第68話 海の双撃

※皆さんお待ちかねのアレ回です。待ってない? いやいやご冗談を……あ、文字数が過去最長です。




 私は、海がすぐそこにある港町で生まれた。母は小さい頃病気で亡くなってしまい、父が男手ひとつで育ててくれた。


 生活は苦しくはなかったと思う。それなりに過ごしていた。

 特筆すべきことがあるとすれば、漁師をしている父が、自分の漁船を魔改造して変態スペックに仕立てあげる変人だったことぐらいか。


「大きくなったら、お前にこの船をやろう。ほら、今のうちに操縦方法も覚えておきなさい」


 免許が取れる歳でも無いのに、操縦方法を覚えさせられた。秘密の改造といい、悪い父親である。でも、その船は港の誰のものよりも良く走り、そしていつも大漁であった。そんな船に乗る未来は、不思議と悪い気はしなかった。



 成長していくにつれて人並みに幸せな出来事があって、そしてとても辛い時期もあった。



「こいついっつも全身合羽着てるんだぜ、だせー!」「魚くせーんだよ!」「勉強せず魚ばっかとってるから馬鹿なんだ!! 片親は勉強する暇もなくて可愛そうですねーwww」


「やめ……やめて……」


「DHAはどうしたんだよ!頭良くなるんだろ!?」「やめろって、きゅうり投げつけられるぞ! 河童だけに!!」「だったら川に帰してあげないとな!! おら、皆、手と足持てよ!!」


「いや、やだ、はなして! 誰か助けて!!」



「やめろ」


 その時に私はあの人に出会ったのだ。あの人は私を助けてくれ、そして守ってくれた。


 そんなあの人を、私は当然のように好きになった。




 平凡な人生、だったはずだ。





 ナラバナゼワタシハ、コンナコトヲシテイルノダロウ。




(なんで今更昔のことなんて思い出してんだカ)


 黒く染まった体を見下ろし、ため息をつく。うつ向くと嫌な気持ちが溜まる気がして、思わず空を仰いだ。 

 時刻は深夜、むしろ明け方に近い。こちらを照らす月は、なぜか泣いているように見えた。

 


 もうじき、イルカ達がジャンジャンをつれて戻ってくるだろう。そうしたら、行かねばならない。

 うまくやれるだろうか。自分はお尋ね物だ。この島の様子から見るに、伝えたいことを伝える前にセルリアンとして退治されてしまうかもしれない。


 それでも、やるのだ。せめてもの罪滅ぼしと、あのヒトを止めるため。


 夜明けは、もうすぐだ。




「あ、貴方達……やっと着いたのですね……」

「遅いですよー……」


 満身創痍のオイナリサマとジャイアントパンダ。前話終わりからもすったもんだあったが割愛。


「ようやく来たカ……」


 謎のヒトは、やって来た二人を睨み付ける。

 

「途中でギンギツネさんとキタキツネさんに急かされて来て見たら、こんなことになってるなんて……勿体ない……」


 つなぎは部屋の中に散乱する食べ物や木製家具の破片を見て、状況を察する……と共にひっくり返ったウニ等の高級食材を見て思わずポロっと本音が漏れる。


「一体何者なの? 貴方……ラッキービーストを壊したのも、貴方なんでしょう?」


 アミメキリンは色々問いただしたいことがありつつも、言葉を選んで声をかける。何故なら


「「「助けて~!!!」」」


 イルカ三姉妹がジャンジャンの代わりに人質に取られていたからである。謎のヒトは武器を持っておらずただ彼女達の側に立っているだけだが、フレンズやセルリアンなら素手でも刃物並みの凶器になる場合があるので、油断は出来ない。


