挿話40 バルバロッサへの尋問
海賊の襲来から一、二週間も経つと、港は普段の生活を取り戻していた。
普段と違うのはひとつだけ、港の片隅にあった煉瓦造りの建物が牢屋代わりとなり、海賊達が収容されていることだった。周囲はヴァルカニアの騎士団と、街の自警団や衛兵が数人駆り出されて慎重に警備していた。最初は騎士団を訝しがっていた彼らも、勇者の存在やグレックの豪快さに絆されて一緒に食事をするほどまでになっていた。
そのころには、海賊達が襲来した目的が船長の治療にあり、脅して治癒させようとしたのだ――となんとなく広まっていた。そして、同時にそこまで海賊達が消耗していた理由が、海上迷宮を越えてきたからだというのも。
迷宮が突破されたとなれば、今後再び別の海賊が押し寄せてきたり、あるいは海の収穫量が変わったりするかもしれない。普段通りの生活をしながら、人々は今後のことについていろいろと推測しあった。
そんな中、リクは報告を受け、騎士団の案内でとある部屋に向かって歩いていた。後ろをアンジェリカが続く。
部屋の中に通されると、中にはテーブルを挟んで椅子が二つ用意されていた。そのうちのひとつに座り、腕を組んで顔をあげたのは、ひとりの女海賊だった。
「よう。アンタが勇者?」
「ああ。まあそう呼ばれてはいるよ。多分知っていると思うけど、俺がリクだ」
「へえ。アタシはバルバロッサだ。思ってたより優男なんだね」
面白そうに笑う背後には、騎士団と自警団がそれぞれ控えていた。
リクは向かい側の椅子に座ると、アンジェリカとヴァルカニアの騎士がひとり、後ろに控えた。建物の外にまで奇妙な緊張感が広がりそうな空気だ。明らかにただの海賊にやるには逸脱した厳戒さがある。その奇妙なちぐはぐさを感じ取っているのか、バルバロッサは妙に愉快そうだった。
「疑わないんだな。魔力がわかるのか?」
「無い無い、そんなの。本業に比べたらね。違和感があるくらいさ」
「ふうん?」
――となると、瑠璃とブラッドガルドの事もはっきりとはわからなかったわけか。
「ところで、体の方はもういいのか」
「ああ。お陰さんでな。アンタが治療してくれたんだろう? それについては礼を言うよ」
「そうか、それならよかったよ。でも、残念だけどその目の方は治療ができなかったんだ。既に治療不可能なところまでいってしまってたみたいでな。医者がいれば別だったかもしれないが……」
「なに、まあいいさ。これくらいの方が箔がつく」
眼帯の付けられたほうの目に片手をやろうとして、何もないのにぐっと抑えられた。バルバロッサの目がちょいと下を向く。
「悪いな、俺の魔法だ」
拘束魔法、と言うと少し大袈裟かもしれないが、似たようなものだ。一定以上の動きを制限する魔法。尋問や歩行のためにある程度のところまでしか制限できなかったが、無いよりマシだ。
「ふうん。甘いね」
即席のものであることは伏せて、リクは意味ありげに笑って返した。
話を戻すように肩を竦める。
「しかし、良かったのか」
「何がだい?」
「病み上がりで自分が証言するだなんて」
「いいかい、お坊ちゃん。あの船の船長はアタシだ。だったらアタシ以外に誰がアンタと話をするっていうんだい?」
これはだいぶ肝が据わってるな、とリクは思った。
「ふうん……じゃあそのついでにもうひとつ聞くけど、船に医者はいなかったのか?」
「もちろん居たさ! だが不幸なことに、渦に巻き込まれて死んだよ」
おそらく迷宮の主の事だろう、とあたりをつける。
「渦ねぇ……海上迷宮のことか」
「……へえ? どうして迷宮だと?」
「別に、変に勘ぐらなくてもすぐにわかるだろ。ここまで来たってことは迷宮を抜けてきたってこと。ドゥーラの北側を通ってきたにしても同じだろうけど、ここまで消耗してることはないだろ。それでもよく生きていられたもんだ」
リクは自分でもわざとらしいなと思いながら言った。
海を隔てていた迷宮。海上迷宮などとも呼ばれるそこは、迷宮の主カリュブディスの住まう渦の迷宮だ。瑠璃の証言によれば、カリュブディスはブラッドガルドの――正確には、その使い魔を通して放たれた『ドラゴンブレス的なやつ』を食らって目を抉られ、その後海賊達によって討伐されたという。正直、いろいろと言いたいことはあるがそれらはぐっと胸の奥に押し込んで納得した。
