10万PV記念:零れた物語の断片集

 思いついて書き殴っておいたはいいものの、物語の展開や設定変更の都合などでボツになった物語の断片です。完全なボツネタなので、本編と違う箇所などがあったりします。

 いろいろあるんすよ。





【1:壁の中にいる】

 ブラッドガルドが結界を破ったことにより、現代と通じていた扉が修復された迷宮の壁の中に埋め込まれてしまった。瑠璃は再会したあと、カインもまじえてブラッドガルドにその理由を尋ねる。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんでそんなリアルに『石の中にいる』みたいなことになってたの?」

「なんだそれは」

「……古き良き……ダンジョンの……罠?」


 瑠璃が説明に困りながら言うと、カインも反応を示した。


「えーっと……とあるダンジョンでかかってる罠の一つで、転移の魔法陣……みたいなものかな。それと、同じように転移の魔法を使った時にも起こる事故でもあるね。本来はダンジョン内のどこかや外へ移動するんだけど、失敗してダンジョンの壁の中に転移しちゃうこと。そうするとすぐには動けないし、空気もないからわたわたしている間に……」


 キャラロストだ。

 もちろん、ダンジョンで探索をするゲームの話である。最近の作品は対処法があるらしいが、かつてはそれでキャラクターが消滅した。しかし育てた分のショックはあっても、プレイヤー自身が死ぬことはない。

 けれどもカインには本当のダンジョンの話と思われたらしく、真っ青になっていた。


「そ、そんな……迷宮ですら存在しないような罠が、ダンジョンに……?」

「……なるほど。転移の魔法……」


 そして二人の反応は真っ二つに割れていた。

 カインはともかく、瑠璃はブラッドガルドもちゃんとゲームの話だと了承していると思い込んでいた。そんなブラッドガルドが呟くように言う。


「最初の内は外への移動だけにして、便利なものだと浸透したら一定確率で失敗するように……」

「やめてあげて」


 ゲームならともかく、現実世界でやられたらたまったものではない。というか、迷宮ですら存在しないような罠が今まさに迷宮で生まれかけている。


「そ、それよりなんで壁の中に埋まってたの?」


 瑠璃は話題を変えるように言った。とっとと話を戻したほうが良い。


「ふむ。この出入り口はとっくに独立していた、ということだろうな」

「独立?」

「ああ。この扉はおそらく、元々は封印に開いた歪みのようなものだ」


 瑠璃の顔は真顔のままだ。

 頭にクエスチョンマークが浮かんでいる。


「そうだな……例えば、屋敷の生垣や柵にいつの間にか開いていた穴、と言えばわかるか? 自然現象や経年劣化で開いたと考えればいい。正規の入り口ではない上、普通なら入ろうとは思わないが、子供や小動物なら利用することもある」

「……それならなんとなくわかる、かな?」

「そうやって歪みが使われているうちに、裏口として機能するようになってしまった」


 瑠璃が鏡を置いたことで形を得た、という現実は、今は伏せられた。


「……うーん。言いたいことはわかるけど、なんで石の中にいたのかはわからないじゃん」

「そんなものは単純だ。封印はこの現実より少しずれた世界にされていた。隣接する位置はこの館に違いなかったんだろうが、封印が砕けたことで正しい位置の補修がされたのだろう」


 生垣や柵なら、撤去されれば穴そのものも無くなる。だが、扉は既に扉の形を得て、瑠璃という契約者がいた。だから扉は残ったが、改めて建設された生垣に隠されてしまったのだ。


「おう、よくわからんけど、わかった」


 瑠璃は真顔のままだった。

 絶対にわかっていないな、とブラッドガルドは思った。





【2:扉をこじ開けられる】

 魔人・黄金の鈴。

 彼女はもともと迷宮を狙っていたのですが、そのさなかにわりととんでもないことをしでかしてくれました。結果的に本編では違う流れになったんですが。

 彼女の顛末についてはまたいずれ。

 そういえばブラッドガルドの使う魔法もちょっと違いますね。完全に初期設定。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


