第10話 神殿偵察 その2
ひとしきり泣いた後、つなぎは我に帰ってトキを解放し、突然抱きしめたことを謝罪していた。
「す、すみません! 何だか自分でも分からないうちに抱きしめてしまっていて……」
「い、いいのよ…… 改めて、私はトキ。始めまして。私達、どこかで会ったことがあったかしら?」
「いや、そういうわけでは無いと思います…… 多分」
少し気まずくなってしまった二人をとりなす為に、アミメキリンが割って入る。
「トキ、あなたも“しんでん“の噂を聞いて来たの?」
こうげんちほーによくいるとはいえ、トキはあちこち飛び回っているフレンズ。ここまで足を延ばしてきても不思議ではない。しかし、彼女の目的は“しんでん“ではなかった。
「いいえ、私は友達を探しに来たのよ。────ショウジョウトキ、見なかった?」
ショウジョウトキとはトキと似た姿をしているが全身が朱色のフレンズである。
「見ていないわね。ここに来るまでにたくさんフレンズに会ったけどいなかったと思うわ」
そもそも、アミメキリンは今日会ったフレンズの中に顔見知りがいた覚えが無かった。
「アルパカがショウジョウトキにお使いを頼んだの。カフェに新しく置くイスを、ビーバー達に頼んでいて、それを取りに行って貰ったのよ。────でも、もう一週間は帰っていないの……」
トキは顔を伏せ、悲しそうな顔をしている。
トリのフレンズは皆逃げ足が早く、早々セルリアンに襲われることはない。しかし、お使いを頼んだのに一週間も帰ってこないのはさすがに心配であろう。そもそも、こうげんちほーからこの辺りまで、空を飛べば往復で1日もかからないのだ。
トキは少し溜め息をつき、話を続ける。
「一晩経って戻ってこなかったから、アルパカにはカフェに残って貰って探しに来たの。でも、こはんちほーを探し回っても見付からなかったわ。そんなとき、ここにショウジョウトキが入っていくのを見たって言うフレンズがいたの」
「だから探しに来たって言うわけね…… こはんちほーにいるのなら、今も中にいる可能性は高いってことね」
アミメキリンは“しんでん“に目を向ける。物言わぬその建物はこの上なく不気味に見えた。
「ただ、中に入ったら扉が勝手に閉まっちゃうんですよね? 中にセルリアンがいて閉じ込められたら……逃げられないですよ!?」
そうなのだ。侵入するにも脱出するにも、扉が開かなければ話にならない。
「それなのだけれど」
トキは2階のテラスを指差した。
「どうやら2階の扉は自由に開閉出来るみたいだわ。だからそこから入れるの。本当は一人で行こうと思っていたのだけれど…… お願い、ついてきてくれないかしら?」
トキは両手を組み、二人にお願いするような目を向ける。その顔からは、本気で行方不明な友達を案ずる姿が見てとれた。
「アミメキリンさん……」
つなぎはアミメキリンの方を向き、じっと見つめる。トキの友達を懸命に探しているという話を聞いて今にも泣きそうな目をしていた。と思ったら泣いた。鼻水もずるずるであった。
「ああもう…… はい、つなぎ。ちーんってしなさい」
ティッシュなんてものは存在しない。食べていたジャパリまんの紙を渡し、鼻をかませる。ちなみに包み紙はその辺に放り捨ててもそのうち自然に帰る。生分解性で環境に優しい。
「わかったわ、トキ。あなたからの依頼を受けるわ。この事件、私が解き明かしてあげる!!」
その言葉を聞いて、暗かったトキの顔が少し明るくなった。
トキに二階にあげてもらった二人は、扉の様子を確かめる。確かに鍵もなく軽い扉のため出入りは可能であった。
「開けるわよ……」
きぃ、という音を立てて扉を開く。建物の中は柱が何本も立っているが、それ以外は取り立てて何もない殺風景な部屋であった。2階部分は吹き抜けになっており、壁に沿って廊下があるだけである。
そして一階には先程入っていったフレンズ達が集っており、何かを囲んでいる。
「ここからじゃよく見えないわ。近づきましょう」
アミメキリンを先頭に三人はフレンズの集団に近づく。そうすると、何の話をしているかがだんだんと掴めてきた。
「ああ“かみ“よ、私は雨が入ってこないものが良いです!」
「私は三階建てが……」
「私は冬でも暖かいものがよいわ!」
そう、彼らは自分達の家、フレンズ風に言えば巣を何かにねだっているのだ。
ヒトとけものの両方を持つフレンズ達は、巣に関しても自分達が野生に住んでいた頃の巣に住むものもいれば、ヒトの慣習にならい新たに住みやすい家を作るものもいる。
そして当然、誰かに作ってもらった所に住むものもいるのだ。
「願い事を叶えるって言うのは、好きな巣を作ってあげるっていうこと……だったのかしら。そうすると、“かみ“の正体は……」
アミメキリンは顎に手を当て考えながら歩く。建築を得意とするこはんに住むフレンズ……
答えを言う必要はなく、十分近づいたのでその中心にいるものが、誰か判明した。
「皆、焦らなくても順番に作ってあげるッス。なにせおれっち、神っすから……ね?」
集団の中心で玉座に座り、肩肘をつきひれ伏す者達に目を配る、アメリカビーバーの姿がそこにあった。
「…………………………………………」
