花ぞ散る

 そも鎖鎌の術理などというものは外法であり、邪道の刀術である。六貫斎は梅吉に対し、何よりも大切な教えとしてこれを深く心に刻み込ませた。

 といっても外法であり邪道であるというのは卑劣であるとか立ち返るべき原点の技が他にあるとかいったようなことを意味するわけではない。ただ単に、多くの者は一対一もしくは少数の遭遇戦で刀を用いるが、鎖鎌の利点というのはその刀に対して優位に立てるということのみにあるのであって、それ自体の本質において刀槍とうそうに勝ると言えるわけではない、というまでのことであった。


「よいか。世人は鎖鎌を用いぬ。この鎖分銅鎌は儂が工夫をしたものだから、当たり前だが、いずれにせよ鎌でいくさをする侍はおらぬ。鎌でいくさをするのは他に武器のない一揆衆の農民くらいのものじゃ。だから鎌と戦うわざを心得たる武人は、世にすくない。故に、とりわけ一対一の立ち合いにおいては、鎖鎌を極めたる儂は滅多な剣豪にも遅れは取らぬ。だが、それはこれが邪であるからに過ぎぬ。邪は正に強い。いっぽう邪が邪であることを止め、正にとすれば、恨みを買って討たれるか、或いは真に正となったところで新たにでたる邪によって討たれしめる。そうしたものじゃ」


 梅吉もその点においては理解した。例えば、この鎖鎌のを極めたところで、六貫斎がそうしておらぬのと同様に一流派の開祖を名乗れるものでもなし、或いは武芸を認められ士分に取り立てられるなどという道もその先には無い。つまりは、外法とは外道のいいである。まともな生き様など、彼ら二人の旅路の先にあるわけはなかった。

 六貫斎はだから、梅吉に人倫の道などを説きはしなかった。だいたい彼自身が、街道筋に出没する追剥なのである。弟子を相手にもっともらしい人倫を説くなどという筋合いが最初からなかった。定住地は持たず、宿場を転々として暮らす。同じ宿場に、長くても半年と居続けることはない。居を変え、時折金回りのよさそうな旅人を狙っては、これを襲う。

 老人とその孫にしか見えぬ風情の六貫斎と梅吉を警戒するようなものはほとんど居はしない。手口はその場しだいであるが、とにかく人気のないところにおびき出し、殺して金品を奪うのである。必ず殺した。生かしておいて、逃がせば後が面倒だからだ。命さえ奪えば、もの言わぬ亡骸を恐れる必要などはなかった。この時代、街道筋に晒された死骸おろくなどは珍しいものではなかった。とはいえあまり同じ宿場の近くであまり同じような手口の殺しが続いてはさすがに怪しまれるから、二度やったら居を改める。それが六貫斎の手口であった。


「師匠。師匠は、若い頃からずっとこんな暮らしをしていたのかい」

「いいや。儂は、むかしは忍びをやっていた」

「忍びの里を抜けたのか」

「抜けたのではない。里は豊臣の軍勢に滅ぼされた。儂は生き延びたが、忍びが他所よその忍びの口に混ざれよう道理もない。以来、追剥となって流遇るぐうの身よ」


 六貫斎の鎖鎌の術は、もともとは武士を暗殺するための忍びの技として彼自身が磨いたものなのであった。往時は主君からも高くその力を認められていたのだが、その主君もその家も秀吉のためにもはやない。


「師匠。次の殺しは、俺にやらせてくれないか」

「……善かろう。だいぶ、さまになってきてはいる。だが、しくじれば死ぬ。それは分かっておるのじゃろうな?」

「当然だ」


 獰猛な狼の目で梅吉は笑った。この頃、六貫斎に育てられてもう数年になるがその獣性は何ら変わるところがなかった。六貫斎もそれをめるつもりはまったくないのだから当然ではあった。


