エピローグ

「え? ……え?!」


 真っ赤な顔で両手で唇を押さえ、私をを見上げるルナマリア嬢は、とても可愛らしい。


「ずっと、貴女しか見えなかった。ずっと、貴女が好きだった」

「……う、そ……です!」

「嘘じゃない」

「だって、ずっと、眉間に皺が……」


 やっと気持ちを伝えることができた反面、ルナマリア嬢の言葉に、自分の頬が熱くなるのを感じる。


「………たんだ」

「はい?」

「照れて……たんだ……っ!」


 その言葉にあんぐりと口を開け、ポカーンと私を見つめるルナマリア嬢。確かにそうだろう……誤解されるような態度を取ってきたのだから。


「え、嘘、だって……」

「その……情けない顔を見られたくなくて……」

「視線も逸ら、さ……」


 私の顔を見て、途中で言葉を切る。みるみるうち真っ赤になって行くルナマリア嬢。

 私は今、恐らく彼女にのみ向ける笑顔になっているだろうことはわかっている。

 今、ここにいるのは二人だけだ。マズイ……理性が利かなくなりそうだ。


「――っ!?」

「貴女を見るだけで、こんなふうになってしまう。そして」


 ごめんね、理性持たなかったと内心で詫び、再び唇に触れる。


「人前だろうと何だろうと、貴女にこうしたくなってしまう。だから私は……」

「……らわれて……では……」


 ふいに瞳が潤み、涙が溢れて慌てる。


「嫌われていたわけでは、なかった、のですね……」

「ルナマリア嬢……」


 その言葉に胸が痛む。

 もっと早く告白していたならば、もっと早く私の妻になったのだろうか、と思いながら目元に口づけ、涙を吸う。


「出逢った時から、貴女しか見えなかった。いつしか、貴女を愛していた」

「ジュリアス様……」

「貴女が成人するのを、ずっと待っていた。私と婚姻してくださいますか……?」


 両手を握り、手の甲にキスを落とし、ぐいっと引っ張ってそのまま抱き寄せ、抱き締めると、少しだけ身動ぎをするルナマリア嬢。


「でも、私は病弱で……っ、ジュリアス様にご迷惑が」

「そんなのは関係ない」


 首筋に、顔を埋めて、彼女の香りを嗅ぐ。とてもいい香りがした。


「あっ、に、お兄様たちやお姉様みたいに、綺麗ではありませんし、平凡でっ」

「私は綺麗なのより、可愛いほうが好きだが」


 首が弱いのかと思いつつ、埋めていた首筋を舐め、吸い付いついてみる。

 なんて滑らかな肌なんだ。それに、可愛く啼く。もっと啼かせたい……と思ってしまう。


「――っ! ひ、筆頭公爵家と我が家では、身分差がっ」

「ないな。筆頭伯爵家とはいえ我が家より古い血筋だ。むしろ両親は喜ぶと思うが」


 実際はとても喜んでる。ふふ……それに、ルナマリア嬢の反応はとても可愛い。では、耳たぶはどのような反応をするのだろう?

 耳たぶを唇で挟んで優しく噛むと、私にしがみついてきた。耳も弱いのかと嬉しくなり、もっと啼かせて、自分にしがみつかせたいと思ってしまう。


「あの……っ、両親や、レ、レオン兄様が……っ」

「既に了承はもらっている。ルナマリア嬢……、返事を」


 名残惜しかったが耳たぶから唇を離し、頬に口づけを落とすと、じっと彼女を見つめる。

 ルナマリア嬢の目が潤んでくる。


「わ、わたくしで、いいの、ですか……?」

「貴女がいい。ルナマリア嬢……どうか私と、婚姻してくださいますか?」

「……はい」


 その返事に嬉しくなる。このまま押し倒してしまいたくなる。

 チュッ、チュッ、と軽く唇を合わせていたが、柔らかくて甘いルナマリアとの口づけを徐々に深くしていく。


 ――だから気付かなかった。近くで馬の嘶きが聞こえ、家の中に入ってくる足音が聞こえているのが。


 そのままラグに押し倒し、さらに口づけを深くしようと瞬間、襟首を掴まれてルナマリア嬢から引き離された。


「そこまでだ! それ以上は、婚姻するまで、たとえジュリアスでも許さん!」

「……チッ! 早かったな」


 ルナマリアが赤い顔をしながらも、私の後ろを驚いた顔で見ている。その聞き覚えのある声に、つい舌打ちをしてしまった。


「レ、レオン兄さま?!」

「大丈夫か? ルナ」

「は、はい……」


 ドサリと放り投げられ、いつの間にかルナマリア嬢に近よって抱き締めて庇い、私を威嚇してきた。


(これだから……このシスコンが!)


