バレンタインデー戦争SS

ユウスケ

バレンタインデーは戦争だ

名門青原中学は、本日バレンタインデーの日を迎えている。バレンタインデーと言えば、好きな男の子に手作りチョコを渡す日でもある。


――戦争だ。


多くの女子生徒が、血走ったような目で男子生徒の様子を伺っている。本日中に手作りチョコを渡せば任務完了である簡単な仕事だ。


「邪魔だ!どけ……」

「……何だと!」


あたしは、クラスを覗いていると背後から鋭い声が降ってきた。目つきの悪い折原くんと名乗る不良生徒だ。


「ご、ごめん!折原くん」


あたしは、次第に声を小さくしてしまう。


「邪魔だって言ってるだろ!殺すぞ」

「……ああ!」


折原おりはらくんは、あたしへと言うとそのままクラスへと向かってしまう。あたしが恋心を抱いているのはアイツではない。窓際の一番後ろの席に居る順平くんだ。


順平くんの席を囲むように多くの女子生徒が居る。順平くんは楽しそうに、その女子生徒と談笑していた。もしかしたら、すでに多くのチョコを手中に収めたかもしれない。そうなればチョコを受け取って貰えないかも――。


「邪魔だって言っているだろ!」


そんな感じで、あたしは誰かに頭を小突かれた。折原だ。まあ、いい。本日中に渡せば任務完了なんだからな――。


あたしの名前は、篠崎杏子しのざきあんず

中学3年の美少女で、ポニーテールが印象的な優等生である。しかし、みんなからは不良少女とか言われている。理由はこの目にある。


――背は小さい方だ。

胸も小さいかな。大きなお世話だけど……。


あたしは、そのままクラスへと戻ると、早速作戦会議を行う。授業中、担任の女教師は怯えた様子であたしを見ていたが、動じない。


昼休みを告げる予鈴が響いた。あたしは、スクールカバンからお弁当を取り出そうと手を伸ばした時、仲のいい親友が軽く手を振っていた。


「杏子、お昼食べよう」

「うん」


机をくっつけて座ると、弁当箱を広げていた真里菜が眉を上げた。あたしは「うん」と答えて、弁当箱を広げる。お母さんの手作り弁当、今日のメニューは卵焼きと海老フライ、そしてトマトだ。


すると入り口付近から男子の鋭い声が響いた。両手にお弁当を抱えた短髪の男。折原と名乗る生徒が、別クラスから乱入してきたのだ。


「ここ、いいか?」

「いいよ」


すると、友人の真里菜が手招きした。なんと言うか微笑ましい光景だが、あたしは呆然と、折原を睨み上げるように視線を向ける。すると、折原も睨みつけるようにこちらへと睨み返してきた。


「あれ、折原くん。この子知っているの?」


友達は声を弾ませて、そう尋ねると、折原は頬を赤らめて「ああ」と答えた。先ほどの折原とは別人だ。その瞬間、あたしの頭の中で何かが閃いた。


――ははん、分かったぞ。

コイツ、真里菜の事が好きなんだ。


「――な、何だよ?」

「別に。頂きます」


あたしは手を合わせてご飯を食べる。心の中で白飯を作ってくれた農家の皆さんにお礼を言いながら――。


真里菜まりなは、今日は鮭弁当か?」

「そうだよ」


あたしはコイツの言葉に、カチンときた。

なんで、コイツ、あたしの友人を呼び捨てにしているのか。


「どうして、呼び捨てに」

「いいだろ、別に」

「よくない」


あたしは思わず大声を出してしまった。あたしの声に驚いた生徒が、こちらへと注目する。だから、あたしはそのまま席へと着いた。


「あれだ。昔からの付き合いで……」

「ほー」

「呼び捨てに……」


折原は心の中で「殺すぞ!」オーラを全力で出していた。その事に気がつかないあたしではない。そんな感じでお昼が終わった。


☆☆


二月十四日。

本日はバレンタインデーの日だ。


あたしは、苛々しながら退屈な授業を聞き流し、授業終了を告げる予鈴と同時に、教室を弾丸のように飛び出した。


「篠崎が来たぞ」


悲鳴が響く廊下を、あたしは猛然と駆け抜けていく。すると、またアイツと廊下ですれ違った。折原と言う男子生徒だ。


「邪魔だ!殺すぞ」

「――邪魔よ!どきなさい」


廊下で睨み合うふたり。

あたしの両手には手作りチョコが抱えられている。


「チョコか」

「それが……」

「チョコは好きじゃない」

「誰も、折原に渡さないわよ」

「欲しいとは言ってない」

「………」


それで誰に渡すんだと尋ねられて小声で「順平くん」と答えた。すると折原は少し小首を傾げて言った。


「分かった。協力してやろう!」

「――え」


ぎゃあぎゃあと…言い合いながら、あたしは折原と結託した。本日中にチョコを届ける。最重要任務だ。


――五時間目は合同体育だった。

あたしは、体操着に着替えると体育館へと向かった。3組と5組の生徒が集まっている。当たり前だけど、順平くんがいる。


「あたしは……」

「ああ、ペアを組ませてやろう」


折原は言った。

折原は他の生徒を睨みながら、進んでいく。バケツの中のくじを引いて、すぐに引き返してきた。次はあたしの番だ。


――何と言うことか!!

