54話 スコーンを食べよう

「……ねえ。凄い今更な事言っていい?」

「なんだ。くだらないことなら殺すぞ」


 いつもの部屋に緊張感が走る。


「わ、私たち……こうしていつもおやつ食べてるけど……」

「……」

「アフタヌーンティーっぽいことを! 一切してない!!」

「殺すぞ」


 緊張感は一瞬で取り払われ、見事にくだらない認定が下った。


「ブラッド君さっきから殺すぞしか罵倒してないの何なの?」

「……そうだったな。殺す価値も無かったな、貴様は」


 斜め上方向からの返答に、完全にどうしようもないもの扱いされる瑠璃。


「そういうわけで」


 テーブルに両肘を立て、両手を口の前で組むポーズをした。幻想上の眼鏡がぎらりと光る。


「第一回アフタヌーンティーをやりたいと思います」

「……そういう形式でやるものなのか? それは」


 絶対に違うだろうという目線で見られながら、瑠璃は続ける。


「アフタヌーンティー……それは!」


 瑠璃はそこで言葉を区切って無言になったあと、スマホを手にした。ちらっと画面を読んだあとに、再び元のポーズに戻る。


「それはイギリス発祥の、上流階級から始まった風習である……」

「貴様、よくそのていたらくで続けようと思ったな」


 当然、たまにスマホを見ながらである。


「この習慣を始めたのは、七代目ベッドフォード公爵夫人のアンナ・マリア。当時の上流階級っていうのは、朝食をたくさんとって昼は軽く。夜の社交が終わってから遅い夕食ってのが一般的で、その間はかなりお腹が空いたんだよね。で、その間にパンやお菓子を食べてお茶を飲むのを楽しみにしてたんだけど、そのうちに自分の友人たちも招待したら好評でね。『午後のお茶会』として習慣化したのだった……!」

「ほう」

「ただし現在は正式な形のアフタヌーンティーは大変だから簡略化されてるし、今は上流階級だけのものでもないよ。今は一部の高級なティールーム以外の場所では特に作法も会話の内容も関係ないみたいね」


 ブラッドガルドは、じゃあ今の状況でもアフタヌーンティーに変わりないのではないか、と思ったが、もはやツッコむのも面倒になっていた。


「で、まさかそれで終わりというわけではないだろうな」

「当然! アフタヌーンティーのイメージは三段になってるスタンドで、ホントはサンドイッチとかケーキとか順にあるんだけど。さすがにそれは用意できないから……」


 瑠璃は隣に置いてあった袋を手にする。


「アフタヌーンティーの定番! イギリスといえばの! スコーン!」


 そういうわけで、今日のおやつはスコーン、ということらしかった。


「……何だったんだ今の茶番は」

「茶番じゃないんだよ、必要不可欠なんだよ」


 どこがだ、と言いたげな、なんとも言えない目線で見る。瑠璃はあいかわらず素知らぬ顔でスコーンとお茶の準備をし始めた。


「えーと……ちょっと待ってね」


 一緒に持ってきたジャムや生クリームもテーブルの上に広げ始める。


「本当はスコーンにつけると最高、っていうクロテッドクリームっていうのがあるらしいんだけど……、生クリームしかないからこれで」

「……なんだ。そういうタイプか?」

「そうそう、つけて食べるタイプね!」


 そもそもスコーン自体も、瑠璃が持ってきたものは大きめの石の塊くらいの大きさのもの。ごく普通のパンだと言われても通じてしまうようなものだ。かなりシンプルなクッキーやビスケットと比べても、見た目はごつい。


 それから瑠璃がジャムの瓶を開けている間に、ブラッドガルドはスコーンをひとつ手に取った。まじまじと見る。上下に割れやすそうなのを見てから、指先で二つに割った。今度は中を確かめる。

