冬、至る日に(後)
遠くに見えるその恐ろしい姿を、時計塔城のバルコニーからカインが眺めていた。
かつて元村人だった兵士でさえあまりの恐ろしさに座り込んでしまっていた。カインもまた足元から伝わる恐怖に立ち向かい、じっとその姿を見つめていた。
「……カイン様、あれは……」
「……始まったんだ」
カインはそれだけ言った。
とうとう始まった。始まってしまった。その表情に気付いた兵士たちが、複雑な表情で見返す。
沈黙を切り裂き、遠吠えが金切り声のように響いた。
しかし、それをも破ったのは扉を開ける音だった。
「全員、『時計塔城』に避難終わりましたっ!」
「現状、移動できる物資の搬入も完了!」
「保存物資も運び終わりました!」
ほぼ同時に報告された言葉に、カインは満足そうに頷く。
「まったく。また国の作り直しかもしれませんが――命より優先されるべきものはないですからね」
「はっ」
「カイン様も、お早くこちらに……」
「……いえ。これは僕の責務です。もう少しここで、見ていますよ」
カインがそう言うと、部屋を出て行こうとしていた騎士たちの足が止まった。
くるりと振り返り、部屋に留まる。カインが驚いたように目を丸くして、瞬きをした。近くにいたコチルとグレックが、ともにそれぞれの笑い方をした。
「……供にする。これでも、近衛騎士、だからな」
「俺もだよ、カイン様」
「え……」
何か答える前に、明るい声が扉の向こうから聞こえた。
「うおーいい!! カインー!! じゃなかったカイン様ー!! 差し入れだぞおお!!」
「あ。なんで来た、ティキ」
「こういう時だからなんか食えってさ!! ほら、なんだっけ? プディン? プリンだっけ?」
カインは呆気にとられつつ、一瞬、この国に来た時のことを思い出した。
「……ありがとう」
窓の外に広がる惨事を前に、カインはちいさく呟いた。
*
『ブラッドガルド……』
そのあまりの姿に、小さな鳥が思わず呟いた。声色には悲痛と同情の色が混じる。
『あなたは……どうしてそこまで……』
『貴様がそれを問うのか、風の断片――』
唯一残った、まだ人の姿を保った上半身から声がする。
『所詮は貴様も我と同じ――、風の鳥の断片、この世界に産み落とされた自分勝手な心残り、神などとご大層に呼ばれるだけの、この広大な地上という名の迷宮の主――!』
「……セラフ」
リクの声が小さく響く。
だが女神セラフの心は、ブラッドガルドの変容を見たときほどは動かなかった。
『そうかもしれない。私も所詮、ある種の迷宮の主としてしか存在できないもの。でも、それこそがその証明なの。この世界を作った神としての私たちは――私たちの時代はもう終わったのよ』
『ほざけ、我は……がっ、ああぁぁああああっ!!』
『な――』
それは伸ばした腕のように地上にそそり立ち、折れ曲がるように地上に手をついた。そのまま迷宮内から脱出するがごとく、粘液と生物の破片を撒き散らしながら力をこめる。
ぎょるん、と音がして、ブラッドガルドの顔を怪物のそれが浸食した。古い傷口からスライム状の黒い粘液が噴き出し、そこから蛇のような触手や龍の尾、カエルの足のようなものがいくつも連なり、束となってのたうっていた。
もはや彼は魔人ですらなく、ありとあらゆる生命が冒涜的なその姿に打ち震えた。
『小僧ぉぉおお! 最期に聞いておいてやるっ! 貴様の遺言は、なんだっ!!』
見上げたリクは、しっかりとした口調で答えた。
遺言などではない。
「……俺の願いは――お前を倒す事だっ!」
それが聞こえていたかはわからない。
だが、怪物の半身を引き連れていたはずの人の上半身が姿を無くした。とうとう自分ごと怪物の渦に呑み込まれたのだ。もはやその姿は生物の片鱗としてすら保たれておらず、最後に残ったいくつもの瞳だけがぎょろぎょろと光を見つめる。
『……ブラッドガルド……』
ちいさく呟いた小鳥が、首を振った。
『いきましょう、リク!』
「……ああ!」
黒く蠢く巨体からいくつもの触手が伸び、暗い世界に蠢いた。
その隙間を縫い、巨大な翼を生やした勇者の姿が宙を躍った。
「飛翔せよ、盾!」