 ところで人質多用しすぎな気がするのでこのちほー終わったら人質戦法は封印します。嘘です。


「その質問に答える前に……つなぎと、そうだな、そこのキリンだけ残して部屋から出ていって貰おうカ」


 あごで扉を指し示し、退出を促す。


「この小屋を囲んでいる野次馬連中も、離れて貰おウ」


 それは、中での会話が外に漏れないということでもあった。


「……向こうがお望みなら仕方ありません、二人とも、重々気を付けて」

「あいつは、ヒトの心の弱みに漬け込んできやがるですよー、油断は禁物ですよー……」


 オイナリサマとジャイアントパンダはゆっくりと扉へ向かい、最後に二人をちらりと見た後部屋の外へと出た。


「頑張ってね!」


 マルカはそういって扉へと駆け出そうとして、しっぽを掴まれ引き戻された。


「お前は必要だから残レ」


「はーい……」


「というかドルカとナルカはどうしタ?」


「逃げたよ?」


「エ?」


 この海の家は、半分ほど海に乗り出すように建てられている。床の一部は取り外せるようになっていて、その下は直接海に繋がっている。かつては海に住むフレンズ達と触れあいながら食事が出来たそうだ。


「だからそこから二人は逃げたよ?」


「いや操ってる筈なのになんで逆らって逃げるんだああアアア!? 待ってそんなこと知ってるってお前達結構長生きしてるフレンズなのカ……?」


「???」


「駄目だよく分かってねエ!?」


 ついでに言うとイッカクも母を訪ねてそこから逃げていった。さすがに三千里もは旅しないと思うが。


「ね、ねぇ……取り敢えずもう一回聞くけど、貴方がラッキービーストを破壊した犯人なのよね?」


 このままだと永遠に話が進まなさそうなので、アミメキリンは多少強引にでも話に割り込んで行く。


「ん? ああ、そうダ……全部、私がやったんだヨ。間違いなイ」


「こんなことをして、故郷のお母さんもお父さんも悲しみますよ!!」


 つなぎはお決まりの常套句を投げ掛ける。ツッコミがくるかと思ったが、返って来たのは意外な反応だった。


「お父さんが悲しむ……か……」


 謎のヒトはうつむき、黙ってしまった


「ど、どうしちゃったんでしょう。まずいこと言っちゃったでしょうか?」

「ほら、フレンズって両親がいるか微妙なところだから。動物の頃の両親が肉食獣に食べられちゃってたりとか」

「いや彼女がヒトなら多分両親食べられちゃってることは無いと思うんですが……」


 そんな二人を尻目に、謎のヒトはマルカの顔をぶにゅっとつまみながら叫ぶ。


「い、今さら……両親に顔向けなんか出来るカ!! ふざけたこと言ってると、こいつがどうなっても知らねぇゾ……!」

「ふぁ、ふぁふぁふぁふぁふひひへひへほほほほふぁへふぁふぁふぁふぁふぁひふふぁふぁふぁ!!(か、体は好きにできても心まではわたさないんだから!!)」

「ねぇちょっと黙っててェ!?」


 アミメキリンは彼女の話を聞いて、ラッキービーストを破壊した極悪犯、かと思っていた。

 しかし実際はそんな気配は微塵も感じさせない、言動は多少乱暴なものの普通のフレンズに見えた。


「貴方……何が望みなの?」


 


