挿話22 聖騎士は懸念する

 謹慎処分を受けた聖騎士というのは、たいてい自宅や寮の自室などで過ごすことになる。日常生活をする上での制約は無く、任務に就くことができない状態が続く。

 だがオルギスの場合は、森の監視小屋のような小さなコテージに通され、そこで生活することになった。居心地は悪くなく、望めば嗜好品や本、毛布といった生活必需品も届けられる。庭で薪割りや鍛錬をしていても、特に何か言われることもない。

 だが、基本的に家の周囲には騎士たちが監視のために立っていた。

 送られてくる手紙も、検分が済んだあとのものばかりで、よほどのものでなければ封も開けられている状態だ。


 ――ある程度の自由を赦しながらの監視か。それぐらいで妥協したんだろう。


 いくら貴族の血を引くカインを失わせたといっても、元は勇者の仲間。だが次の勇者を確実に教会のものにするために、以前の勇者の仲間を確保しつつ遠ざける。そんなところだろうとオルギスはあたりをつけていた。


 そんな状態であったから、面会にも許可が必要で、時間が決められていた。

 何日の何時に許可が下りたという具合で、この家へと通される。だが立ち会いにも必ず騎士が近くにいるという念の入れようだった。


 この日の午後から、オルギスには面会の予定があった。


 昼を過ぎたあたりから、やや緊張した面持ちで相手を待っていた。

 家の扉がノックされ、先に監視官である騎士が中に入ってきて言った。


「面会の時間だ」


 静かに待っていたオルギスが頷くと、二人の騎士が中へと通される。

 まだ若い騎士たち。セスとイーノックだった。きょろきょろと物珍しげにあたりを見回しつつも、やや当惑と緊張の色を浮かべている。

 オルギスは二人を迎え入れるや否や、頭を下げた。


「ずいぶんと時間が掛かってしまって、申し訳なかった」


 突然のことに、二人は驚いたように目を見開いた。


「本来ならば一番にきみたちのケアをすべきだったのに。本当にすまない」

「そんな。頭を上げてください」


 言ったのは、セスという名の騎士だった。

 調査団の結成に当たって初めて徴用された騎士だ。帰ってきてからはしばらく療養につとめて、このところ徐々に復帰したらしい。


「そうです。一緒にいた俺の責任でもあります。どうか頭を上げてください」


 イーノックが続けて言う。二人ともオルギスから見れば後輩だ。


「だが、私はかつて迷宮に挑んだ身。判断を誤るべきではなかった」


 オルギスは目を閉じ、床さえ見れぬまま言った。

 セスとイーノックはお互いに顔を見合わせてから、言葉を選ぶように少しだけ息を吐き出した。

 気まずい沈黙が流れたあと、セスが口を開く。


「誰だって……間違うことはあります。それに、あそこはそういう場所だと知っているので……」


 セスの声に、オルギスはようやく顔をあげた。


「……座ろう。好きなところに座ってくれ」


 テーブルを示す。オルギスが自分の椅子を引くと、二人はテーブルを挟んだ向かいにそれぞれ座った。一人しかいないのに四脚もあるのは虚しいだけだったが、こんな時には役に立つ。ひととおり落ち着いてから、オルギスは口を開いた。


「その……元気だったかい?」

「……え、ええ、まあ。体調は悪くありません。もうすっかり元気です」


 答えたのはイーノックだった。


「イーノック。きみも大変だったな。こうしてまた会えて良かった」

「はい、俺もです。俺たちはその、他の人たちが受けたような精神攻撃を受けていないので……最近は体力が戻ってきたので、少しずつ鍛錬に参加してます」

「お、俺もです!」


 隣でセスが声をあげた。


「体力には自信があるので!」

「ああ、きみにも会えて良かった、セス。きみのことはずっと気になっていたんだ」


 三人は互いに軽い近況報告をして、無事を喜び合った。

 わずかばかりに緊張した空気が緩んできた頃、オルギスは本題に入った。


「セス。カインとは孤児院からの知り合いだと聞いたが……」

「そうです」


 セスは頷く。


「きみは、カインが貴族の出だったと知っていたのかい?」


 少しだけたじろいだが、すぐに気を取り直したようだ。


「はい、カインから直接。はじめて会ったときは世間知らずみたいな感じはしたけど。あんまりそういうの興味なかったし、向こうも俺がそんな風だったから、気楽だって言ってました。王の髪を持っていても、故郷では母親の身分が卑しいものだったみたいで。結局、ヒエロニム司教を頼ったという話を聞いた……聞きました」


 隣から小さく睨まれ、セスは最後に慌てて言葉を直した。カインの話をすると、どうしても口調が元に戻ってしまうらしい。

 オルギスはべつだんそれに対して何も言うことなく、ただ頷いた。


「私も彼からすぐに書簡を貰ってね。カインを保護していたのはそこで初めて知ったけれど、それにも関わらず、調査隊へのねぎらいの言葉を貰ってしまった。私にはもったいないお言葉だが、きみたちには伝えておくべきだろう」

