第33話 絶命カウントダウン

あなたには、死んで欲しい人間がいるだろうか?



消費者金融と家賃保証会社。

管理(回収)担当者はどちらも「お金を払ってくれ」と言うのが基本ではあるが、大きく違う点がある。


消費者金融は延滞が発生すれば追加の貸付を停止し回収だけに専念する。

借金の「元本」はそれ以上増えず、遅延損害金(延滞金)のみが増え続ける。


余程小さな会社ならともかく、1-2か月目、3-5ヵ月目、それ以上という風に延滞を担当する部署と分かれていて「ある1人の延滞客から何が何でも絶対に回収せねばならない」という事は無いと思う。

回収ノルマが分母に対するパーセンテージか、単純に金額かはともかく、回収できるところから払ってもらえば良い。

全体として帳尻を合わせれば良い。



翻って家賃保証会社の場合、契約者が入居し続ける限りは家賃が発生し続ける。支払いが無いのなら、債務の「元本」が増え続ける。「元本」が増え続ける状態は許容できない。

絶対に、その契約者の延滞額が増え続ける状況は止めねばならない。


2017年*月*日より7日後。

桜が咲き始めた季節だが、まだ寒い日が続いていた。


マンション5階の1室の前に私は立っている。

東京都E市。賃料52000円。


お世辞にも高級なマンションではない、というより老朽化が激しい。外壁も所々剥げ落ちている。

入居者の相当数が生活保護受給者だとは推察できた。

東京都E市の住宅扶助(単身世帯)の上限額は53700円(23区も同じ)だ。

それを考慮した賃料の物件でもある。


私が訪問する客も被保護者だ。79歳。Y。男性。単身者。



エレベーターから続く通路は吹き曝しだ。寒い。


ドアの金具に貼ったテープは剥がれていない。つまり、ドアの開閉が無い。

ドアポストを開けて顔を近づけるとTVの音が聴こえる。ただし臭気は感じない。


以前Yに会ったのは半年前。小さな不動産会社から連絡が来た時には、既に3ヵ月の延滞があった。


のんびりした不動産会社のため延滞を把握していなかった。そんなんで仕事として成り立つのかイマイチ理解し難いが、案外そういうケースは多い。



Yと面談した時、すでに認知症の症状は明確だった。

生活保護費は銀行口座へ振り込みされている。

通帳を見ると、家賃と同額が全く関係のない会社へ振込されている。

しかしYはそれを家賃の振込だと勘違いしている。何度も目の前で説明しても、間違いを認識できない。

間違った振込先は、滞納がかさんでいた携帯電話の料金だった。


その時点でYは携帯電話を所有していない。固定電話だけ。


Yの目の前で、間違って振込してしまっている会社へ連絡する。しかし、滞納があるので返金できないという。

直後に福祉課の担当者へ連絡した。無駄ではあるだろうが、福祉課からも返金するよう連絡してくれと依頼する。もちろん、返金は不可能だろう。実際Yの債務なのだから。


そして、Yは何も理解できていないようだった。家賃を払っていないという私の言葉を、頭を抱えて考え込んでいる。

たぶん、たまたま目についた請求書の振込先へ振り込んだだけだ。


次の生活保護より必ず15000円を家賃に加算して振込をしていくよう約束する。

紙に金額も振込先も書いて渡す。



私はYがそれほど嫌いではない。

認知症が顕在化するまでは家賃保証会社へ連絡が来る程の期間の延滞をした事はないのだ。


確かに若い頃にあまり良い仕事をしてなかったり家族がいないせいもあって生活保護で暮らしてはいる。しかし本来的には真面目な人間だと私は思っている。


生活保護で住宅扶助を受給しているのに延滞する人間の大半のように、攻撃的なわけでも責任転嫁するわけでも開き直るわけでもない。

自宅に電話をすれば、ちゃんと出る。

素直に言う事は聞く。


ただ悲しいかな、すぐに忘れてしまうのだ。


高齢からくる脳の劣化。


翌月は約束通りの金額を振込してきた。

その間に何度か福祉課の職員へ連絡した。



提案:

どう考えても認知症で一人で生活できる状況ではない。いずれ事故が起きる。絶対に施設に入れるべきだ。


回答:Yさんの症状に関しては、個人情報の事もあるので詳しいお話はできません。あなたが見たままと認識していただければ良いと思います。

もし本人の希望があれば検討はします。ただ、こちらから勝手に施設に入れるなどは普通できません。



私は直接会って、そしてYの目の前でアンタにも電話しただろう? 明らかに認知症か痴呆、或いはどちらもだ。

何が詳しい話ができないだ。オマエ、本当に公僕か?



