挿話28 勇者、迷宮を進む

「おいなんだこれ!? なんだこれ!!?」

「だから言ったではないですかリク……! 迷宮を変化させられたと!」


 迷宮を進む勇者一行は叫びながら坂道を走り抜けていた。その後ろからは、スピードをあげて通路一杯の岩が五人目がけて転がり落ちてきている。


「なんでこんな古典的なトラップなんだよッ!?」

「こんなのが古典的なわけないでしょバカリク!!」

「いやこっちの話で……と、とにかく逃げろぉお!!」


 それは、少し前のことに遡る――。





 ヴァルカニアについてから結局二週間が経った。

 これといった不自由はなく、拘束されているという感覚は無い。外を見れば、亜人と人間が入り交じって仕事をしている。奴隷制度は少しずつ本来の形――いわゆる徒弟制度や雇用制度――にしていこうという気風があるらしい。もしこのやり方が外に知らせられれば、多くの人が殺到することになるだろう。国民も国に対する不満は無いものの、希望を持っているようだった。とはいえ、ほとんどはまだ開拓中。他にも村を作っている最中らしく、発展途上は否めなかった。

 次に、神の実について。これも進展は無かったが、代わりにブラッドガルドや宵闇の魔女がヴァルカニアに訪れることは無かった。カインだけでなく周囲の騎士も来るタイミングはわからないと言っていたので、本当に気まぐれなのだろう。


 せめて外に出入り自由なら良かったのだが、それについては騎士付きだったので好き勝手に、というわけにはいかなかった。城塞都市内が入り組んでいるので迷いやすいから、とのことらしい。

 それについてはハンスの報告のとおりだった。ブラッドガルドが作ったこのウェストミンスターじみた城塞都市は、あらゆるところに偽の扉や偽の階段、そして行き止まりしかない廊下、意味があるのかわからない高台部分などが散乱し、奇妙な作りになっていた。ハンスですらこの構造を理解するには――何故こうしたのか、ということまで含めて――時間を要するとのことだった。なにしろ城の中には作りかけに見せかけた部屋や建物まであり、それでいて実際は使えたり、意味の無い場所まである。まるで意味がわからない。先にこの城の中で生活していた国民たちでさえ、よく知らない扉があるというのだから驚きだ。重要な道さえ覚えていればいいという感覚なのだろう。


『迷宮……のように作ったからでしょうか……』


 というのが困惑しながらの女神の感想だったが、リクもその程度にしか考えが及ばなかった。他にもブラッドガルドが作ったものは林檎酒の鋳造所など、まるで共通性がない。本当に気まぐれに、作りたいものだけを作っている。初心者の都市開発シミュレーションだって、もっとマシに作れるというのに。


「神の実のことは一旦置いといて、やることはやらないとな」


 リクは与えられた部屋で、女神セラフと相談をしていた。

 ブラッドガルドの討伐と、宵闇の魔女の正体を暴く。この二つは絶対だ。勇者がやることは変わらない。


「でもどうする? アンジェリカの魔術ですら出てくるなら、もう……」


 直接倒すしかないんじゃないか。

 それは封印での弱体化を待つまでもなく、勇者が直接手を下すということだ。


『そう……ですね……。やはり、あなたに任せるしか……』

「こっちの世界の人間でなんとかした、って体裁は保ちたかったんだけど」


 セラフが望んでいたのは、あくまでこちらの世界の人間、生物による討伐。だから、前回はアンジェリカの封印で消滅させる方法を選んだ。リクは封印できるまで弱体化させる役割を担った。だから勇者の本当の役割は、「ブラッドガルドの討伐」とは少し違う。人々や状況、事態をそこまで導く、案内役のようなものだった。

 わざわざ異世界から人を召喚してまで案内役を作らないといけないのには理由がある。あるひとつの決定的な世界の法則によって、こちらの世界の生物ではブラッドガルドを倒せない。というより、倒すまで行かないのだ。


「でも、俺の性質と女神の加護の力があれば、ブラッドガルドは倒せる」


 だが、勇者は――特に別の世界から来たリクは、こちらの世界の法則に影響されず、ブラッドガルドに立ち向かえる。直接倒すことができる。


「しかし、厄介な法則だよなぁ」

『本来は別に厄介でもなんでもないんですよ! 法則でもないですし!』

「まあでもそれが巡り巡って、ブラッドガルドを倒せない、みたいな感じになってるのは困るよな」


 リクはそう言ってから言葉を続けた。


「最悪、俺だけでも最奥にたどり着ければいい」

『……ええ……』


 セラフは目を伏せがちにして答えた。

 それからすぐに迷宮に向かうことを仲間たちに伝えると、いつの間にかハンスが消え去っていた。バッセンブルグに報告に向かったんだろう。そういえば最初に国についた時の報告もしていてくれたらしい。リクはすっかり忘れていた。ハンスは行動が早いが、その分リクが忘れてしまいそうになるので、気を引き締めないといけなかった。

 カインにも報告してみたが、「そうですか。お気を付けて」と言ったきりだった。本当にブラッドガルドとは、ただ交渉の席につくことを許されただけの存在らしい。もっとも、勝てるはずないと思っているのかも知れないが。


