三人の十五歳(2)

「俺も銃士隊志望のガスコンで、シャルル・ド・バツ……じゃなかった。シャルル・ダルタニャンだ。同い年だから、そんな丁寧に話さないでくれ」

「うん、分かった。よろしく、シャルル」


 コンスタンスは、初対面のガスコン二人が仲よく話しているのをにこやかに見守っていたが、どうも今日のシャルルは元気が無いことに気がつき、


「シャルルさん、何かあったの?」


 と、心配して聞いた。

「ロシナンテと今日でお別れなんだ」

「え? どういうこと?」


 シャルルは、ポールにロシナンテを売ってくるように命令されたことをコンスタンスに話した。コンスタンスはそれを聞いてシャルルに同情し、ポールに腹を立てたらしく、


「シャルルさんの大切な馬なのに、ひどいわ。わたしから彼に言ってあげようか?」


 いつも温和な彼女にしては珍しい怒りを見せた。


「い、いや。いいよ」


 シャルルは慌てて頭を振る。同い年の少女に助けてもらって、兄を懲らしめるなど、男として恥ずかしいことではないか。そもそも、ポールは誰かに言われて意見を変える性格ではない。たとえ相手がトレヴィル殿の娘でもだ。


「じゃあ、俺は馬市場に行ってくるよ」


 手綱を引いてロシナンテを厩舎から出すと、シャルルはそそくさとトレヴィル邸を去ろうとした。


「待って、シャルルさん。馬市場がどこにあるのか知っているの?」

「あ、そういえば」


 シャルルはピタリと足を止め、「知らなかった……」と頭をがりがりかきながら言った。知らぬ場所にどう行こうとしていたのか。相変わらず粗忽な少年である。


「途中まで道案内してあげるわ」

「でも、コンスタンスはそろそろ王妃様のもとに出仕する時間なのでは?」

「今日は、王妃様のお使いで、ルーヴル宮殿に王妃様の忘れ物を取りに行くの。馬市場はルーヴル宮殿に近い場所にあるから、大丈夫よ」


 俺はどうもコンスタンスに甘えっぱなしだ。そう思いつつも、彼女と一緒にいられる時間ができたことをシャルルは喜んだ。


(これはきっと、数日間も部屋に閉じ込められていた俺への神様のご褒美なのだ)


 と、シャルルが天に感謝したそのときである。トレヴィル邸の庭から陽気な声がした。


「よう、シャルル。元気にしていたか」

「馬市場に行くのでしたら、私たちもお供しましょう。今日は我々、非番ですから」

「ポールが仕事なのが残念だなぁ」


 うげっ、とシャルルは顔をしかめた。アドルフ、アラン、ボドワンら銃士三人組である。


「元気にしていたかって、毎晩、顔を合わせているじゃないか」


 シャルルは素っ気無く答え、プイッと顔をそらした。

 彼ら三人の銃士は、兄ポールと行動をともにすることの多い親友である。

 アドルフ、アラン、ボドワンはほぼ毎晩、ポールの下宿屋に遊びに来て、酔っ払ってどんちゃん騒ぎをするのだ。日付が変わってもやかましいものだから、椅子を並べてつくったベッドで毛布にくるまっているシャルルはまったく眠れず、毎日寝不足なのである。


「そんな恐い顔をするなって。新入りのアルマンもついて来ないか?」


 ボドワンが快活にそう誘うと、アルマンは素直に頷いた。

「私もパリの地理はまださっぱりですから、道を覚えがてらお供しましょう」


 ああ、コンスタンスと二人っきりで街を歩けると思ったのに。シャルルは天を仰いで嘆くのであった。







「足がけ何年だっけ」

「彼の努力は相当なものですよ。どれだけ手に入れたいと願っても、なかなか思い通りにならなければ、最終的には諦めてしまうものですからね」

「俺たちも最初に見たときから、これはなかなかのものになると思っていたけどさ。まさかここまで上等な、パリで一番の宝になるとは想像していなかったぜ。その宝をあいつは手に入れたわけだ。みんなに妬まれるのも仕方が無いさ」


