56-7話 情報交換は冒険者の基本
「よう、ルゼル!」
かけられた声に顔をあげると、見知った冒険者が、ルゼルの座るテーブルに近づいてきた。手を止め、笑って手をあげる。
「やあ、フェズ。調子はどうだい」
「まあまあだな」
そこにあった椅子を引っ張り、勝手に座り込む。
「他の仲間はどうした。とうとうソロ冒険者になったか?」
「まさか! それはこっちの台詞だよ」
「ははは! 違いねぇ。お互い置いていかれた同士か」
この『エントランス』と呼ばれる場所は、現在までに三カ所あることが確認されている。ハロウィン・タウンのように街の形こそとっていないが、比較的大きな空間だ。ここにはどういうわけか魔物も入り込まず、天然の野営地として使われていた。
野営地というにはテーブルと座り心地のいいソファや椅子があり、自由に使っている。宿は無いがトイレはあるという親切仕様であり、野営地に最適だと理解するまでそう時間は掛からなかった。
更には『売店』と呼ばれる場所まであるのだから、野営地にするなというのが無理な話だ。これ幸いと物々交換をしだした冒険者がはじまりで、いまでは売店の片隅が交換専用スペースになりつつある。
もともと、こうした大勢での野営地は、情報交換のために他パーティと交流することもある。もちろん自分達だけで行動する者もいるが、こうしてばらけて情報収集に勤しむ者もいる。もちろんそうした交流そのものを好まない冒険者もいるが、そういうタイプはこうした休憩地にはあまり顔を出さない。
フェズはテーブルの上に置かれたものに気が付くと、眉を顰めた。
「それより、何喰ってんだお前……?」
「いや……なんか……。このポップコーンとかいうやつ、塩が効いてて美味くて……」
ルゼルはテーブルの上に置かれた紙のコップを差し出す。
そもそも紙製のコップというだけで贅沢品に違いない。そこに入っているのは、白い塊だ。いわゆるポップコーンそのものである。
「コーン? コーンの一種なのか? こりゃあ」
「というより、コーンの一種に火を通すとこうなるらしい」
「ええ? 嘘だろ、全然色も形も違うじゃねぇか」
おもむろにざくりとポップコーンをつまみ、勝手に口の中に入れる。
「ふうむ! 塩がずいぶんと効いて……こりゃいい。歯ごたえもいいな。調理ができるコーンもあるとはなあ、また貴族連中がこっそり依頼を出すぞ……。こっちの色の違うのはなんだ?」
「こっちはキャラメルだってさ」
「キャラメル?」
「砂糖と牛乳を煮詰めた飴だそうだ。それを更にポップコーンにかけたものだ」
「かーっ、迷宮だってのにこれまた豪勢なことで!」
いままでの迷宮はたいていが泥臭くて小汚く、住んでいる亜人がたまに情報や野営地を提供してくれるだけだった。当然、見返りが無いこともしばしばだ。
だがここはこうした料理ひとつとっても新たな発見がある。まるで別世界から持ってこられたかのように。
「なにもかも聞いたことがない。そのくせ豪勢なんだ。驚くぐらいに……。岩芋を油で揚げたポテト、ナチョスとかいうパリッとしたもの……。白パンにソーセージを挟んでソースをかけた……ホットなんとかいうもの、どれもこれも美味い……とにかくこいつはひどいんだ」
おまけに雇われた亜人も「冒険者はこういうものを食すのだろう」ぐらいの感覚らしく、疑問に思っていなかった。目新しいものばかりなのに。小さな情報までがどんどん売れる。食べた感想さえも売れるものだから、冒険者はみな手を出す。
「コーンといえば、ヴァルカニアで育ててるらしいぞ。物好きだと思ってたけど、こんなものが出回れば……それこそ一歩先を行くだろうな」
完全に心奪われたように話すルゼルに、フェズはへぇ、とだけ言った。
「だからってなあ。お前も物好きな」
「俺も最初は半信半疑だったよ。でも慣れだよ、慣れ」
「慣れ、なぁ。俺はちょっと慣れんよ。この迷宮すべてが異質すぎる」
「それはわかるけどね。でも、今食べてるフェズが言えることかい? だいたい、ハロウィン・タウンという前例があるだろ、今更だよ」
何故迷宮の中に街やエントランスなる休憩所があるのか。野営地は本来、冒険者が勘や地形、魔物の襲来をある程度予見しつつ決めるものだ。だがここはあまりに甘すぎる。存在するのが当然のようにそこにある。これではまるで、冒険者に攻略してもらいたいと言わんばかりだ。
ブラッドガルドが主だったときも何を考えているのかさっぱりだったが、これはもう輪をかけているというか、尋常ではなかった。