「さて! ともかく迷宮に向かおう」


 リクは皆の前で断言した。


「オルギスもそれでいいか?」

「ええ」

「他のみんなも?」


 女性陣も首を縦に振った。


「僕だけ居残りっていうのが納得いかないんだけどね!?」


 ザカリアスが吼えたが、ナンシーが黙らせた。少なくともひとり、この国に残ることで妙なことはしない、と示さなければならない。


「ザカリアスを連れてきたのはそれが目的だからな」

「酷いなナンシー君!?」


 少なくともそれが目的ではなかったんだけど……とリクは言えなかった。


「ううう、そ、そうだリク。ひとつ、僕の研究結果を授けよう」

「研究結果?」

「ああ。僕の専門は迷宮だからね」


 胸を叩き、自慢げに話すザカリアス。その様子を、やってられないという顔でナンシーは見つめ、踵を返して部屋にとって返した。


「準備をしてくる」

「あっ……わ、わたしも行きます!」


 シャルロットがそれに続く。


「勇者君は、迷宮についてどこまでご存じなんだい?」

「どこまでって言われても……。とりあえずダンジョンの巨大なものというだけ」

「そうだね。迷宮は巨大化した魔力を持ったダンジョンだ。だけどそれ以上に、迷宮というのは――主の願いや性質に反応して形を変えるんだ」

「願い?」

「願いが叶うって意味じゃない。あくまで反応さ。迷宮が巨大化して、内包する魔力が多くなればなるほど、迷宮の主というのはいわば核の存在を担うんだね」

「たとえば迷宮の構造や内装といったものが、主の性質に合わせて変わってしまうような?」

「そのとおり! スライムの核のようなものさ。だから迷宮は主の性質に酷似しているし、主がいなくなれば、迷宮は新たな主を求め、そうでなければ力を失うのさ」


 ふむ、とリクはその話を呑み込む。


「それじゃあ……ブラッドガルドの迷宮は……」

「そうだねえ、物凄くシンプルというか、虚無感に満ちているというかね。ただひたすら、入り口以外に出口の無い迷宮だね。ただ――」


 ザカリアスはどことなく底の知れない笑顔で笑った。


「僕はねえ、太陽を目指しているみたいだと思ったよ。古い神話を知っているかい、勇者君。傲慢な火の神から奪った炎で、太陽が出来た話さ。自分自身を剥ぎ取られた神の抜け殻は、地の底で自分の火を取り返そうと這いつくばっているってね。地の底にいる影を扱う主、そして地上に向かって手を伸ばす迷宮……」


 そうしてリクを見たときは、ただ笑っていた。


「ね? ロマンがある話だろう!?」


 腹の中では何を考えているのかわからないな、とリクは苦笑する。


「そうだな……」

「とはいえ、ブラッドガルドは自ら迷宮を組み替えるだけの力を持っている。それこそ、復活してから奇妙なことばかり。どうなっているのかわからないってことさ」

「ああ。わかってるよ。ありがとう」


 宵闇の魔女はおそらくとんでもないものをブラッドガルドに授けたんだろう。むしろその底知れ無さのほうが、いまは恐ろしかった。







 時間は戻り、迷宮内。


 轟音。迷宮が揺れたと思うほどの衝撃。

 左右の部屋から恐る恐る土煙のあがる方を見てみると、部屋の入り口が見事にぶち壊れていた。更にその先の部屋の壁には、転がってきた巨大岩がめりこんでいた。あんな衝撃があったにも関わらず、巨大岩には傷ひとつついていない。

 全員が言葉を失ってそれを見ていると、ふるふるとアンジェリカがオーラ、もとい魔力を放ちながら震えていた。


「……なん……っなのよあれぇえ!!」


 一番近くにいたリクの胸ぐらをひっつかみ、前後に揺する。


「あんなトラップこの迷宮にあった!? いったいどうなってんのよあれはぁあ!!」

「うごご……」


 さすがのリクも遠いところを見ながら呻く。というかアンジェリカが激高しながら思い切り前後に揺すってくるので、そう答えることしかできない。


「あれは誰の発想なのっ!? 宵闇の魔女とかいうっ……ふざけた奴!?」

「あわわわわ、り、リクが死んじゃいますよう!」


 シャルロットが止めて、オルギスが宥めすかし、ナンシーが遠いところを見て(?)ようやく一騒動おさまった。

 迷宮の中はほとんど前回来た時と一緒だった。壁や枠組みもそう。あまりにも簡素で質素で、虚無的な作りの迷宮。地図さえ間違えず、モンスターを気にせず進むだけなら、ある程度なんとかなる。とはいえブラッドガルドが復活した以上、迷宮の浸食がはじまっているのは予想できたこと。以前無かったはずの道があったり、道が消えていたり。それでも、まだなんとかなる。