「私は……つなぎ、お前と話したくて来たんダ……それが終わったら煮るなり焼くなり好きにすればいいサ」



「流石の僕もヒトを食べるのはちょっと……」


「料理しろって言ってる訳じゃねぇヨ!!」


「ボケてないで話を聞いてあげなさい」

「はい……」


 つなぎは一歩前に出て、謎のヒトに問いかける。


「僕と話したいことって何ですか」


 その言葉に、謎のヒトはマルカのほっぺをぷにりながら答える。


「私のこと、覚えてないよナ」


 謎のヒトの瞳は、つなぎに向けられていた。しかし、それはつなぎではない何かを見ているような視線であった。


「すいません、覚えていません。……もしかして、僕が、フレンズになる前に……?」


 そうだとしたらつなぎには分かりようがない。しかし、逆にそれは生前のつなぎのことを知る手がかりになり得る。



「……いいんダ。覚えてるはずもなイ」


 彼女はそれで言葉を終えてしまう。その顔は少し動揺しているようにも見えた。



 お互い相手の反応を待つかのように沈黙が10秒ほど続く。再び話始めたのは謎のヒトの方であった。


「…………セルシップをけしかけたのも、ラッキービーストを破壊したのも、全部私の仕業ダ」


 それが本当なら、彼女はとても大きな力を持っていることになる。しかし、今この場にいる彼女がそんな大層な力を持っているようには思えなかった。


「なぜ、そんなことを……いいえ、なぜ今になって自首するような真似をしたの……?」


 アミメキリンが一番気になっているのはそこである。唐突過ぎるのだ。自分達は彼女の足取りを掴めていなかった。名乗り出なければ、捕らえる事は出来なかったであろう。


「……今はそこは重要じゃなイ」


 だが、その事について彼女は語らない。


「セルシップがつなぎの事ばかり狙っていたのに気が付いたカ?」


 それはかつてうみべちほーで繰り広げられた激戦の時のこと。つなぎは博士や助手よりも優先的に狙われていた。そのヘイトを利用してセルシップフィッシング作戦が敢行されたわけだ。


「つなぎ、お前の存在が、都合の悪いヤツがいる…… お前の事を、消そうとしているヤツがいるんダ……」


 今まで倒してきた強大なセルリアン達。それは偶然にもつなぎの周りで出現してばかりであった。


 偶然だったのだろうか? これがロードムービー的に旅先で色んな出来事に合う小説が故の必然だったのだろうか?


 もし、セルリアンを操る黒幕、それがいるとしたら……


「貴方ですか?」


 流れ的にそーなる、いやならない。


「何でだア!? だったらとっとと襲い掛かっているワ! くそっ、調子が狂ウ。お前の命をねらっているの……ハ……」


 突然、謎のヒトがかすれて聞こえなくなった。はっとした顔で、彼女は喉に手を当てる。その仕草はまるで、声が奪われ動揺しているかの様であった。


 アミメキリンとつなぎには、何が起きたのか分からない。

 しかし謎のヒト本人の頭には、何者かの声が聞こえていた


(────は~い、そこまでー!)


 頭に激痛が走る。必死で消えそうな意識を繋ぎ止め、その声の主に心のなかで叫びかける。


(くそ……意識ガ……お前ハ……まさカ…………!?)



(喋りすぎ、ですよ。 あのクソ生意気なクジラと戦って、思いの外チカラを使いすぎて眠ってしまっていましたが……もう失った分は取り戻しました! 私がいない間につなぎを誘きだしてくれてご苦労様です)


(タイミングを伺ってやがったのカ……!? 最低なヤツだナ……!)


(ごちゃごちゃくっちゃべってうるさいですよー。取り敢えず、体、返してもらいますね……?)


 さらに激しくなった激痛に、目の前が真っ白に染まる。


 意識が消える直前、謎のヒトは声の出ない喉で空に向かって言う。


(ごめんなさい、私、また失敗しちゃっタ……)


 そして、彼女の意識は消える。


 ────代わりに現れるのは、悪意の権化。



 アミメキリンとつなぎの目には、彼女が喉に手を当てたあと頭を抱えて暴れ、そのまま静かになったように見えた。


 そして、彼女はしゃがんだ姿勢から弾けたかのように立ち上がる。


「……ふぅ、ぐっすり眠って元気回復! 皆さんこんにちは! 時刻は午前10時35分42秒!! 本日10月4日は世界動物の日!! ……なーんて、カレンダーも時計もないからわかりっこないのですけれど」


 そしてさふぁりどらいぶ♪の発売日であることを宣伝しないのでこいつは紛れもなく悪いやつである。みんな買ったかな? 私? 金欠(血涙)