「ハロウィン・タウンといえば、聞いたか? ギルドの話」
「ギルドがどうしたんだ?」
「それがな」
フェズは身を乗り出した。
「ギルド職員がハロウィン・タウンに陣取ったんだよ。軽く支店みたいにしたらしい。迷宮に直接乗り込んでくるなんて、珍しいだろ」
「へえ、そりゃ珍しい」
「タウンに入ってきた時も凄かったらしいぜ。そのへんにいた住民を見て剣振り回して、あやうく出禁になりかけたとか」
ルゼルは思わず笑いそうだった。フェズの声色にもやや笑いが混じっていた。そんな話まで付随してくるあたり、ギルド担当員の驚きは相当マヌケだったのだろう。
そりゃあスケルトンやらゾンビやらゴーストやらの魔法生物が人間のように生活しているのだから、驚かないはずもない。それ以上に、街という施設として何もかも取りそろえられている。取りそろえすぎと言っていいくらいに。
「なんだかんだ言ってあそこ、便利だからなあ。既にあそこを拠点にしてる奴らもいるみたいだし」
「だからだろ。便利すぎて地上に帰ってこない奴らもいるし。警戒心が薄れてんだよ」
ほんの少しだけ批難するように言った。自分だって便利に使っているクセに、自分のことは棚の上どころか屋根の上に放り投げてしまっている。
ただ、ルゼルは苦笑しながらも一理あると思った。便利な休憩所にするのと、拠点にするのとでは意味が異なる。それに、迷宮の主も永遠に主として居座ることはできまい。ブラッドガルドだけは例外だったが、その例外もなくなった。
「まあでも、さっそく冒険者が捕まったらしいぞ。モグリだったらしい」
「仕事が早いなあ」
「二人組のパーティだったんだが、ギルド員に囲まれるわ兵士も来るわで妙に厳重でな。他国のスパイだったんじゃねぇかって話だぜ」
「ふうん? それくらい普段でもいると思うけど。だいたい、冒険者じゃなきゃ迷宮に入れないってこともないだろ」
天然のダンジョンなら少数部族が試練に使うことだってある。
ギルド登録せずに入るものは、モグリといってもせいぜい変わり者くらいの感覚だった。ブラッドガルド討伐後に迷宮の入り口が一時的に閉鎖していたのは、国が所有権を明確にするためだ。
「ま、目的はわかるけどな――」
知恵と力を与える実と、ブラッドガルドの魔導機関。
ほしがるものはそれこそ数え切れない。世界中から手を伸ばされている。彼らはいくらでも金を積むだろう。たとえギルドが禁じても個人で。裏で。みずから冒険者を雇ってでも探し出そうとするだろう。迷宮の底に眠る黄金の果実を。
「まったくだ。結局のところ、それが狙いなんだろうな」
迷宮には一攫千金を夢見て、いまも冒険者が集い続けている。
そしてそれは、当の宵闇の魔女にとっては願ったり叶ったりなのだろう。
「……勇者と話した時に言っていたよ。餌としては十分だって」
ルゼルは頷いた。
餌を垂らし、冒険者を集める。しかしそれが罠だったとして、もはや止めることはできない。罠であるなら、誰もかれもが初動を誤ったのだ。
異常なほどの豊穣に追われているさなかに、冒険者の前に現れた使い魔。そもそもが迷宮に行けないという抑圧を受けていたところへ、ギルドや国など関係なく歓迎した。迷宮からの挑戦を受けないような、冒険心に欠けた者はいない。どれほどこの冒険に違和感があっても、根源的に抗いようのないものを垂らされたのだ。
いまさら勇者一人が奥底へ向かうと言ったところで、独占を疑われる。全員が隙を狙われた、としか言いようがない。
「ま、俺たちの周りにはモグリはいないだろうけどな」
「それに、モグリがいてもギルドが取り締まるなら関係ないだろうさ」
二人は笑い合った。
*
「クロウ?」
その声に顔をあげると、アンジェリカが様子をうかがうように立っていた。
「良かった! 合ってたわね」
「……勇者の仲間」
「事実だけど、もっと言うことあるでしょ!? ええ、そうよ。アンジェリカ。魔術師よ」
「何の用だ」
「別に。見かけたから声をかけただけ。ついでにいい情報でもないかしら?」
椅子に勝手に座る。
テーブルにちらりと目をやると、大量のポップコーンに囲まれたマップが置いてあった。マップよりポップコーンに目がいくほどだ。
「アンタ、これ好きなの? 全部同じ色じゃない!?」
さすがに同じ色のポップコーンの入ったカップが四つも五つもあれば突っ込みたくもなる。色としては、キャラメルと呼ばれている種類のものだ。
「たまたまだ」
「そ、そう……」
――たまたまにしては多くない……?