アミメキリンとトキは硬直してしまっていた。二人ともビーバーとは知り合いだったが、自分達の記憶の中のビーバー像とあまりにもかけ離れていた。
「あれが、神……」
一方つなぎはビーバーを知らないので神との対峙にごくり、と唾を飲み込んでいた。
「つなぎ、ちょっとこっち来なさい」
アミメキリンが彼女を手近な柱の影に引っ張っていって、つなぎにビーバーの説明をする。
「え? 彼女は神ではない?」
「そうよ。ずば抜けた建築の腕を持っているけれど、普通のフレンズよ。基本臆病だけど優しくて、あんな風にえらそうな態度を取るフレンズではないわ」
「でも、じゃああれは……」
彼女が指を指す先では、
「ほいほいッス」
手を掲げた所に、暖かそうな巣や入り口が扉になっていて雨が入ってこない巣が地面より生えてきているところであった。
「大きい巣は木で直接作ってあげるッス。後でいくッスよ」
「か、神よ……」「流石だわ、これで雨漏りも気にしないですむ……」「ああ、どんな巣が出来るのか楽しみです!」
「あれがただのフレンズ………… 何ですか?」
「うっ!? それは…………」
アミメキリンも目の前で神業を見せられてしまってはぐうの音も出ない。たしかにフレンズはサンドスターの力で様々な奇跡を起こせるポテンシャルを備えている。しかしサンドスターはサンドスター。超能力的な側面こそあれ、自在に物を産み出したりする性質はない……はずなのだ。
「……それより、ショウジョウトキはどこかしら?」
二人がやり取りしている間もトキは彼女を探していたが、見当たらないのである。
「分からないことが多すぎるわ…… こうなったら、直接聞くしかないようね」
アミメキリンはフレンズの波をかき分け、ずんずん進む。つなぎもその後をついていき、トキはフレンズの波を文字通り飛び越えビーバーの前に立つ。
「おや、お久しぶりッス。一人は知らないフレンズッスけど…… 君たちも、おれっちに作って欲しい物があるんスか?」
ビーバーは突如現れた三人に対して、笑顔で友好的に接する。その顔は単純に知り合いに会えて喜んでいるように見えた。
「聞きたいことがあるの、ショウジョウトキがここに来たらしいのだけど、知らないかしら?」
話している分にはいつものビーバーである、少し安心したアミメキリンであった。
しかし……
「ショウジョウトキ…………?」
その名前を聞いたとたん、ビーバーは訝しげに目を細める。
「…………知らないッスね」
「ここに来るところを見たって何人かのフレンズが行っていたわ!」
トキが前に出て少し声を荒げる。ここにいなければ、手がかりが無くなってしまう。
「知らないもんは知らないッス。見間違いじゃないッスか?」
ビーバーの声は冷たかった。トキも思わず後ずさる。しかし、アミメキリンは逆に前に出た。
「ビーバー? あなた、そんな言い方は無いじゃない! それに、以前の貴方はそんな冷たくは無かったわ」
アミメキリンはそう言うと、ビーバーの返事を待つ。しかし、彼女はなにも言わなかった。
その態度を見て、アミメキリンはさらにビーバーへの疑いを深める。
「……分かったわ。もう聞かないわ。その代わり、もうちょっとこの中を調べさせて貰うわ」
アミメキリンはつなぎとトキを連れ、その場を後にしようとする。
しかし、後ろにいた沢山のフレンズが彼女たちを取り囲み、退路を塞ぐ。
「ちょっと、貴女達、何のつもり!?」
その言葉に対する返答は、後ろから帰ってきた。
「皆、そいつらはおれっちが家を作るのを邪魔してくる悪いやつらッス、引っ捕らえるッスよ!!」
その言葉を受け、周囲のフレンズが一斉に三人を捕らえに掛かってくる。
「ビーバー! 貴女何を言って……!」
「アミメキリンさんっ! 下がって下さい!」
つなぎは野生解放し、包囲網の一部を吹き飛ばして活路を開こうとした。
しかし、野生解放によって変質した箇所が、サンドスターの煌めきと共に元に戻る。
「何でっ!?」
「無駄ッスよ、この神殿の中では、おれっち以外は野生解放ができないッス」
「くっ……!」
アミメキリンとつなぎはそれでも抵抗するが、なすすべもなく捕らえられてしまう。
しかし、二人が捕らえられている隙に、トキは空高く飛び上がり包囲網から逃れることに成功した。
「あんまりこういう使い方はしたくなかったのだけれど……仕方ないわね」
トキは大きく息を吸い込み
「ラ~~~!!」
とにかく大きな声を出すことに注力し、歌を歌う。神殿全体がビリビリと震え、取り囲んでいたフレンズもたまらず二人を放して耳を塞ぐ。
「今のうちに! 行くわよつなぎ!」
何が起こるかを察していたアミメキリンはつなぎの手を引き二階へと走る。しかし、
「させないッスよ!!」
ビーバーが二人に手をかざすと、二人の足元に突如大きな穴が出現した。
「しまったわ!」
トキは二人の元に急ぐが、間に合わない。すんでの所で穴が塞がってしまう。
「「うわあああああ!!」」
空を飛べない二人は、なすすべなく穴に落ちていってしまう。やがて、そこから聞こえる悲鳴も消えていった。
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