声とともに巨大な羽根の衣装のついた透明な盾が、空中にいくつも出現した。振り上がる触手とぶつかる。そのまま拮抗するものもあれば、勢いよく割り抜かれたものもあった。
「おーおー。さすがだな。この程度じゃあ、無理かッ! それなら……!」
軽口のように言うと、リクは手に魔力をこめる。
「我は紡ぐ、光の糸! 汝が名は女神を冠する希望の刃! 現れ出でよ! 聖剣セラフィア――!!」
叫びとともに、リクの手に集った光の粒がひとつの形をとった。女神の意匠の施された大剣は、闇に覆われた世界に小さな光を生みだした。他ならぬ女神の名を冠する事を許された、唯一無二の剣。
「はあああっ!」
腕を振るう毎に、光の大剣が触手を真っ二つに切り裂いた。切り裂かれた触手はもう一度伸びようとしたが、焼け焦げたように再生しなかった。触手のいくつかは絡み合ってひとつの束となると、あちこちから飛翔するリクへと突進した。その隙間を縫い、時に触手の上を走り、飛翔しては落ちて、また上昇する。左右から取り囲むように泥の触手が殺到して押しつぶすと、中から光の大剣が打ち払い、脱出する。
その様子は、飛び回る光と巨大な泥の攻防として下から見えていた。
茫然と眺めていた人々は、僅かながらに自分を取り戻していた。誰かが戦っている――という事実そのものが、少なからず恐怖を払いのけ、心を取り戻させたのだ。
だが、その希望も長くは続かなかった。
「うわあああっ!」
誰かの叫びにハッとすると、恐怖に引きつった顔で走ってくる住民たちの姿が見えた。そのうしろからは、津波のように押し寄せる黒い泥が、家々や建物の間をすり抜けて地面を浸食していったのだ。
「み、みんなっ、逃げろぉおっ!」
ぽかんとして見ていた人々が、我にかえったように走り出した。混乱と怒号がこだまし、あっという間に国中を覆い尽くした。混乱はもはやひとつの国だけに留まるものではなかった。たとえ巨体が見えなくても、空は陰り、咆哮は世界中に響き渡っていた。ありとあらゆる場所で、「そいつ」が自分たちのところまで来ないことをただ祈るしかなかったのだ。
やがて、ズズ、と触手のうちの何本かが地面へと突き刺さった。どろどろと溶けながらも力をこめると、本体と思しきものを起こす。そのたびに泥の波が起き、周囲を侵していく。
「まずい、移動する気だ!」
冒険者の一人が叫ぶ。
「あ、あんなものがこっちに来たら……」
現役から引退者、そして落ちぶれた者たちまでもが、どうするべきかを決めかねていた。自分達の武器ではどう考えても心許なく、あんなものにかなうはずがない。誰もが絶望に満ちていた。そこへ、影が落ちた。巨大な触手が、上空から地面を叩きつけたのだ。
「きゃあああっ!」
もうダメだ、と誰もが思った。
「サランダ!」
だが叫びとともに空中から巨大な光の槍のような矢が降り注ぎ、触手を貫いて空中に固定した。地面とにつなぎ止められた触手はビタビタと暴れるも、深く貫かれているため動けないようだった。
間一髪で助かった何人かの冒険者が、おそるおそる空を見上げる。
「あれだけでかけりゃ、どこへ行っても同じだ! 腹決めろ!」
見上げると、叫んだのはナンシーだった。
光弓サランダはいまや巨大な緑色の羽根を備え、弓の守り手たる女精霊の意匠が施されていた。それは射手を抱えて宙に浮かせるほどのものであり、いっそ神々しいほどであった。もはや武器であるかさえも信じられないほどだ。
「あ……アンタは……」
「怖いなら引っ込んでろっ! 次が来るぞっ!」
言うが早いか、ナンシーは次を構える。
「サランダ! 撃ち抜けぇえええっ!」
叫びとともに、槍のような光の矢が発射される。それは弧を描いて勢いよく飛距離を伸ばし、蠢いていた触手のうちの二本を同時に貫き、動きを抑えた。ナンシーの目はもはや冒険者に向いてはいなかった。上空高く跳び上がり、その目はまっすぐにブラッドガルドだった黒塊を見据えている。
茫然としながら、冒険者たちがその姿を見上げていた。
「……あ、あんなもの……俺たちには……」
誰かが言いかけた一言を、別の誰かがとめた。
「……いや、俺はやるぞ」
