴殿が勝てば、潔く引き下がろうではないか」


「……分かった、オルランド殿。その挑戦、受けて立とう」


 挑戦を受諾するロジェロの言葉を聞き、司藤しどうアイは顔面蒼白になった。


(嘘……なんであっさり一騎打ちを受けちゃうのよ、黒崎のアホ……!

 オルランドの奴、アンジェリカ探しにかこつけてロジェロを抹殺する気満々じゃない……!)

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