 街道を歩く旅人を観察していて、梅吉が目を付けたのは侍の男と女の二人連れだった。妻と見えた。


「決めた。あれにする」

「女を連れた二人旅は、よほどの愚か者でない限りは、腕に覚えのある者ぞ。それは前に教えた通り。分かっておるな?」

「分かっている。その代わり、殺せば女は自由になる。そういう次第だろう」

「そういう次第よ。ただし、気が済んだら女もその場で殺せ。それは忘れるな」

「ああ」


 梅吉はまた、笑った。飢えた孤狼ころうが獲物を見つけたような喜色であった。


 道に迷った子連れの旅の老人が道案内を頼むふりをして、侍と女を人気のない場所に誘き出す。

 梅吉が鎖鎌を構えると、侍は事態を悟ったらしく、何か剣術の流派のようなものを名乗った。こちらは聞いては居ない。興味もなかった。ただ、そういうことをしてくる剣客はたいてい、それなりに覚えがある。それだけは知っていた。

 さて、どうなるか、と六貫斎は眺めている。梅吉が仕損じたら、侍は自分が殺す。ただし梅吉を助けることはしない。あの程度の侍ひとりに負けるようなら、この宍戸六貫斎の弟子で居続けさせる必要は、無かった。


「参る」


 と言って刀を振り上げた侍のその刀に、びゅーっと飛んで行った鎖分銅が巻き付いた。


「あっ」


 と言う間に侍の刀が梅吉の手に落ちる。良い塩梅であった。刀は高く売れる。あの分なら傷もさほどついてはおらぬだろう。そして、つつつと走り寄った梅吉が、鎌でもって侍を斬った。


「か、はっ」


 一太刀浴びせればもうあとはとどめを刺すだけである。梅吉は無駄なことはしなかった。に済ませ、そして立ちすくんでいる女の方を向く。

 女の悲鳴とそこから始まるすすり泣きを聞き流しながら、六貫斎は侍が持っていた金子を数えた。取り分は、あれ以来常に二の一、六貫斎が梅吉の倍を取るというのが二人の間の取り決めであった。

 ところで、梅吉は追剥仕事で殺しをするのも、女を犯すのもこの時が初めてであった。無闇な殺しはするな、というのは固くいい含めていた。追剥に、仁義というものはないが限度というものはある。人目のあるところや、その他もろもろ、とにかく、賭場や酒場で鎌を出して人を殺めるなどは論外の所業である。それをやったら追剥としてすら生きてはゆけぬ。梅吉もその教えはよく聞いた。

 だが問題は女の方であった。女に溺れるな、とも教えたのだが、既に老身である六貫斎と梅吉とではそのあたりの感性が異なるのは当然である。また女連れを狙いたい、などと困ったことを言い出すので、六貫斎は梅吉に女はよほどの時以外は襲うものではなく金で買うものである、ということを教えた。道とも徳とも言うには及ばぬが、いちおう梅吉は言うことを聞き、宿場の辻で夜な夜な女をらつして事に及ぶ、などとという愚は為さなかった。少なくとも、六貫斎と行動を共にしている限りにおいては。


 だが、梅の花もいずれ散り、実を為すのが世のならいである。梅吉が成長し、少年から青年へと姿を変えつつある頃、その鎖鎌の術理もまた、力量においても、そして工夫においても、六貫斎は梅吉に及ばなくなっていた。

 そろそろ潮時か、と六貫斎は思った。おのれが教えるべきことはもう全て教えた。もう一人立ちをさせてもよかろう。ただひとつだけ気がかりなのは、梅吉がその剣腕について驕慢きょうまんであることだった。外法極めたり、剣客何するものぞ、という、若さから来る自負が、どうにも見ていて危うかった。まあおそらく、畳の上で死ねぬのは当然として、この儂の歳まで生きることも叶わぬだろう、こやつは。そう思った。


「師匠。いや、六貫斎どの。かれるのか」

「ああ。お前に、教えることはもう何も残ってはおらぬからな。後は好きにするがよいぞ、梅吉」

「ならば好きにさせてもらう。……師匠。俺と立ち合ってくれ。いや。否とは言わせぬ。俺と立ち合い、そして死んでくだされ」

「ほう。その意、問わせてもらおう」

「師を討ち、俺は名実ともに日の本一の鎖鎌使いになる。だが、恩義は忘れぬ、かつて姉の名をこの名に加えたように、その名を奪ってこれからは宍戸梅軒ししどばいけんを名乗ろう」