「な、何が……?」

「つなぎ、下がりなさい! 貴方、さっきまでと雰囲気が全然違うわ……一体……」


 つなぎの手を引きつつ、アミメキリンも警戒して距離をとる。


「え? お姉さんどうしたの!?」


 豹変に驚いたマルカは顔を覗き込む。そちらをちらりとみた彼女は、冷たい目で見つめながら告げた。


「うるさいですね、黙っててください」


「……、……!? ───! ───!」


 言われた途端、声が出なくなる。マルカも、先程の謎のヒトと同じように自分の声が出なくなってしまったことに動揺する。


 混乱するマルカを尻目に、彼女はアミメキリン達に数歩近づき、話し始める。


「あちらは出来損ないの私。不器用でどんくさくて魅力の欠片もない、どうしようもない私」


 歩みを止め、その場でクルリと一回転する。着ていた全身を覆う合羽が消え、漆黒のパレオを身に付けた姿に変わる。


「こちらの私は理想の私。賢く、可愛く、そして強い……! アイムアパーフェクトウーマン……」


 その姿はまるで劇の主役が心中を叫ぶかのように大げさでオーバーリアクションで、得体の知れなさを強調していた。


「ワタシのせいで少々予定が狂いましたが、まぁ問題はありません……私が言っていた事はすべて出任せです。忘れちゃってください」


 頭をコツンと叩きながら舌をだす、俗に言うてへぺろをする彼女。顔は可愛く姿もえっちで最高にあざとい筈なのに全然嬉しくない。まるで名前だけは最高にあざといクトゥルフの神アザトースの様である。いあ、いあ。


「私には、貴方の方が出任せを言っているように見えるわよ……!」


 アミメキリンは気持ちを切り替える。こいつは、違う。マルカをぷにぷにしたりうっかり人質を逃がしたりしていたあいつでは無い。

 こいつだ。セルシップをけしかけたのもラッキービーストを壊したのも。自然にそう思えた。


「そうですか。全然構いません。私、貴方には用事が無いので。」


 本当に興味無さそうにそう呟き、彼女はつなぎの方を向き直す。


 そして、言った。


「はい! それじゃあつなぎさんの大切な命、いただいていきますね!」



「えっ?」


 反応したのはアミメキリンだったかそれともつなぎだったか。とにかく二人が反応出来るか出来ないかの速度で、彼女は発言を行動に移す。


「えいっ」


 掛け声と共に、背中から一本の触手を放つ。まるでセルリアンが使う物かのようなそれは、一瞬でつなぎの足に巻き付き、彼女の体を高々と持ち上げる。


「しまった! つなぎ!」


 アミメキリンが手を伸ばすがもう遅い。


 「無事逃げるまでが犯罪です、それでは!」


 彼女は、先程ドルカとナルカが利用した海に繋がる床を開き、その床板をアミメキリンに向かって蹴り飛ばした。


「くっ!」


 アミメキリンは飛んできた床板を蹴り返すも、既にそこに彼女とつなぎの姿は無かった。

 代わりにあったのは、尾を高々と振り上げ、こちらに跳躍するマルカの姿であった。


「嘘っ!?」


 そのままマルカはアミメキリンに向かって尾を叩きつける。

 大きな動きだったので間一髪アミメキリンは回避に成功した。その時ちらりとマルカの目が見えた。どこまでも深く、焦点の合ってないような目である。虚ろな目、というやつだ。アミメキリンは理解した。


「あいつ……この子で時間稼ぎを……!」


 あまりにも卑怯なやり口に、沸々と怒りが沸き上がる。

 しかし、こうしている間にもつなぎはどんどん遠くへ連れ去られてしまう。


 そこへ、思いもよらない助け船が差し出された。


「二人とも! 大丈夫ですか!?」


 騒ぎを聞きつけ、オイナリサマが室内へと飛び込んできたのだ。そして、彼女は謎のヒトとつなぎがいないことを見て、状況を察する。


「オイナリサマ! つなぎが、つなぎが……!」


 動揺と怒りと混乱で感情がごちゃ混ぜになり、震えた声しか出なかった。


「落ち着きなさいアミメキリン!」


 オイナリサマはまた攻撃しようとしていたマルカの懐に潜り込み、一瞬でその体を縛り上げた。セルシップにも使用した決して切れない神の縄である。


「何があったのですか!?」


 そう言いながらアミメキリンの前に立つオイナリサマ。今までで、一番頼もしく見えた。





 水の中を凄まじいスピードで泳ぐつなぎを拐った彼女。


 つなぎは、いきなり拐われ水の中で揉みくちゃにされ、混乱と動揺で抵抗出来ずにいた。


「待っててくださいね。 貴方は頑丈だからすぐには殺せないので、追いかけてくる奴らから十分距離をとって安全を確保してから殺しますね」


 何故か水の中でも語りかけてこれる彼女の言葉に、つなぎの意識がはっとする。


 そうだ、こいつはあちこちで散々騒ぎを起こし、多くのフレンズを悲しませ、そして挙げ句のはてには今自分を殺そうとしている。


 これ以上、好き放題させて良いのか。


 つなぎの心にはっきりと、やられてたまるかという強い気持ちが生まれた。


(なめ……るなぁ……!)