 突然、ぐぶりと強烈な音を立ててドアが歪んだ。物理的にでは無く、まるで空間ごとねじ曲げられたような光景だった。瑠璃から見れば、バグの発生した映像のようだった。

 その向こうの暗闇から鈴の音色が空気を裂きながら金色の衝撃となってぶち込まれ、目の前にあったテーブルに着弾した。


「ひえっ……!?」


 爆風が吹き荒れ、思わずブラッドガルドにしがみつく。


「……」


 収まったあと、ようやく目を開けられた。ブラッドガルドのマントが目の前を塞いでいて、あたりの様子はよく見えない。

 恐る恐る布を片手でのけると、瑠璃は思わず叫んだ。


「う、うわっ……!? 何これ……!」


 テーブルは無残に吹き飛び、爆発したようにばらばらになって一部は壁にめり込んでいた。残された床は黒ずみ、僅かにえぐれた跡がある。

 これほど近くでテーブルが吹き飛んで、無傷だったのは奇跡だ。


 あまりのことに凍り付いたが、ブラッドガルドは別の方向に目を向けていた。

 さっきまでテーブルの上にあったチョコレートが、もといチョコレートプディングが、弾き飛ばされて床に転がっていた。


「……」


 ――よりによってチョコレートプリンが……?


 瑠璃の中に、恐怖と一緒に違う感情がこみ上げてくる。せっかくのチョコレートプリンが虚しくべったりと広がっているさまに、胸の内から熱いものがこみあがってきた。

 お金がかかったとか、買うのに時間がかかったとかそういうことじゃない。ただ駄目になってしまった悲しみのようなものが沸き起こってきたのだ。

 悲しみに飲み込まれかけたとき、隣から覇気が上がった。


「えっ」


 思わず見上げると、竜巻のような風がぼろぼろのマントを揺らしていた。中心部にいる自分はいいが、部屋の中がびしびしと音を立てる。


 ――あ、まずい。


 そもそも瑠璃はかつて指摘された通り、魔力、というものは無いらしい。魔力が無いどころの話ではなく、魔力を生み出したり、貯めておくための器そのものが無いという。向こうからすれば、臓器が一つ無いようなものらしい。

 そんな自分が、あ、これ魔力なんだとわかるぐらいだ。


 ブラッドガルドは幽鬼のように立ち上がり、ひたり、と一歩前へと踏み出した。

 瑠璃も引きずられるように立ち上がり、その腕をつかむ。


「ちょ……ちょ、ちょっと落ち着い……」


 風がしゅるしゅると渦を巻いたかと思うと、そこから七つの炎が噴き出した。炎の先端はぱっくりと上下に割れ、七匹の蛇と化した。あぎとを開かれると、燃えるような威嚇音が響き渡り、ぽかんとしている間に、瑠璃の目の前を通り過ぎる。蛇の頭は歪んだ扉へと殺到し、開けられた穴を逆流するように頭を無理矢理ねじ込んだ。


「おあーっ!? そこ通れんの!? マジで!?」


 混乱しすぎて当然のことを叫んでしまうが、その叫びも激しい衝突音にかき消された。

 ブラッドガルドは歪んだ扉に骨ばった手をかけると、その向こうを覗き込んだ。ばちばちと雷のようなものが発せられるさまは、まるで緊急事態が告げられているかのようだ。

 瑠璃が今まで感じたことのないぞくぞくとした何かが肌を撫でていく。


「なるほど貴様か”金鈴”――覚えているがいい」

「ひっ……」


 それでも、地の底から響くような怒りを含んだ声と目に、かわいそうなほど恐怖におびえた声が返ってきた。

 だがその刹那、歪んだ扉から発せられる光が、しゅるしゅると織物でもするようにお互いに絡まり始める。


「……ふん。自己修復か」





【3:幻の部下】

 2の続き。

 ブラッドガルドには部下らしい部下はいない。影蛇を必要に駆られて使うだけで、独立した使い魔を置いていなかった。ということになっているのだが、超初期の段階で部下を一人入れるかどうか書いていたことがありました。

 ちなみに狼型の魔物です。もふもふ。いまのブラッドガルドはイメージが蛇か猫(ジャガー)なのでぜんぜんタイプにあってませんね。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「主! 我が主!」