「まあ、そういうことにしておこうかね」
「ああ。ついでに最初から証言してもらえると助かるね」
リクにとってはほとんど裏付けというより、バルバロッサ本人の口からの確認といった方が正しかった。なにしろ大まかなことは瑠璃がほとんど吐いていたし、特に驚くべきこともなかったからだ。
名前と国は一致していたし、ここに来るまでの間に起こった副船長による乗っ取りとその結末、そして迷宮の特徴や主のこと。副船長に破壊されかかったクリストファーの船が、とうとう沈没して、生存していた乗組員が全員バルバロッサの船に乗ったこと。だが、突然の増員による食糧不足などはそれとなくぼかされた。それというのも、途中から熱が上がったバルバロッサの意識が朦朧としていたかららしい。記憶は曖昧だが、ひとまず何とかクリストファーの指示でここまでたどり着いたと言っていた。
瑠璃によると、食糧不足とバルバロッサの体調確保のために、途中で持っていたクッキー缶とハチミツレモンを解放したらしい。
ハチミツレモンだったのは幸運だった。なにしろ瑠璃によると、レモンが大量にあったことも知らされていたからだ。
ハチミツはともかく、レモンについては、リクもなんとなく海の呪い――つまりは壊血病の予防用ではないかと思っていた。だがバルバロッサによると、単純に実家で作っているから乗せていたらしい。ただ、「海の呪い」に関しては、他の船乗り達の大半が呪いであると確信しているのに対して、バルバロッサや頭のいい船乗り達は、病の類いではないかと思っている節があった。
――レモンが有用だと完全には気付いてないのか。
それでも彼らが海の呪いにかかっていないのは、レモンによって、ビタミンC欠乏状態からくる病に掛からなかったと思っていい――リクはそう結論付けた。
――病だと気付かれてない病は、呪いと称されることがある……。
――となると、ブラッドガルドが放ったっていう『黒い呪い』の方も、あれは多分……。
――おっと。今はそんなこと考えてる場合じゃないな。
リクはそこまで思いついてから、またバルバロッサの言葉に意識を戻した。
いくつかの断片的な話をして、すり合わせを行う。さいごに、部下たちがバルバロッサの治療をさせるために、最初は港を脅して言う事を聞かせようとしていたことも裏が取れた。
「……まあ、大体のことはわかった」
リクがそう言って、メモに視線を落とす。残りの証言をメモしていると、それを黙って見ていたバルバロッサが口を開いた。
「アンタ達はねえ、妙なところを感じるね」
「妙って?」
ペンを動かしたまま尋ねかえす。
「不自然なところがあるんだ。いくら海賊だからといって、ここまで大ごとにするかい?」
「そりゃあたまたま俺がいただけだろ」
「アンタたちはいつ、アタシ達がここを目標にしているとわかったんだ?」
リクは顔をあげる。
確かに時間が無かったのもあって、所々計画には穴があった。それを勇者という肩書きにかこつけてなんとか塞いでおいただけに過ぎない。それもこれも瑠璃という「宵闇の魔女」の肩書きを持ってしまった魔力無しの一般人をそれとなく保護して、ヴァルカニアに引き渡す為だ。それでなくとも、瑠璃はブラッドガルドと濃い繋がりを持つ。それが露呈すれば何があるかわからないのだ。
――こいつ……。
――自分から証言すると言ったのは、何より俺を突くためか……。
――どこまで気付いてるのかわからないが、決定打は無さそうで……。
「そう――たとえば……」
バルバロッサが不意に周囲を警戒するように見回した。同時に、リクが焦りと警戒心を剥き出しにして立ち上がった。
「……なあアンタ、この気配……」
「ちょっ、ちょっと待っててくれ!!」
思わず叫んで、ばたばたと部屋を出て行くのをバルバロッサは見送った。後ろで何かが倒れる音がする。目線を後ろへやると、自警団の男が緊張感に耐えられなくなったらしく、泡をふいてひっくり返っていた。それを騎士団の男がなんとか壁際へ引っ張っていった。だがそんな状態でもすぐさま動けなかったのは、僅かに自分の手が小刻みに震えていたからだ。
バルバロッサはまだ平気そうなアンジェリカに視線を向けた。
「……なんだい、これは?」
「あー……気にしないでほしいんだけど」