 酸欠で遠退きそうな意識を必死に繋ぎ止め、触手を掴む。野生解放の力で無理やり引きちぎった。



「嘘……!? この状況で抵抗出来るなんて!?」



 つなぎの予想外の抵抗に、彼女はおののく。


 しかし、すぐに平然とした顔に戻る。


「でも、問題なし。だって」


 彼女は、不敵な笑みを浮かべながら、引きちぎられた触手をしまう。



「触手なんていくらでーも生やせるんですから!」


 再び彼女の背から現れた触手は、10本を越えていた。


 そのうちの数本をつなぎの首に巻き付け、抵抗を封じる。


「うーん、大人しくしてくれるなら良いですけどこれ以上抵抗されても厄介ですし、ここまで逃げれば追手もすぐには来ないでしょう」


 同じように引きちぎろうとするも、数本が絡みあった触手は千切れない。


「お待たせしました、現世とお別れのお時間ですよ」


 彼女の声が冷たく響く。


「何秒持ちますかね? いーち、にー、さーん、よーん、ごー……──────」


 手にも力が入らなくなり、力は抜けてもう何も抵抗出来ない。そして────






 気がつくと、真っ白な空間にいた。



 つなぎは、またここか、と思う。


 今までこの空間に来たときは大抵ピンチの時で、今回もまさにそうであった。


 そして、ここに来たときはいつも誰かが助けてくれる。一回目は青い小さなセルリアン(何故かジャイアントパンダの力をくれた)、二回目はトキ。


 どちらの力も何回も自分を助けてくれた。


 しかし、今回はどうだろうか。


 誰かの力を借りて、それで勝てるだろうか。


 何本もの触手を操り、海の中を自由自在に泳ぐ。そして、周りには手助けしてくれるフレンズもいない。


 言い方は悪いが、こんな状況でフレンズ一人の力を借りて現状を打破出来るだろうか。



「おいおい、随分な言いぐさじゃないか。そんな簡単に諦めるようなヤツじゃ、なかったろう?」


 後ろから声がする。振り替えると、そこに一人のフレンズがいた。この姿には見覚えがある。さっき見たばかりだ。


「イッカクさん……?」


「そうとも。俺ぁイッカク。随分可愛らしい姿になっちまってるが、オスだ。立派な角を持つのはオスの特権だから、当たり前っちゃあ当たり前だがな」


 そういってガハハ、と豪快に笑う。可愛いイッカクの姿には似つかわしくない振る舞いだ。絶対立派なオスの角は下ネタにかかっている、つなぎは確信した。しかし、今大事なのはそこではない。


「ここは僕の心の中……ですよね?」


 つなぎはイッカクに尋ねた。今度ここに来たとき、聞こうと思っていたことだ。


「そうとも言えるし、違うとも言える。ただひとつ確かなのは、ここに出てこれるやつらは、お前が死ぬ前に助けてきたやつらだってことだ」


 それは、何となく感じていた。生前の自分が連れてきたジャイアントパンダ、そして生前の自分を知っているような反応だったトキ、きっとそうだろうと思っていた。


「さて、うだうだくっちゃべっててもしょうがねぇ、行くんだろ? ほら、持ってけ」


 イッカクは自分が持っていた槍をつなぎに手渡し、その背中をぽんと押す。


「わっとと、ちょ、こんな物貰ってもうまく使えませんよ! それに、この槍だけで勝てる相手だとはとても……」


「おいおい、そいつぁ俺の槍だぜ?」


 心外だ、といわんばかりにふんすと鼻息を荒げ抗議する。


「北の海で最強と呼ばれ、あらゆる外敵を排除し数多のメスをハーレムに取り込んだ俺様の槍なんだぜ? この“ムサシ“様の槍が、そんなへなちょこ野郎なんかに負けるかよ!」