 いまにも修復が完了しそうな向こう側で、銀色の獣は声を発した。


 ――……いぬだ……。


 実際は狼だが、瑠璃の目はそう判断した。


「生きて――生きておられたのですね!? ああ、私は――私はそれだけで――」

「うるさいぞ。我が存在は未だ伏しておけ。そうでなければ――」

「承知致しました、我が――我が王――!」


 歓喜に満ちた声を背に受けながら、ブラッドガルドの目の前で扉は修復された。

 あまりのことに瑠璃はしばらく扉を眺めていた。


「はー……すごい……これが魔法かあ……」

「こいつはさすがにちょっとやそっとじゃ壊れん。歪めてもあの程度でしかない」


 ――そんなところに炎の蛇を七匹もねじ込んだのか……。


 しかもチョコプリンで。


「どうせ我が衰弱しきった姿でも見たかったのだろうよ。なに、ちょっと脅してやったにしては充分すぎるほどだ。これに懲りて――」


 ブラッドガルドはくずおれるように壁に背をつけ、そのままずるりと座り込む。


「えっ、だ、大丈夫?」

「……問題は無い。ただの魔力不足だ。それより……」

「えっ?」


 ブラッドガルドの視線を追う。

 そこには、無残にひっくりかえったプリンがあった。瑠璃はそれを見つめたあとに、そろそろと近寄って膝をついた。

 カップを拾い上げても、中身はどろりとこぼれるだけだった。


「……飛び散っちゃったねえ……」


 瑠璃があまりに悲しい声をあげたせいか、ブラッドガルドはそれ以上何も言わなかった。


「……また明日買ってくるよ」

「そうか」


※基本的にこのいぬ? は、瑠璃に厳しいタイプでした。瑠璃は「もふもふ……」と言われながら触るんですが。瑠璃が必要以上に構うので、一番慕っているブラッドガルドから微妙な目で見られたりする踏んだり蹴ったりな魔物でした。「犬にチョコは駄目なんじゃなかった?」という発言から食べたこともないチョコレートを取り上げられたりと、自分の知らないところで主がわけわかんないことになっているっていう。




【4:お米の話】

 迷宮でカインの療養中、お粥を食べさせていた瑠璃。

 戻ってくると、ブラッドガルドが残った粥を食べていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「で、なんでブラッド君がこっちの部屋で残ったお粥食べてんの?」

「……この米、変わっているな」

「えー、そうかなあ?」


 瑠璃とブラッドガルドの中では、米に対する印象は大きく違っていた。

 瑠璃はいわゆるジャポニカ米を、ブラッドガルドはインディカ米のようなものを想像していたのだ。


 ジャポニカ米は、日本人好みに改良されたものだ。小さくて粘つきのある米は、当然日本料理によく合う。

 反対にタイ米に代表されるようなインディカ米は、長くてパサパサしている。ピラフやカレーといった料理によくあうし、そもそも同じ米でありながら使い方がまったく違うものなのだ。瑠璃が作ったお粥も、さらっとした食感ならこちらのほうがいい。

 ジャバニカ米という見た目はジャポニカ、食感はインディカというハイブリッドタイプのような亜種もいるが、それはそれ。

 なお一九九三年に日本が深刻な米不足に陥った際、輸入されたタイ米をジャポニカ米と同じ感覚で炊いてしまった一般家庭から「まずい」と不評になったらしい。


 ちなみに瑠璃は「ラインナップは変だけど、カンペキ」だと信じ込んでいたのだが、カインの混乱が加速したのは言うまでもなかった。加えてカインの収容された部屋にブラッドガルドまで乗り込んだおかげで、卒倒しそうになっていたのは別の話だ。

 『圧が凄いから』という理由で瑠璃はブラッドガルドを外へ追いやったのだが。





【5:?】

 どこかに入れたかったけど入れる場所がなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――――


「あんな所であとは死ぬのを待つだけ、なんて人を放置できるほど、私は強くなかっただけだよ。それに……」


 瑠璃はカインを見て笑った。


「せめて、楽しいって思ってほしいじゃん」


 カインは目を丸くした。

 ブラッドガルドに、楽しい。それは、殺戮や暴虐ではなく、の話なのか。


「うへへへ。それにさあ知ってる、カイン君? あいつ、普段あんなに眉間に皺寄せてんのに、お菓子食べるとちょっと――」


 そう言いかけたとき、瑠璃の背中がぐっと後ろに持ち上がった。


「ちょ……」

「……なんの話だ」


 ブラッドガルドだった。瑠璃は猫のようにつまみあげられ、地面から離れていた。





【6:完全なネタ】


「ソーシャルディスタンスってブラッド君ひとりぶんじゃない?」

「は?」


※ブラッドガルドの身長ははだいたい2メートル。

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