 パリの街を歩きながら、アドルフ、アラン、ボドワンはコンスタンスを囲んでああだこうだと楽しそうに世間話をしている。その後ろを少し遅れて歩くシャルルは、いまいましげにお邪魔虫三匹を睨んでいた。


 シャルルと足並みを合わせて歩いているアルマンは、無駄口をきかない物静かな少年で、シャルルが話しかけない限りは口を開かなかった。しかし、シャルルが睨み疲れて、ロシナンテの黄色の毛を触ったり眺めたりしているアルマンに、


「ガスコーニュのどこの出身だ?」


 と聞くと、まったく喋らない無口かと思われたアルマンが、意外にも長い台詞で返答した。初対面のあいさつのときもそうだったが、必要な会話のときは言葉数を惜しまない性格らしい。


「トレヴィル殿と同じベアルン地方さ。実は、母がトレヴィル殿のいとこなんだ。親の縁故で近衛銃士隊に入るなど、恥ずべきことだが……」

「恥ずべきこと? なぜ?」


 前にも書いたが、この時代は縁故による就職など常識であり、誰も地縁血縁に頼ることを悪いことだとは思っていなかった。だから、シャルルはアルマンの言うことが不思議に感じたのである。


 アルマンは少し頬を紅潮させて言った。


「おのれの人生は、自らの力で切り開くべきだ。他者に頼って勝ち得たものなど、真に価値あるものではない」


 シャルルは、アルマンという人間の核となる哲学に触れたような気がした。


 立派な軍人となる。それがシャルルのささやかな夢だ。しかし、同郷のつてや母方の祖父の名声を頼るような生き方をしていては、立派な軍人とは言えないのだろうか。少なくとも、アルマンの哲学はそれを許さないだろう。


 自分の人生をいかに生きるか。シャルルがいままで深く考えたことのない問題だった。


「アルマンは、おのれ一人の力で、どんな人間になろうとしているんだ?」

「地方領主とはいえ、我々は貴族だ。貴族たる者、人々の模範とならねばならない。誰よりも強く、誰よりも勇気があり、誰よりも気高く……。私は貴族の鑑と呼ばれるのにふさわしい男になりたいと思っている」


 決意に満ちた、凛々しいアルマンの横顔は、同性であるシャルルが見ても、惚れぼれとさせられる魅力があった。


「シャルルさん。申し訳ないけれど、わたしはここで失礼するわ」


 前を歩いていたコンスタンスが、振り向いて言った。すでにルーヴル宮殿の近くまで来ていたのである。


「ここから北へしばらく行くと、サン=ロックの丘があって、その丘の東の裏手で馬市場は開かれているわ。後の詳しい道筋はアドルフさんたちに教えてもらってね」

「分かった。ありがとう、コンスタンス」


 広大なルーヴル宮殿を見物してみたい好奇心にかられたが、いまは馬市場に行くことがシャルルの仕事だ。シャルルがコンスタンスに礼を言うと、コンスタンスはアドルフたち銃士三人に向き直り、


「枢機卿の護衛士たちと出くわしても、喧嘩したらダメよ。あそこには護衛隊の人たちも買い物に来るのだから、慎重に行動してね」


 銃士隊長代理の娘らしい注意をした。アドルフが肩をすくめて言う。


「いつも因縁をつけてくるのは、あいつらのほうだぜ」

「それでも、我慢して。『あいつらはいい奴らだが、血の気が多すぎる』とポールも心配しているのよ」

「あいつは友だちが少ないからなぁ。俺たちが護衛隊にやられたら、ポールは一緒に酒を飲む仲間がいなくなっちまう」

「そんな不吉なことを言わないで」

「分かっているさ。ポールと俺たちはイングランドへの決死行で、永遠の友情を誓った仲間だ。あいつを一人になんてしないよ」

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