古びた剣を持ち、震えながらも構える。
ギョッとして振り向くと、別の誰かが言った。
「あ、あたしだって。こんな機会、滅多にあるものじゃないわ」
杖を構え、弓を構え、やがて多くの冒険者たちがそれぞれの相棒を手にした。戦慄から抜け出した冒険者たちの目に、光が宿る。
「俺たちは冒険者だッ! 危険なんて冒してナンボだ!」
「ブラッドガルドを倒せえっ! 勇者だけにいい顔させてたまるかあっ!」
「後衛は任せろっ! 死にてー奴から回復してやっからよおっ!」
鼓舞の言葉は互いに勇気を与え、やがてひとつの雄叫びとなった。声は響き渡り、怨嗟の音を次第に圧倒しはじめた。
別の場所では、市民を誘導する兵士たちにシャルロットが補助魔法を掛けていた。
「みなさまに加護のあらんことを――!」
魔術が発動すると、兵士たちは光に包まれた。
「おお……!」
「これは……!」
光り輝く鎧を見回す兵士たち。ただの鉄の鎧が、これで鋼鉄や特殊金属にも匹敵する防御能力を手に入れたというのだから、心強いことこのうえなかった。
「これでしばらくは大丈夫です! みなさま、ご武運を……!」
「ありがとう、シャルロットさん!」
「あなたもお気を付けて」
「はい!」
絹衣のような長く美しい魔装具を纏ったシャルロットが、にこやかに笑った。
だがいままさに別の場所では、少女の悲鳴が響いていた。
「あ……ああっ、あああっ」
いまにも泣きそうな彼女に、汚泥を纏った触手が迫っていた。狙っているのではなく、ただそこにあるものを破壊するために振り下ろされようとしていた。なんの感慨もなく、ただの災厄として。影が近づき、彼女の目が見開く。
「いやああ――っ!」
だが、思わず目を瞑った彼女が潰されることはなかった。
いつまで経っても何も起こらないことに目を開けた少女は、自分の目の前に誰かが立っているのに気付いた。光の鎧を纏った騎士が、同じように光の粒子を纏う槍を構えて泥の触手を抑えていたのだ。さながら伝承の騎士のような彼は――オルギスは振り向くと、彼女に言った。
「大丈夫です。早く逃げてっ」
「あ、あ……ああっ」
少女はこくこくと頷き、なんとか立ち上がる。少女は同じように走る住民たちに連れられ、高台のほうへと走っていった。
それを見届けたあと、オルギスは迫り来る触手と拮抗し、そのまま切り払った。ばづん、と音をたてて、切り払われた箇所が地面に落ちる。落ちたものはどろどろと溶けて泥となり、残った触手はうねうねと蠢いた。ボコボコとその先から泡が吹き出し、やがて再生していく。
「くそっ――キリがない」
それに、ひどいにおいだ。視界も悪い。いくら加護があるとはいっても、クラクラした。だが、いまやらなければならなかった。上ではリクも戦っている。オルギスは槍を構え、迫り来る泥と触手の束とを睨んだ。
そのときだ。
「教会騎士団、構えっ! 突撃ぃっ!」
号令とともに、背後から騎士たちが飛び出した。それぞれが槍を握り、触手のひとつひとつに飛びかかっていった。
思わず振り返る。
まだ多くの騎士たちがずらりと並び、目の前に迫るブラッドガルドを睨み付けていた。
「あ……」
驚いていると、そのうちの一人がオルギスを見た。
「お待たせ致しました! 我ら教会騎士一同、オルギス様に従います!」
騎士を率いていた上級騎士が、敬礼をした。一人ではない。いくつもの隊が集結していた。オルギスの瞳が見開かれる。
「し、しかしわたしは」
「いまこそご命令を!」
オルギスは一瞬だけ戸惑ったが、そんな場合ではなかった。後ろからはブラッドガルドの残滓がいまにも街を、国を、世界を覆い尽くそうと、ただひとつの迷宮から地上を蹂躙している。
彼は腹を決めた。ブラッドガルドへと振り返り、槍を掲げる。
「我ら、女神の名において――、ブラッドガルドをここで食い止める!」
「はっ!!」
多くの声がその命令に従い、雄叫びをあげた。それは遠くであげられる冒険者たちの咆哮と重なり、怨嗟をはね除ける刃となったのだった。