 だがそこに唐突なトラップが追加されれば話は違ってくる。転移陣や毒霧の発射される部屋、落とし穴から落とし天井まで様々だった。危険度は確実に上がっていると言えよう。


「……オルギスの調査隊をぶち壊したっていうのはこれよりも凄いってこと?」

「ええ……。おそらくこの先は物理的な苦痛よりも、精神的な苦痛を与えてくるでしょう」

「まだこういうトラップのほうが罠という感じがするが……想像がつかないな」


 オルギスの使われた『トラップ』は、壁一面が鏡張りになった狭い空間になったというものだ。壊して進もうにも、迷宮の性質上、再び元に戻ってしまってどこから来たのかわからなくなる、という代物だ。

 延々と映る自分の姿や、どこにいるのかわからない他人の姿。そして本物かどうかわからない不気味な魔物。その異様な迷宮に、皆パニックを起こして精神的にやられてしまったらしい。


 ――いや普通にミラーハウスかよ楽しそうだな。


 とはさすがに口が裂けても言えなかった。稚拙かもしれないがトラップはトラップ。それにミラーハウスだったとしても、この世界の人間にとっては――しかもこんな迷宮の中にあっては――愉快なものではないだろう。


 しかし奇妙なことに、迷宮に仕掛けられたものの中にはある種ラッキーと思えるものまであった。敷かれた魔法陣に引っかかったものの、転移することで結果的に危険な魔物の巣を回避できたり。はたまた回復の陣が引かれていたりと、なぜだか冒険者側にとって有利に働くものまであったのだ。カインは地上への建築を実験と称したが、まさしく自分の迷宮でもそれを行っていたわけだ。それに、回復の陣に魔物がかかれば当然こちらに不利になる。できれば踏んでおきたいが、かといって変なトラップに引っかからないとも限らない。

 はたまたこんなことまであった。赤色に光る魔法陣を検分しながら、アンジェリカが口を開いた。


「これ、転移の魔法陣ね。一方通行になってるわ」


 断言する。横からオルギスがまじまじと見ながら口を開いた。


「転移の魔法陣なんですが、いままでずっと赤色ですね」

「もうここまで来ると色で判断しても良さそうだな。回復の陣は青だし」

「で、でも、先程の青の陣は麻痺でしたよ?」

「たぶん、それがそのトラップの真骨頂よ。転移は赤、回復の陣は青、っていうイメージを浸透させておいてから、それに似せた罠の魔法陣を配置しておく」

「そうすると、回復だと思って真っ先に乗った奴がなんらかの異常を受けるわけだ」


 リクは頷いた。まるでゲームのトラップだ。ゲームのトラップとしてはかなり初歩的な気もするが、こうして現実に配置されると注意事項が増える。


「今回も乗ってみる? どこに行くのかが問題だけど」

「前みたいに魔物の巣を回避できればいいですね!」

「それが一番いいけどな。魔物の巣のど真ん中に転移させられたらコトだ」


 ――モンスターハウスはありえるな。


 思わず「あるある」と頷いてしまうリク。勢いよく部屋に入ったり下の階に落ちた瞬間にモンスターのたくさんいる部屋に迷い込むのはゲームにありがちだ。魔法陣も交互に転移して使えるものや、一方通行もある。

 ともあれどれほどゲームっぽくてもいまは現実。乗ってみなければ判断できない。五人はそろそろと魔法陣の中に足を踏み入れた。一瞬の浮遊感とともに、魔法陣の赤色に染まった景色が揺らぐ。それから同じく景色が揺らぎながら、対応する場所へと飛ぶ。

 一方通行というだけあって、対応する場所ではちゃんと景色がはっきりと見えた。


「よし、みんな居るな?」

「おや。アンジェリカは……?」


 オルギスの言葉に、その場にいた全員が顔を見合わせた。


「……アンジェリカ!?」


 慌てて周囲を見回す。蒼白になって武器に手をかけ、声をあげた時だった。

 思わず二度見した。

 近くの壁に、なんだか見たことのある下半身というべきか、スカートというか、壁から突き出た尻が見えた。全員の視線が尻に集中する。


「ちょっと!! 何よこれ!!?」


 裏側と思しきところからアンジェリカの怒声が響き、足がもごもごと動いている。


 ――マジでどういう発想なんだよこれ……。


 リクは若干やりたい放題気味なトラップの結果を前に放心していた。全員がなんとも言えない表情で壁から生えたアンジェリカの尻を眺める格好になる。ナンシーだけが、愉快そうに震えて爆笑しそうなのを堪えていた。


「リ、リカ。どうしてそんなところに詰まってしまったんだ?」

「いいから早くなんとかしなさいよ!!!!」


 魔物ですら寄せ付けない、アンジェリカの叫びが響いた。

 救出されたのはそれからしばらく後のこと。壁は他と違って薄く、反対側には上半身が見えていた。ちょうど腹の部分だけが壁にめり込んでいる状態だったのだ。少し軸がずれただけでこれだ。


「決めたわ……。ブラッドガルドは絶対に殺す」

「その理由はちょっと面白くないか?」

「リク!!!」

「ごめん!!?」


 前途多難。それは罠そのものではなく、罠にかかった人間の性質にあるのかもしれない――リクは思っても絶対に口にしなかった。

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