 忌々しいとばかりにとりあえずレオンを睨み付けるも、ふと、あることに気付く。


「レオン兄さま、馬でいらしたんですか?」

「ああ。着いた途端、雪が降り始めた」


 ルナマリア嬢もそう思ったのだろう。質問した答えに、やっぱりかと思う。

 そしてよく見ると、レオンの頭が濡れてる。すぐにルナマリア嬢が立ち上がり、暖炉に何本か薪をくべたあと、暖炉の上に置いてあるタオルを渡していた。


「馬はどうされましたか?」

「厩舎に入れてきた」

「そうですか。では、ここに座っててくださいませ。すぐに温かい物をご用意いたしますね」


 私が少し前まで座っていた場所を差し、暖炉に向かうルナマリア嬢。


 暖炉の前で食器の音がしたかと思うと、レオンにスープを渡していた。そのままルナマリア嬢は窓によって空を見上げている。

 ルナマリア嬢の背中越しに見る窓の外は、どんよりと、厚い雲が垂れ下がっていた。


「このぶんだと、今日は皇都に帰れませんよ?」

「構わん。雪が止んだら帰る。もちろん、ジュリアスやルナを連れて」

「……え?」

「婚姻を承諾したんだろう?」


 真っ赤な顔で頷くルナマリア。


「なら、連れて帰る。ジュリアスも構わないだろう?」

「私は構わない。できることなら、今すぐ帰って婚姻式を挙げたいくらいだ」


 今すぐ、この場で。


「ジュリアス様……」

「お互い準備があるからな……しばらく待て」


 外では雪が降りしきり、側には親友と、長年恋焦がれた愛しい人がいる。

 とても幸せで、満ち足りた時間だった。



 二日後、情報を教えてくれた元使用人夫婦達が戻って来たので、入れ替わるように皇都に旅立つ。

 情報を教えてくれたことに感謝の言葉を伝えると、「ルナマリア様のためにしたことですから」と、やんわりと笑っていた。


 寂しくなるとの言葉に、ルナマリア嬢はまた遊びに来ると告げ、二人から離れた。




 そして――。




「ルナ、綺麗だよ」

「平凡なわたくしにそんなことを仰るのは、ジュリアス様だけですわ」


 皇都に着いて、一ヶ月後。

 『今すぐにでも』との宣言通り、半分は終わっていた式の準備をあっという間に整え、今は教会の祭壇の前にいる。


「病める時も、健やかなる時も……」


 司祭の祝詞が続く中、二人はお互いしか見えなかった。

 ルナマリア嬢は――ルナはとても綺麗で、愛らしかった。耀く笑顔は、愛する者に愛し愛され、花開いた大輪の薔薇のようだった。

 平凡だと思い見向きもしなかった世の紳士たちは、自分たちで咲かせればよかったのだ、と後悔したという。



 ***



「まあ、雪……」

「ん?」


 そっと近づいて後ろから抱き締め、こめかみに口づけをする。


「今年も雪が降る季節になったのですね」

「まだ体はつらいかい?」

「いいえ」


 穏やかに微笑みを向けられ、私に寄りかかる。愛しい妻のの腕には、生まれたばかりの跡継ぎが抱かれている。


「なら、今日は私を構ってほしいな」

「あら、焼きもちですか?」

「ずっと触れられなかったんだ。当然だろう?」


 そんな言葉に、頬を赤らめるルナ。彼女に触れると、我を忘れてしまいそうになる。

 そして啄むようにしていた口づけを徐々に深くする。


「ん……ジュリアス、さま……」

「医師の許可も下りたんだ。いいだろう?」


 ――だから、構ってくれ。


 そう告げるとと可愛く頷き、息子をベビーベッドに寝かしつけにかかる。その後は乳母や侍女に任せていたので、そのまま寝室へと連れて行く。


「ルナ……私のルナマリア。永遠に愛している」

「ジュリアス様……わたくしも愛しております」


 ルナマリア、貴女だけを永遠とこしえに愛すると誓おう。

 顔を近づけると、ルナはそれを受け入れるようにそっと目を閉じた。


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