 それから何も言わずに口の中に入れると、黙々と咀嚼しはじめた。無表情だが、明らかに微妙な顔は崩れない。瑠璃がそれに気が付くと、表情を変えずに尋ねる。


「……どう?」

「水分が取られる」

「それは私も思う」


 とはいえ、スコーンそのものは店や好みによっても様々。パサパサしていたり、しっとりだったり、はたまた外側はサクサクしていたりと、本場イギリスにおいてもかなり違うらしい。


「でもこういうのを広げると、まさにアフタヌーンティー……!」


 瑠璃は湯気のたつ紅茶を、それっぽく口に含む。


「熱っつ!」

「……まったくわからん」


 反対にブラッドガルドは熱い紅茶を啜りつつ、やはりよくわからない顔で言った。そして残っていた半分のスコーンにジャムを塗りつけてから口に入れた。

 瑠璃はというと、紅茶を諦めてテーブルに置いた。代わりにスコーンを手に取り、二つに割ってから生クリームをつける。


 外側のサクッとした食感に、ぼろぼろとこぼれ落ちるような内側を、生クリームがつなぎとめる。シンプルな分、上に何をつけても合う。


「もともとはバノックっていうお菓子が起源らしいよ。これは粗挽きの大麦粉を焼いたものだったんだけど、十九世紀にベーキングパウダーやオーブンが普及して今の形になったみたい」

「やはりオーブンの存在は急務か……」

「そうなんだけど、絶対やめてね」


 向こうの世界にホイホイと現代の技術を持っていくのはやめてほしい。

 まったく同じものは無理のようだが、ブラッドガルドが構築した魔導機関は問題をクリアしつつある。魔力の塊である魔石を魔術の媒介として使うのではなく、電池やエネルギー源として使うことも、それまでにない発想のようなのだが。


「名前の由来は二つあってね、ひとつはスコットランドの古い言葉の『一口大』から来てるって説」

「……わからんでもないな」


 今度はべったりと生クリームをつけたブラッドガルドが、そのまま口に入れる。


「もうひとつがスコットランドのバースにある『スクーン城』。スコーン城ともいうね」

「なんだ、城の名前なのか?」

「……じゃ、なくてね。スコットランドの歴代国王の戴冠式で使われる椅子の土台に石があるんだけど。それが『スクーンの石(Stone of Scone)』や『運命の石(Stone of Destiny)』って呼ばれる石。それに由来してるって話だよ。こっちのほうが有力みたい」

「……ふむ?」

「有力だから、なのかわかんないけど、スコーンは確かに石の形が多いし、神聖な石が由来になってるから、ナイフはダメ。割るときも横半分に割るのがマナーなんだって」

「そうか。ならあえて縦に割るのもアリだな」

「なんでそんな逆行したがるの!? やめて!?」


 知る前ならともかく、あえて聞いたあとに言ってくるのだからタチが悪い。


「しかし……運命の石、とは。さすがに大層な名前だな」

「スコットランド王の象徴でもあるからね。そのぶん、後々大変なことになるんだけど……」

「大変なこと?」

「スコットランドがイングランドに併合された時に、戦利品として持ってかれたんだよ。しかもそれ以後は代々のイングランド王が椅子にして即位してたんだけど……そのせいでスコットランドからのイングランドへの印象はメチャクチャ悪くなったし。でも、最終的に一九九六年に返還されて今はエディンバラ城にあるよ」

「……なるほど」

「いやなるほどってなに?」


 いったい何を考えているのかわかりにくい時は、絶対に碌な事を考えてない。

 ブラッドガルドは口の端についた生クリームを拭き取って舐めると、紅茶を飲んでから話を逸らすように続けた。


「ところで小娘。結局、今日は何が違ったんだ」


 真理をついた。


「ん? んっとね~……」


 瑠璃はしばらく考えた後に、シリアスな表情で続けた。


「お菓子……かな」

「そうか」


 もはやツッコミを放棄しきったブラッドガルドは、どうでも良さそうに答えた。

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