あたしは順平くんとペアになれなかった。なぜか、メガネのクソ男子が、順平くんとペアになってしまった。


「ど、どうして」


あたしは酷く動揺した様子で、言葉を詰まらせた。あたしの大好きな順平くんが遠ざかっていく。だから、あたしは授業をサボる事にした。すると折原が申し訳なさそうに、あたしへと言った。


「俺に、超能力なんてあるわけないだろ」


――最悪だ。

結果から言うと最悪だった。


いつの間にか、帰りのHRが始まっていた。教壇の前に立つ担任の女教師が、何かを言っているのを、あたしはただ聞き流す。


「どうして、こうなった?」


委員長の起立、礼の号令と同時に、あたしのバレンタインデーの戦いは終わりを告げた。あんなにも作戦を練ったのに、全てが水の泡になってしまった。


あたしは顔を伏せたまま、ノロノロ…と教室を出る。自分の力がこんなモノだと知ってショックだったのもあるが、大好きな順平くんにチョコを渡せなかった事実の方がよほどショックで、身体は悲鳴を上げていた。


「篠崎さん……」


ノロノロと廊下を歩いていたら、誰かにぶつかった。ふと顔を上げると、大好きな順平君の姿がある。ドキドキが止まらない。


「ああ、えっと……」


すると、折原も顔を出した。折原は眠そうな顔で、スクールカバンを掲げて、こちらを睨みつけてくる。


「ああ、えっと……」


あたしは酷く混乱した。言葉が出ない。


「篠崎さん、どうしたの?」


順平くんの優しい声。ただ驚いて、身体が動かなかった。同時にじわりと熱くなる感覚に襲われた。これはチャンスなのに……。


「早く渡して、帰ろうぜ!!」


折原が眠そうな顔で、言う。

あたしは結局、順平くんにチョコを渡す事は出来なかった。ただ、顔を伏せてうなだれるだけの杏子を、折原は呆れた様子で見ていた。


「ああ、くそ!!」


誰も居ない教室。

いつの間にか辺りは暗く、夜になっている。あたしはいつのも増して機嫌が悪かった。自分に腹が立って、ムカついた。


あたしは壁へと殴り掛かっていると――。


「邪魔だ、殺すぞ!!」


いつもの調子で、折原にそう声を掛けられた。バタン、と音を立てて教室の扉が閉まる。あたしは不満をぶつけるように彼へと叫んだ。


「全て折原くんのせいよ!!」

「――は?」

「俺のせいなのか?」


いきなり責められても折原は動じない。冷ややかに聞き返されて、あたしは言葉に詰まった。折原に背中を向けた途端、涙が溢れ出た。一度、溢れ出た大粒の涙を止める事は出来なかった。


すると、ふわりと頭を抱き寄せられて、気がつくと折原の鎖骨の辺りに顔をうずめていた。身体中に速い音が響いていて、それが自分の鼓動だと気がついた。頭を抱えているこの腕は、泣き顔を見られないように覆い隠している事も――


「その目的しか見えなくなってしまうくらい、真剣だったんだよな」


同情とも哀れみとも違う、そんな声が静かにあたしの鼓膜を震わせた。あたしはふと顔を上げると、折原は冷めた表情でこちらを見下ろしている。


「帰るぞ」

「うん」


☆☆☆


次の日、あたしは順平くんを誘った。

あたしはドキドキしている。鼓動が早く、収まる事がない心臓を無理やり、抑えつけて順平くんと向き合った。


「話があるの」

「話って何だろう?」


順平くんはいつも優しい。だから思わず甘えてしまう。廊下へと風が吹いてあたしの茶髪を揺らした。


「あのね、あたしと付き合ってください」


言ってしまった。

あたしのバカ――!!

その瞬間、あたしの打算は脆くも崩れ去った。当初の作戦は、順平くんに手作りチョコを手際よく渡して、そのままクラスへと逃げ帰るはずだったのだ。


――台詞を間違えてしまった。


「ごめんなさい、杏子とは付き合えません」

「え――」

「ごめんなさい」


あたしはハッと目を見開いた。

彼は、あたしへと頭を下げて、そのまま教室へと引き返した。その時には涙で視界が滲んで何も見えなかった。何もかもが裏目に動いて嫌になる。


「アホか!お前――」


その鋭い声が頭上から降ると、あたしは懸命に顔を上げた。折原と名乗る少年は、いちご牛乳のパックを片手に持ったまま、男子便所から出てきた所だった。


「見ていたとか、最低よ!」

「――違うだろ!お前がこんな所で、順平に告るのが悪いんだろ!そもそも、ただ手作りチョコを渡すだけなのに、まあ、台詞を間違えたな」


「あ、あたしは――」

「でも、まあ…頑張ったじゃんか!」


あたしの頭へと差し伸ばされる手。

折原に慰められて、あたしは涙を手で拭いつつ、必死に無邪気な笑顔を演出する。こんな笑顔、折原にしか見せないよ――


「じゃあ、帰るか」


折原の一言に機敏に反応を示す杏子。


「ええ、まだ始業前なのに」

「ああ、授業、だるいからな」

「それに、チョコ食わせてくれよ!」


あたしは、嬉しそうに弾むような声で「うん」と答えた。そのまま折原の隣に並ぶようにふたりは、そのまま正門へと向かう。


「まだ、決着は着いてないわよ」

「何の話だ?」

「チョコの話よ。まだ、諦めたわけじゃないからね」

「――そうかよ」


あたしは、手作りチョコを順平くんに渡すための作戦を考えるため、折原と帰ることにする。まだ恋は、始まってもないのだから――。


【バレンタインデー戦争SS-完-】

※読んで頂き、ありがとうございます。

バレンタインデーの季節なので、短編恋愛小説を執筆しました。

引き続きよろしくお願い致します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

バレンタインデー戦争SS ユウスケ @nettoyuu170

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