アンジェリカが呆れと何がしかが混ざったようななんともいえない目をして言った。
「そうはいかない。こいつは前に嗅いだことがある」
「……」
「……だけどそのときよりももっと強くて、もっと大きい気配だ。なんだこりゃ。一体なんだ。何があったらこんなことになるんだ? アンタたちは本当は、一体なにが目的だったんだい?」
「……バルバロッサ。それ以上は……」
「仲間はずれたァ悲しいねぇ。考え方によっちゃあ、アタシはあの子を保護……」
そのとき、開けっぱなしになった扉の廊下を誰かが全速力で走っていった。
見慣れた黒髪がなびき、ものすごい勢いで走っていく。二人はそれを目で追ったあと、バルバロッサが無言でそれを指さし、アンジェリカが顔を覆いながら扉を閉めなかったことを後悔した。
*
「う……あ、ああっ……」
その部屋の中では、収容されている海賊達が壁際に集まっていた。
唐突に床から現れた影は、大きな人型の形をとっていた。人型ではあるが、人間ではないことは感覚で理解した。それがただの魔人ではないことも。影は壁一面を塞ぎ、扉を塞ぎ、もはや逃げ場はない。
「……貴様か」
影の中の瞳は、ぎろりと一人の海賊を見た。
たったそれだけのことで、射抜かれたように動けなくなる。その間に、部屋の中にいた他の全員が縮こまった。余計に、自分一人だけなのだという気分になった。いままさにギロチンの前に立たされたような気分だ。
「あ……お、おま、え……」
わずかばかりに動く口で、何かを言いかける。
けれどもそれは碌な言葉にならず、やがて声にもならなくなった。
その場にいた全員が、標的になったフランクを盾にして部屋の片隅で震えていた。体の自由はひとつとして利かない。カリュブディスを前にした時でもこれほど体が動かなかった事はなかった。
何しろ相手は、強大という言葉ですら陳腐に思えるほどの気を放っていたからである。体と影の区別はつかず、その輪郭は炎のようにちらちらと影と同化している。
クリストファーでさえ、喉の奥から声にならない声を出して目を見開いていた。
「……貴様だな。我への貢ぎ物に手を出した、不届き者は」
「な、な、なん……」
何の事だ、と口には出来なかった。
人の物ではない、まるで爪のような黒い手のようなものが、フランクに迫った。ごくりと喉が鳴る。脂汗がだらだらとあらゆる場所から噴き出し、頭から血の気が引いていく。こんなものは、人が出会っていいものではない――そんな風にすら思った。
指先が近づき、その額へと向けられる。
「その代償は支払ってもら――」
そのとき、がっ、とその首根っこが背後から引っ張られた。
「……あ?」
不快そうな声が響くと、後ろを振り返るような姿勢のまま、ずるずると影が扉のほうへと収束していく。部屋中に広がっていた影が扉に吸い込まれていくと、騎士団の一人が慌てて扉を閉めた。
部屋の中は唐突に緊張感が途切れ、海賊たちは揃ってドッと汗を噴き出させた。
一方の廊下では、瑠璃がブラッドガルドの何がしかの部分を掴んだまま言った。
「何してんだ」
「なんだ居たのか、小娘」
「何してんだは俺のセリフだが!?」
リクからすればいまの瑠璃も同類だ。
「えっ……なんかこう、ブラッド君居たらダメでは?」
「駄目だけど、お前もな!?」
せっかく海賊達からわからないように引き剥がしたのに、瑠璃が自分から姿を現したらすべてが台無しだ。
「大体なんでこいつは此処にいるんだよ!?」
「いや……ブラッド君に、海に落ちる前に買ったレモンケーキはとっくに食べちゃったよって言ったらこんなことに……」
「そんなことで突っかかるなよ!? せめて使い魔とかで行けよ! 本体で行くな!!」
「そんな事とは何だ貴様……、殺されたいらしいな……?」
「キレんな!!」
「ブラッド君甘いの好きだから……」
「好きではないわ」
「いや好きだろ!?」
あまりの事に自警団の人間たちまでもが震えながら動けずに倒れる中、バルバロッサはひょいと廊下に顔を出した。
「なんだあれは」
「……あの、とりあえず大人しくしててもらえる? 多分いま気付かれると標的が移るから」
アンジェリカはバルバロッサが震えながらも真顔で聞く様子に、真顔でそう言うしかなかった。
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