その頃には多くの人々が高台へと避難していた。何人かが空を飛び回る光を指さし、そのほとんどが祈るように空を見上げていた。巨大な翼を操り、風のように軽やかに巨大な魔力の剣を振り回す光。少しずつ泥を切り払い、本体へと近づく希望の光がそこにいた。
その光の影が少しだけ濃くなったかと思うと、もう一人、姿が重なった。
「……リク」
「おっ!? ハンス! どうした!?」
頭に巻かれたバンダナは長く伸び、額を隠す部分には目の意匠が魔力で描かれている。
「あんなナリだから核でもあると思ったがな。さすがに見当たらん。どうやら奴そのものが核と言ってもいい」
ハンスなりのジョークだったのだろうが、その目は笑っていなかった。
「弱点と言える場所もほぼ皆無だ。これは……難儀だな」
「なるほど。どっちにしろ倒すしかないってことだな!」
「ああ。こっちはこっちでなんとかする。地上のことは気にせず、気張れよ、リク」
おそらく言いたかったのはこっちのほうだったのだろう。
リクは笑い、うなずいた。
「お前もなっ!」
リクとハンスの間を貫いていった触手に乗ると、そのまま走り出す。ハンスだった影は消え去り、再び地上へと降りていった。
本体である巨大なスライム状の泥は、少しずつ広がり、移動しているようだった。そのたびに光との一進一退が起こる。
その闘いは永遠に続くように思われた。
なにしろ世界が夜に包まれているものだから、いまがいったいいつなのか誰にもわからなかったのだ。
誰も時計を見ることがなかった。
なにしろ世界中の誰もがその闘いに釘付けだったのだ。
何時間も続いた攻防は、まさに永遠の出来事だった。
やがて触手のひとつが光を跳ね飛ばしたとき、誰もが息を呑んだ。
「あっ!」
どよめきが起こった。
光は後ろへ大きく後退し、人々からは悲鳴があがった。何度も叩きつけられるのが目に見える。不安の波が押し寄せ、下で見ていた冒険者も思わず手を止めた。人々が見ているまさにその目の前で光が跳ね飛ばされ、山脈へと叩きつけられた。その瞬間、泥が大きく膨張し、やがて空へと大きく身を伸ばした。
悲鳴と怒号があがり、再び恐怖と絶望が押し寄せた。
そこへ、高台へと走ってきた少女がいた。上を見上げると、ちいさく呟く。
「リク……」
アンジェリカだった。その腕には杖ではなく、一人の少女の手が握られていた。戦火によって衣服もボロボロになっていた。
「どうしたの?」
「な、なんでもないのよ」
アンジェリカは少女を落ち着かせようと、にこりと笑った。
「……光さん、負けちゃうの?」
「そ! そんなことはないわ! あそこで戦ってるリクは……勇者様は強いのよ。あんなの、やっつけちゃうんだから……」
アンジェリカは、目に涙をためていた。
「どうしたの? お姉さん、泣かないで」
少女は困ったように言ったあと、ぎこちない手で指を絡めた。
「あのね、こういうとき、こうするのよ」
「ん……?」
アンジェリカが尋ねると、少女はたどたどしく歌い始めた。聖歌だった。聞いたことがある。仲間たちから教会のことを教えてもらうことも多かった。
有名な詩編だった。
「ええ……、ええ、そうね。お姉さんも知ってるわ」
「本当?」
「ええそうよ。次はこうでしょ。私は、災いを恐れはしないでしょう……ほかならぬ女神さま、あなたがおそばについていると知っていますから……」
「そうだよ、お姉さん、よく知ってるね!」
気が付くと、多くの人々が騒ぐのをやめて二人を見ていた。
いつの間にか、二人の歌声だけがそこに響いていた。
すると、誰かがその歌声に重ねて歌い始めた。たどたどしくも始まったその歌声は、次々に人の口から響くようになっていった。円形に広がるように伝搬し、大きなうねりとなっていく。歌声は、世界に少しずつ流れていった。
それはいつしか、リクの下で戦う冒険者や騎士、そして人々の誘導をする兵士たちへも届いた。傷つき、死の淵にあった彼らも驚いたようにあたりを見回す。
歌声はひとつの旋律となり、あたりに響き渡った。
ふと鼻を腐らせていたにおいがどこかへ去ったことに気が付くと、アンジェリカはあたりを見回した。
「これは……」
立ち上がり、周囲をよく観察する。
魔力が、渦巻いている。