提案:

家賃は代理納付へ変更すべきだ。


回答:

Yさんから希望があれば行いますが、あなたに今回答できません。



うるせえよ。じゃあ私の意見とは無関係に、働けよ。住民の健康や生活を守るのが福祉課だろう?



そして半年後の今日だ。生活保護支給日に支払いはなかった。

支給日の5日前から電話しているが、電話に出ない。これは大変珍しい事だった。

生活保護費支給日に訪問したが不在。その7日後が今日なのだ。



玄関ドアの開閉はない。少なくとも7日前からは。

電気以外、ライフラインの変動は無い。


──やっと終わった。


胸中で呟いた。


再度ドアポストを開けて臭いを嗅ぐ。一瞬異臭を感じた気がしたが、強い風で掻き消えた。


それでも、確信がある──やっと終わった。



たぶん、中に死体がある。


マンションから出た直後に福祉課へ連絡する。

Yが入院したとか何か聞いているかと質問するが、知らないとの回答。

確認は深まる──たぶん、中に死体がある。



前回会ってから今まで、Yは確かに支払はしていた。ただし約束の額とは異なっていた。

生活保護費支給日の数日前から必ず電話するようにしていた。金額を再三伝えていた。

が、いつも額が少なかったり、逆に少し多い時もあった。


しかし、足りないからと振込した後に会っても、もうカネは無い。


毎回集金へ行けば良いのかもしれないが、この額のために支給日に合わせて訪問するのも難しかった。

そして振込させずに時間を与えれば、他の事に使われてしまう危険が大だ。



あまり書くべきではないかもしれないが、Yの延滞を終わらせる方法は彼が亡くなるか施設に入るかしかないと考えていた。


これはYだけに限った話ではない。


高齢者で生活保護や年金生活。

延滞客の場合、余分なカネというのはまず持っていない。

1回延滞すれば、少しづつ多めに支払ってもらい解決していく方法しかない。

しかし認知症や痴呆ならその支払いの約束が頭に残らない。


周囲にサポートする人間もいないし福祉課も何も動かないならたぶん、解決する方法は契約者の死しかない。



実際Yは、室内で亡くなっていた。



Yに関しては、私は決して嫌いではなかった。基本的には悪い人間ではなかったと思っている。


ただ、そうではない高齢の被保護者、年金生活者の延滞客は沢山いる。


彼らの延滞の問題を完全に解消する方法はたぶん、死しかないと私は思っている。


彼らの訃報を聞くとほっとする自分もいる。

一つ、面倒な仕事が終わるからだ。


死なないと解決しないと確信している対象。


もしかしたらココロのどこかでは、死んでほしいと願っているのかもしれない。

いや、認めよう。プライドが高かったりやたらと攻撃的だったりという面倒な連中に限った話ではあるが、何人もいる。

死んでくれたら……。死んでくれたら……。



消費者金融で働いていた頃、そんな事を考えた事はなかった。

延滞客が死んだら回収はできないが、それなら生きている相手から回収すれば目標数値は達成できるからだ。

(相続人へも請求していた部署にいた頃は、契約者が死亡していても回収対象ではあった。しかし、その場合は既に契約者は死亡しているので、何の感情もない)



誰かが私を死ねと願っている──それは嫌だと思う。

自分が死なないと解決しない問題──そんなものを抱えたくないと思う。



しかし人間である以上、脳も身体も劣化する。自分が死ななければ解決できない問題はいずれ発生する。その問題の発生を回避するには周囲のサポートが不可欠だ。


老人ホームへ入れてもらったり、支払等を管理してもらったり。


カネの無い単身者は、どうやってそのサポートを得れば良いのだろう。

手軽・安価・確実な自殺の方法が開発されても、実行する勇気は中々手に入らない。


カネの無い単身者が他人に迷惑をかけずに人生を終わらせる方法。

それを考えシステム化し得た人間が、今後50年間、日本の頂点に君臨すべき大聖人、大英雄だと思う。

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