それでも、特に食事に関しての情報収集は比較的簡単である。物好きな貴族の興味を引いていることもあり、毒味さえ終えたら楽しんでいる者までいる。いままで未知の原料はあっても、調理されているという状態のものは無かった。
予想外に美味しく食べられるものばかりとはいえ、クロウの量は普通に好きだからといったほうがいいくらいにある。
「キャラメル単体で置かないのが悪い」
「キャラメル単体って、ここでどう食べるのよ……」
どろどろの状態で食べるのかしら、と思わず考えてしまう。それともハチミツのように、固形化する方法でもあるのだろうかと。
しかしとにかく甘いものに惹かれているのだけは理解した。
「それで、なにか無い? 第五階層の情報とか」
「あるわけないだろう、まだ踏み入れてもいないのに」
「なんとなくよ」
アンジェリカは素っ気なく答えた。いわゆる冗談というやつだ。少なくともいまはそういうことにしておいた。
ひとまず二人はマップを見ながら、まだ白紙の部分には何があるとか、サメのルートには一応規則性があるとか無いとか、当たり障りの無い情報を交換した。マップを見た限りでは、妙なところはない。ただ、他の冒険者よりも進んでいるような気はした。そのわりに、盗賊や情報屋ではないのだから、彼でなくては駄目だという情報もなさそうだった。アンジェリカはときおりクロウを眺めたが、異変は感じられなかった。
それと。
――……。
アンジェリカは意を決したように顔をあげた。周囲に誰もいないことを確認する。
「そういえばクロウ――、どうして魔力を隠してるの?」
アンジェリカはその表情を伺ったが、これといって変化は見られなかった。
魔力を隠していることそれ自体は、彼にとって重大な秘密ではないらしい。それか、よっぽど表情筋が丈夫かのどちらかだ。
「ギルドが第二階層に陣取ったって話もあるし、下手に魔力を隠すのは余計な疑いを生むだけよ。いままでモグリや使い魔を疑われたことは無いの?」
「……前にも言われた。……いや、突っかかられた、か」
「あら。それじゃ余計なお世話だったかしら」
アンジェリカは首を傾いだ。
「ま、アタシはなんでもいいんだけど。自分で自分の迷宮を攻略する使い魔なんていないだろうし」
更に続けて反応を見てみたが、無言でキャラメルポップコーンを食べる以外の反応が無かった。
――……。これはこれでよくわかんないわね……。
順調に減っていくキャラメルポップコーンを横目で見てしまう。普通に食事代わりに食べているのではないかと疑ってしまう。
「そこまでして……、どうして最下層を目指すの?」
「そりゃあ……、他の奴らと同じだ。最下層には神の実がある」
アンジェリカは慎重に言葉を選んだ。
「地下であの子を見つけたら、アンタはどうするつもりなの?」
「さあ? お前に関係あるのか」
間髪入れずに返ってきた答えに、アンジェリカはどこか深く頷いた。
答えなんてどうでもよかった。その反応こそが今日の収穫だ。
「やっぱり」
「なにがだ?」
「別に。迷宮の主なんだから、倒すのが正解なんじゃないかなって思ってたところよ。アンタもそうでしょ?」
アンジェリカはそう言うと、エントランスの入り口から聞こえた声に視線を向けた。よく見るとギルド員が冒険者に連れられ、このエントランスまで降りてきたところだった。
「……ギルド員ね」
「俺はもう行く」
その言葉を聞いたからなのか、クロウはしれっと立ち上がった。椅子が引かれる音と、マップを手にするがさりという音が後ろからした。
「……そう。なんのために――」
尋ねようとして、振り返ったときにはもうその姿は近くには無く、逆側の出口から出ていく後ろ姿だけが見えた。
「うわっ、早っ……」
マップだけ持って逃げるようにいなくなったクロウを見て、アンジェリカは言った。さすがにドン引くような速さだ。ここで捕まると困るのはクロウなのだろう。もうそろそろ、クロウという冒険者のモグリ疑惑について、ギルドの耳にも入っていることだろう。
――それか、もしくは……。
リスクもリターンもあるのに、直接的な死に直結するような攻撃のないこの迷宮を思う。誤魔化しが効かない――と考えると、この迷宮のいまの難易度はどれほどなのだろうか。
アンジェリカはテーブルに残されたキャラメルポップコーンをひとつつまんだ。口の中に入れる。甘いキャラメルの味が、さくりとした食感と絡む。いままで食べたことのないものだった。
「……意外にイケるわね、これ」
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