第8話 神殿偵察 その1

アミメキリンとつなぎの二人は、巨大なしんでんの入り口の前に立ち尽くしていた。


「近くに来ると分かるけれど、凄く大きいわね……」


 扉だけでも自分達の背の二倍はあるであろう。


「聞き込みした話だと、いきなり現れた、という話でしたけど」


「これだけの大きさ、どうやったって隠しきれないわ。今まで見つかっていなかったなんてあり得ないわね」


 つなぎはパークをあまり旅していないので知らないが、ジャパリパーク内にはかつてパークとして運営していた頃の名残である様々な施設がある。しかし、どれも程度の差こそあれ、老朽化が進んでいる。

 だが目の前の“しんでん“は壁に汚れなどや欠けなども無く、どう見ても新築されたものであった。


「この扉もびくともしないわ、他に中に入れるところがないか調べてみましょう」


 しかし、周囲を一周しても他に出入口は見当たらない。どこまで歩いても壁、壁、壁。隠し扉のようなものがあるとも思えなかった。


「何か秘密があるのかしら……?」


「正直、この建物、見た目とは裏腹に嫌な予感がします…… アミメキリンさん、ここはもう放っておいて、先を急ぎませんか?」


 確かに、二人の当面の目的地はとしょかんである。アミメキリンとしては道中で見つけた謎は解き明かしていきたいのだが、そもそも中に入れなければどうしようもない。

 それに、あまりにも綺麗過ぎる見た目に、つなぎの言うように何か不気味さを感じつつあった。


「それもそうね、行きましょ、つなぎ」


「待ってください…… 誰かこっちにきます」


「え?」


 つなぎが指差す方を見ると、確かに誰かがこちらに向かって来ていた。むしろ、誰かというよりは────


「たくさん来てるじゃない!? さっきの水辺であったフレンズ以外にも、いっぱい!」


「どどどうしましょう!?」


「隠れるわよ! 早く!」


 アミメキリンは、つなぎの手を引き少し離れた大きな木の影に隠れる。


「────何で隠れるんですか?」

「やっぱりこの建物、普通じゃないわ。前言撤回よ、ちょっと様子を伺いましょう」


 続々集まってくるフレンズ達。扉の前に集まり、皆でがやがやと何か話しているようだ。


「んー、なんて話しているのかよく聞こえないわ」


「もう少し近づきますか?」


「いや、たくさんのフレンズがしゃべっているから聞きとれないのよ。別に聞こえないって訳じゃないのだけれど」


「あっ、扉が開きますよ!」


 ずずず……と音を立てて扉は真上に開いていく。


「左右に開くんじゃないのね……」


 ただ恐らくあの重量感から、どちらにしろ扉を開くことは不可能であっただろう。


「皆が中に入っていきます!」


「追うわよ!」


 二人は慌てて中に入っていくフレンズ達を追う。しかし、扉は最後のフレンズが入った後に締まり始めてしまう。


「ま、待ちなさい!」


 アミメキリンは全力で走るが、扉は一瞬で閉まってしまった。


「ぶぎゃ!」


 急に止まれず扉に衝突してしまうアミメキリン。そして、



「ガアアアアッッ!!」


ずどんっ!


「ぴゃあああああ!?」


 つなぎは野生解放し、思い切り扉を殴り付ける。アミメキリンは驚き、何だか凄く可愛いらしい悲鳴をあげてしまった。


「何で!? 何で今殴ったの!? すっごいびっくりしたわ!?」


「いやぁ…… 助走をつけたので、なんかいける気がしました」


「いけたとしても扉壊すのはまずいわよ!」


 中からフレンズや噂の“かみ“とやらが出てきて怒られるのでは、とアミメキリンは慌てたが幸か不幸かそんなことは起こらなかった。


「それにしても、あれだけのフレンズが入っていったのに、中の音は全く聞こえないわね」


「だから逆に中の誰も気がつかないんですね」


「……もう殴っちゃ駄目よ」


「大丈夫です、どちらにしろもうサンドスター切れです…… 燃費悪いですね、この能力」


 へた、と座り込むつなぎ。ポケットへと手を突っ込みそこからジャパリまんを取り出して食べ始める。本日13個目である。


「ねんぴがよくわからないけれど、まぁサンドスターを凄く消費するってことね」


 だからそれを補う為にジャパリまんをたくさん食べている訳である。


「中に入らないと“かみ“が何かも分からないし、どうしたものかしら……」


「中に入った方々が出てくるまで、ここで待ってみますか?」


「うーん、それしかないかしらね」


 二人でああでもないこうでもないと考えていると、ふと二人の頭上に影が差した。


「あら?」


 アミメキリンが空を見上げると、一羽のフレンズがゆっくりと、しんでんのテラスに降り立った。

 白い服の袖に朱色が差しており、それに合わせるかの様に朱色のタイツを着用している。アミメキリンにとってはかばんを皆で送った時以来の再会であった。


「あなたは……」


 アミメキリンは指を突き付け決めポーズを取り、彼女の名前をビシッと告げようとしたが、その前につなぎがポロッと呟く。


「トキ……」


「あれ、つなぎは彼女の事を知っているの?」


「え…… ああ、そう、ですね。何で分かったんだろう……?」


 つなぎは彼女から目を離さない。ただ、彼女が降り立つのを何もせず見ていた。



 テラスに降り立ったトキは、左手を胸にあて、右手を体の前に差し出し大きく息を吸い込む。

 そして次の瞬間、こはんちほーに地獄の音色が響き渡った。


「わたぁ~しはぁ~とぉ~きぃ~! ともだちをさがして~るぅ~! どこにいるぅ~のぉ~! わたぁ~しの~ともだぁ~ちぃ~!!」


「ひいいぃぃ!」


 アミメキリンは思わず耳を押さえてうずくまる。これは悪魔の叫びかうなり声か、そう考えてしまうほどの歌かどうかも分からない代物であった。


 しかし、その中でもつなぎは耳を塞ぐことなく彼女の様子を見守っていた。


 やがて歌い終わったトキは、しんでんの入り口にいる二人に気が付き、ふわりと空中に浮かび、飛んで二人の目の前に移動する。


「こんにちは、私はトキ。私の歌どうだった?」


「どうだったって、そりゃもう酷い……」


「良かったです」


「つなぎ!?」


 アミメキリンは衝撃の発言につなぎの方を信じられないといった表情で振り返る。

 しかしつなぎはぎこちなく笑い、トキの元へと近づき、そして、彼女を優しく抱き締めた。


「生きてて…… 本当に良かった……」


 つなぎの目から静かに涙が流れ落ちる。


「え、えと…… アミメキリン、私はどうしてこの子に抱きつかれているのかしら?」


「…………私にも分からないけど感動の再会っぽいししゃべらないでおくわ」


「えぇ……」


「うっ…… ぐすっ。良かったよぉ……」


 トキはしばらく抱きつかれたままで、困った顔でアミメキリンに助けを求め続ける。しかし、アミメキリンは宣言通り二人の邪魔をせずひたすら沈黙を貫いたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る