「ほっほっほ。良い名じゃな、馬鹿弟子よ。まあ、儂を討つもよし、儂に討たれるもよし、儂も相応のことをしてきた身じゃ、そうなったら相応の末路というだけのことじゃ。だがな宍戸梅軒どの。いや、梅吉。師として一つだけ、最後にもう一つだけ教えておくことがある。よって酒に燗を付けよ」

「承知」


 梅軒は素直に慣れた手つきで酒の支度をした。二人で、酌み交わす。別に相手を酔わせて有利を得ようなどというつまらぬ術策ではない。二人とも、普通に酒を進めた。


「良いか。お主は強い。恐らくは既に儂よりも強かろう。だが、この先にお前の生涯というものが続いていくのならばな、お主の前に、お主より強い使い手は必ず現れる。これは、まず間違いのないことじゃて」

「六貫斎どのも、そんな経験を?」

「あったよ。たった一度であったがな、儂以上の邪法を用いる者と立ち会うたことがある」

「邪法? 剣客ではないのか」

「そやつは苦無を使った。苦無のみで儂の鎖鎌を捌き、こちらの命に迫った。儂は、それでな」

「どうした」

「逃げた。一目散に」


 ほう、と梅軒は頷いた。


「ならば、苦無には気を付けるとしよう。だが剣客になら、負けぬ」

「それは、どうかの」

「何と申す」

「剣は正とは限らぬ。世は広い。剣の正なるを見せ、欺いて邪剣を振るう者もあろう。その時がお前の最期かも知れぬ。ま、そうなったとして、それまでのこととも言えるが。天下無双を気取りたいなら、ま、忘れぬことだ。このじじいの言葉を」

「無用よ。邪とは、俺だ。この宍戸梅軒こそが、邪だ。だから誰にも負けぬ」

「言うても無駄のようじゃの。ほっほっほ」


 さて、二人は宿場を出て、林を抜けたところにある草むらまで出た。どちらが勝つにせよ、宿場の真ん中に死骸おろくを転がして去るわけにもいかぬから、やむを得ぬ仕儀であった。


「宍戸六貫斎。参る」

「問答は無用」


 梅軒の分銅がびゅーっと六貫斎へと向けられて飛んだ。それを弾き落としたものは、やはり分銅であった。六貫斎も分銅を放ち、中空で分銅同士をかち当ててこれを打ち落としたのである。鎌で受ければ鎌は折れる。柄で受けても柄が折れる。他に手がないのであった。

 次は六貫斎が先に分銅を放った。それを、今度は梅軒が打ち落とした。なるほど、互いが鎖分銅鎌を用いるなら、これは邪法でもなんでもなく、正の法なのである。

 この攻防が、幾たびか繰り返された。どちらの身にも分銅は届かなかった。そしてついに手を改めたのは六貫斎の方であった。分銅と同時に、苦無を投げる。なお、梅軒には苦無術は教えていない。本人も学びたがらなかった。

 分銅がかち合い、梅軒は鎌を振るって苦無を落とした。その刹那を狙って、投ぜられた鎌が梅軒の首を狙った。だが。

 梅軒は一瞬で手元に引き戻した分銅で巻き込むようにして鎌を絡め取り、そして引いた。六貫斎の手元から鎖分銅鎌が離れる。最後の一本の苦無を構えた六貫斎に対し、今度は分銅が飛んできてその手元から苦無を弾き落とし、そして飛んだ鎌がその首を裂いた。勝負、有りであった。


「うめ、きち。よくぞ、腕を上げた」

師父しふ。感謝している。宍戸の名は、俺が死ぬまで捨てずに名乗るとしよう」

善哉よきかな。地獄で、先に待っておるぞ。お主の生涯がどうであったか、来た時には、聞かせるが、善いぞ」


 そうして六貫斎は死んだ。




 それからまた、時は流れて。


「貴様の名は――と言うのか。良い名だ。貴様を討ったら、俺はその名を奪い」


 宍戸梅軒は幼きあの日と変わることのない虎狼のような目で笑った。


宍戸武蔵守梅軒ししどむさしのかみばいけん、とでも名乗ることにしようか」

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青梅 偽教授 @tantankyukyu

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