 そんなことつなぎには知ったこっちゃないことであった。


「ハーレムって…というかムサシ……? 貴方の名前ですか?」


「そうだ。お前が付けてくれたんだぜ? ヘマをして傷付き打ち上げられていた俺を、助けてくれた時につけてくれた……って覚えてる筈無かったな」


 ムサシはつなぎの後ろに立つ。


「使い方は体が覚えてる。心配すんな、取り敢えず行ってこい!!」


 そして、どんと力強く押した。


 地面が無くなり、落下していくかのような感覚に陥る。思わず槍を離しそうになったが強く胸に抱き直す。


 遥か上から、ムサシの叫び声がする。落下していくつなぎにも、その声ははっきりと聞こえた。









「にじゅういち、にじゅうに……なんだ、もう終わりですか」


 抵抗を止め、つなぎはだらりとその手足を伸ばしていた。確実に、意識はない。

 動かなくなったが油断大敵である。このままあと1分は締め上げ続けよう。

 それにしても、終わるときはあっさりである。ああも色々やって来た自分がバカみたいだな、と考えていた。


 しかし、次の瞬間───




「えっ?」


 締め上げていた触手が、全部切り落とされていた。


 切れた触手の断片の隙間。つなぎが、何か槍のような物を手にしているのが見えた。これは、そう、ワタシの目を通じて見た事がある。イッカクの槍だ。


 思わず言葉がついてでる。


「そんな力を持っているなんて、聞いてませんよ!! それに槍なのになんで切れるんですか!?」


 吐き捨てられた言葉には目もくれず、つなぎは彼女へと突進する。


 だが、以前として触手を操る彼女の有利に変わりはない。


「起死回生の一手でしょうけど、その武器だって…」


 彼女は、1度に触手を5本ほど放つ。つなぎの手によりまた切られるも、さらに追加で放たれた触手により、槍をぶんどることに成功する。


「取り上げてしまえば使えませんよねぇ! 今度こそ……終わりっ!!」


 そしてトドメとばかりに放った触手。


 ───しかし、それも切り裂かれた。


 「何でっ!?」


「何でかって? それは────」


 つなぎは止まらない。さらに触手を切り、奪われた槍も取り戻す。


 二本の槍を構えて、つなぎはムサシが最後に叫んでいた言葉を思い出す。


(────俺は世にも珍しい二本の角を振るいあらゆる者を打ち倒してきた北海の王者、イッカクのムサシだからな!!)


 触手を切り裂き進み、とうとう彼女の元へと辿り着く。


「終わりだあああっっっ!!!」


 渾身の力で振るわれた槍は─────空を切った。


 否、振る前に目標を見失ったのだ。彼女が水中にばらまいた、墨のような液体によって。



「奥の手を使うことになるとは思いませんでした」


 彼女の声が黒い空間の向こう側からする。追撃しようと突っ切るが、彼女の姿はもう無かった。


「でも、つなぎが選んだんだから、仕方ないですよね。一瞬で死ぬんじゃなくて苦しんで死ぬ方を選んだんだから……」


 どこからともなく聞こえる声。本気でこちらを憐れんでいるようにも聞こえる。


「それでは私はおいとまします、もう会うこともないでしょう」


 そう言って、声は途絶えた。彼女の姿は、以前ない。戻ってくることも無かった。


 戦いは終わった。撃退という形で。


「……何とか、なった」


 ポツリとつなぎは呟いた。


 振り替えると、水面に遠くからこちらに来る船のような物を見つけた。アミメキリンが自分の事を探しに来てくれたのだったら嬉しい、そして多分そうなのだろうと都合よく思う。


 体が鉛のように重い。そろそろサンドスター枯渇寸前である。二本の槍で消費も二倍なのだ。


 手にもつ槍は水中に溶けるように消え、野生解放を解いたつなぎの体は、ゆっくりと水面に向かって浮いていった。

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