人々の小さな祈りが、魔力と重なって、ここで作り上げられているのだ。だが所詮は市井の人々。その魔力をどうすべきか、どう扱うべきか、誰も知り得ないのだ。
しかも一人一人のそれはちいさいが、確かに「魔法」というべきものである。
「そっか。これを全部集めれば……」
アンジェリカは唇を結ぶと、両手を広げた。
「リク。アタシの――ううん。アタシたちの最大最強の魔法――受け取りなさいよおっ!」
もはや詠唱でもなんでもない、ただの言霊とも言えるものだった。
小さな祈りの魔力が、空に届くように――アンジェリカの魔力が大きく動いた。巨大すぎる底無しの魔力量は一瞬にしてあたり一帯を包み込み、巨大な魔法陣を描いた。ブラッドガルドを封印したときですら、こんな巨大なものではない。むしろそのときよりも負担は大きい。
それでも、アンジェリカは信じていたし、笑っていた。
「行っけーー!」
押し込むように、魔法陣を起動させる。
いつもそうするように。描かれた魔法陣に、光が灯った。
すると、ほのかな光が、あちこちからほろほろと生まれ落ちた。
蛍のような光は、まるでそこが目指す場所だと言わんばかりに空へのぼっていく。白い光は金色に輝き、闇を追い払うべく、小さな歌声となって世界中から響き渡った。
うめき声がこだまする。
だが怨嗟の声は次第に歌声にかき消されていった。
光の粒はやがて山脈のほうへと殺到し、光の渦となった。その渦は次第にリクの手にした剣の中へ吸い込まれていき、姿形を変えていった。
刃には意匠が施され、持ち手からは光の布がどこまでも伸び、光の粒子が羽根となって世界を明るく照らしていく。
「……これは」
リクは驚いて周囲を見回した。ふと気付くと、負った傷もすべて治っている。
近くで心配そうに見ていた小鳥が、破顔して大きく頷いた。
リクは笑うと、タン、とちいさく跳躍した。
光の粒子が迫り来る触手を受け止め、触手の先から溶かしていった。リクはその合間を縫って一直線に本体へと迫っていく。最初よりもずっと速いスピードで、リクは空を飛んだ。
瘴気の雲間を抜けると、本体の巨大な目がぎょろぎょろと蠢いているのが見えた。
大きく、剣を振り抜く。
上段から、太陽のような光が降り注いだ。
刃は、一直線に異形の怪物へと叩きつけられた。
まっすぐに怪物の体を二つに切り裂き、空から地面へ、光が伸びていった。
怨嗟の声があたり一面に響き渡り、呪いのように拡散する。それを――ふわりと消し去ったのは、どこからともなく降り注いだ小さな鳥の羽だった。
誰もがその様子を見ていた。切り裂かれた異形の怪物は、固まったように硬直したあとに、先のほうからほろほろと崩壊していった。
「崩れるぞおおっ!」
誰かの声が響くと、怪物の体は次第に本体のほうまで崩壊が進んでいった。ドサドサと地面に落ちる直前、降り注いだ光によって灰のように消え去っていった。
ハッとして空を見上げると、暗雲は切り開かれ、そこに太陽の光が降り注いでいた。
朝が来た。
もうとっくに朝はやって来ていたのだ。
もはや闇の底からは永遠に届かない、人々の希望となった太陽が、影を照らし出した。どろどろに溶けていく影の声は、やがて人々の耳からそぎ落とされる。そこに、涼やかな風の音色が届いた。
勇者――と誰かが呟いた。
そうして、呪詛から生まれた無名の怪物は世界から消え去ったのだった。
*
カメラアイはそのほとんどを映していた。
瑠璃が俯くと、映像を映していたカメラアイたちはおろおろとそのへんをうろつきはじめる。慰めるように見上げるが、そのための言葉も行動も知らなかった。それどころか小さな魔力しかないカメラアイたちは、順番に影に溶けるようにその数を減らしていった。何匹かは瑠璃の影の中へ逃げ込み、もはやじっと身を潜めてその時を待つしかなくなった。
背後から見ていた影蛇も薄くなり、慌ててその姿を小さく変容させる。
瑠璃は無言のまま顔を覆うと、やがて膝を抱えて背を丸めた。影蛇は慰めることさえできず、どうしていいかわからないように瑠璃を見ていた。
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