1-5-04
「実際、それから俺はその小説を書き進めることはなかった。
でも、その小説を書いたことで、とにかく何でもいいから小説を書きたいという強烈な欲求を、俺は植え付けられてしまった。
なんでもいい。
なんでもいいから、とにかく書きたかった。
ただし、何の制約もなく書いてしまったら、俺は必ずやめてしまった小説のような内容のものを書いてしまうだろうと思った。
犯人に対して何らかの制裁を加えたいという、俺の欲求を満たすような内容のものを生み出してしまうだろうという、確信があった。
そんなとき、たまたま見かけた小説投稿サイトで、たくさんの人がテンプレートの展開を取り入れた、異世界を舞台にした小説を書いているのを目にした。
それまで代表的なライトノベルは読んでいたけど、ここまであからさまな類型化が行われているとは思っていなかった。
でも、これなら。
俺は思った。
これなら、書ける。
これなら、俺でも書ける。
書いていい。
あとは、まあ、知っての通りだ」
俺はようやく顔を上げて、ほたるを見た。
ほたるの顔には表情はまったく浮かんでいない。
血の気のない顔色で、無表情に俺を見つめているだけだ。
「今さらで、ごめんな、ほたる」俺は頭を下げた。「お前にはちゃんと相談すべきだったな。こんなの何て相談すればいいのか、わかんないけどさ」
「京ちゃん」
俺は顔を上げた。
「これから京ちゃんの身に何が起きても、京ちゃんが何をしても、京ちゃんが間違っても、世界中の人間が京ちゃんの敵になっても、私だけは京ちゃんの味方だから。ぜったいに京ちゃんを見捨てないから。それだけは覚えていて」
俺はうなずいた。
ほたるの言葉に、今の俺はうなずくことしかできなかった。
俺がほたるに手を伸ばそうとしたとき、リビングの方で、がたん、という音がした。俺とほたるは同時にそちらを振り返った。
こたつの脇に、メサが膝をついて、苦しそうに胸を押さえている。
俺たちは同時に立ち上がった。
「おい、大丈夫か」
「えへへ。ウキョウさんたちのお話を聞いてたら、なんだか苦しくなってきちゃって……」
俺とほたるはメサの両脇にしゃがみ込んだ。
「メサちゃん、横になったほうが……」ほたるがメサのおでこに手をやる。「またひどい熱が……」
「大丈夫です」
「でも」
俺はアイノさんの言葉を思い出していいた。
「ほたる、熱自体はたぶん大丈夫だ。アイノさんから事情を聞いている」
「事情って?」
「それも含めて、ちゃんと説明する」俺はメサを見た。「お前、いつから俺たちの話を聞いてたんだ」
「えーとですね。メサちゃん、別の世界から来たんでしょ、くらいからですね」
「お前それ、ほとんど最初からじゃないか」
「えへへ」
「あのとき、ぐーすか寝てなかったか?」
「エ、エルフは寝たふりが得意なのです」
「ほんとかよ」
「ウ、ウキョウさん」
「ん?」
「な、なんか、わだじ、ぎもぢわるいでず……」
そして、メサは俺の膝の上に、盛大に嘔吐した。
そのあと、まず俺がシャワーを浴びて、次に、ほたるがメサと風呂に入った。その頃にはもうメサの熱は下がっていた。新しい俺のパジャマを着せて、俺たちはメサをベッドに寝かせた。
俺は今晩バイトは休みだったし、ほたるも明日の日曜日は特に用事がなかった。一応ヨシカさんに連絡を入れて、ほたるは今晩俺の家に泊まることになった。
ほたるがうちに泊まるのは何年ぶりだろう。
俺がリビングに寝るというのをほたるは執拗に断り、俺はメサと一緒に俺の部屋で寝るべきだといって譲らなかった。メサと一緒にいてやってほしいと思ったらしい。
ほたるはリビングに布団を敷いて、俺は自分の部屋に布団を敷いて、横になった。
ほたるにもいろいろと報告しなければならなかったけど、今日は休んで明日改めて話すことにした。
いろんなことがあった一日だった。
三人で墓参りをしたのが、まるで数日前のことのようだ。
たぶんメサはまた新しい、いろんな感情を獲得したんだろう。
それがメサにとって、幸せなことならいいんだけど。
そんなことを思いながら、いつしか俺は眠りに落ちていった。
明け方。
まだ外はぼんやりと青みがかっている頃、俺は目が覚めた。
ベッドで寝ているメサの姿を確認するため、起き上がった。
メサはすやすやと安らかな寝息を立てている。
もう一度、横になろうとしたとき、メサがうっすらと目を開けた。
「ウキョウさん?」
「悪い、起こしちゃったか」
「いいえ。エルフは早起きなのです」
「そっか」
俺はそっと、メサの髪をなでた。
メサの髪は柔らかくて、ふかふかしていた。
「ウキョウさん」
「ん?」
「悲しいですか?」
一瞬、俺は躊躇したけど、答えた。
「うん」
「苦しいですか?」
「うん」
「悔しいですか?」
「うん」
「そうですか……」
「でも、それだけじゃない。楽しいことや嬉しいこともいっぱいあるよ」
「そ、そうですか」
「うん」
「ウキョウさん」
「ん?」
「ごめんなさい」
「?」
「私たちのせいなんです」
「ん?」
「ウキョウさんたちが悲しいのも、苦しいのも、悔しいのも。全部、私たちのせいなんです」
どういうことだ?
メサの目に涙があふれ出し、やがてぽろぽろと流れ落ちて、枕を濡らした。
俺が口を開こうとしたとき、突然、メサは上半身を、がばっと起こした。
メサは目を大きく見開いている。
こんな切迫した表情のメサを見るのは初めてだった。
「ウキョウさん!」
「ど、どうした」
「逃げて!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。