「そんな、俺たちにだってもったいないお言葉ですよ」


 イーノックが言うと、セスも何度も頷く。


「それでは、教会の騎士団に入るのはカインの望みだったのかい?」

「もともと騎士団に入りたかったらしいんですが、年齢が足りなかったって。それで孤児院にいたみたいです。その時に知り合いました」

「そうか。……きみたちはとても仲が良かったとも書いてあったよ。本当にすまないことをした……」

「……いえ。あの迷宮に入る以上……どうしようもできなかったのだと、今は思います」


 諦めのようにも聞こえる言葉だった。

 あえて言葉を選んでいるようにも。だが、そんな都合の良い妄想は消し去る。


「オルギス様。本来ならばカインを連れていた俺が、処分を受けてもおかしくなかったのです」


 隣で、イーノックが声をあげた。


「先程も言ったが、私はかつて迷宮に挑んだ身。それも勇者とだ。それが一人でも死なせたとなれば、そうなる運命だったのだよ」

「しかし……」

「イーノック。二人を連れてよく頑張った」


 オルギスが言うと、イーノックは目を丸くした。言葉に迷ったようにしばらく沈黙したあと、小さく、はい、とだけ言った。

 それから三人は、いろいろな話をした。主にオルギスが勇者と出会うまでの話をすると、勇者のどこか飄々とした実像に驚いていた。きっと実際に出会った者でなければ、神格化してしまうのだろう。巨大な蟲の魔物に驚いていた話をすると、セスはカインも小さな虫が触れなかったと言い出して、笑いを誘った。


「時間だ」


 監視官からの不意の声が聞こえ、三人は時間を思い出した。


「時間のようだ。また彼の話を聞かせてほしい。わたしが……弔いなどと言っても白々しいかもしれないが、彼のことを忘れず、背負って生きていきたいのだ」

「ええ、わかりました」


 二人が強く頷くさまに、オルギスは小さく頷く。


「どうか次に会うまでお元気で、オルギス様」

「私たちは一日も早く、謹慎が解かれることを願っております」

「ありがとう、二人とも」


 オルギスは監視官に連れられていく二人を見送った。

 それから、ひとり残されたオルギスは自室に戻って机の引き出しを開けた。


 そこには、ヒエロニム司教から急ぎで送られてきた手紙が入っていた。中身は当たり障りのない内容が書かれているものだ。

 小さくため息をつき、引き出すを元に戻す。

 しばらく机を眺めたあと、きびすを返して庭へと出た。


 ちらりと監視官たちが彼を見る。

 だが、オルギスは脇目も振らずに庭の隅に置かれた薪を見繕うと、今度は斧を手にした。そして、勢いよく斧を振り落とした。

 カコン、という小気味良い音が響き渡る。

 小さく息を吐き出しながら、薪を割っていく。何度も、何度もだ。

 汚れが顔につくのも厭わず、汗を拭う。一心不乱なその様子に、監視官たちもやがて目をそらした。

 何度目かの音が響いたあと、大きく肩を揺らした。息を整え、閉じた目をしっかりと開ける。


 ――カイン・ル・ヴァルカニア……。ヴァルカニア王族の末裔……。


 肩を揺らしながら、オルギスは頭の片隅でその名を唱えた。


 その名を告げたのは、ヒエロニム司教だ。

 司教の手紙は確かに当たり障りのない内容だったが、魔力を含んだその手紙には、空白部分に文字が隠されていた。


 ヴァルカニアの末裔。

 それが、カインの本当の出自だった。

 家族を病で失い、最後に残った教育係の乳母を亡くしたあと、カインはヒエロニム司教を頼ってここへやってきたのだという。出自が隠されたのは、教会の判断だろう。カインには偽の物語が用意され、孤児院で保護されたのだ。

 この時点で、教会は勇者とヴァルカニアの末裔の両方を掌握していたことになる。


 ――ブラッドガルドの復活さえなければ、ヴァルカニアの末裔を王に据える案もあったかもしれないな。


 斧を振り下ろす。小気味良い音が思考を鋭敏化させてくれる。


 だが普通に考えれば不幸な事故も、謎が残る。

 確かに本人は、ブラッドガルドを倒そうとしていたらしい。だが、上の判断で調査団に入れるだろうか。せっかく保護している対象が死んでしまうかもしれない。それも、ブラッドガルドが死んでいるならまだしも――生きているかもしれないのを確かめる為の調査に同行させるなど、通常ならばありえないことだ。


 ――教会も一枚岩ではない、か。


 カインの存在を有用だと思う者もいれば、邪魔だと思う者もいるのだろう。

 そしてそれは教会だけではない。

 さすがに他国のスパイがいるとは思いたくないが、取引をしている者くらいはいるかもしれない。では、その人物とは誰か。


 リクはバッセンブルグの冒険者でもあるが、バッセンブルグからすれば、自分たちのいいなりになるかどうかわからないヴァルカニアの末裔を据え置くことに

 たとえかつては助けを求められたとしても――元々、迷宮戦争は無人となったヴァルカニアを巡って起ったものだ。

 いくら女神が存在していたとしても、そこは譲らないはずだ。


 ――それに、女神様は……。


 オルギスは少しだけ視線を落としたが、すぐに首を振った。

 それに、孤児院時代からの親友と、あろうことか自分の部下だったものを疑いたくない。それにもともと、あの迷宮で命を落とすことはほとんど日常茶飯事でもあるのだ。


 ――ただ……。ただ、何者かの思い通りになった……ということなんだろう……。


 オルギスは息を吐いて、充分な量の薪を見つめた。

 だがそれでも、彼の心は晴れなかった。







 悶々とした気分が晴れないまま、数日が経った。

 オルギスはその日も面会を控えていたため、早めに朝の日課を終えようとしていた。ところがそう時間も経たぬうちに、玄関先が騒がしいのに気が付いた。


 ――……なんだ?


 思わず手を止めて、玄関先を見る。

 何かあったのかと思ったが、自分が出ていくのはためらった。


 玄関先を呆けたように眺めたままじっとしていると、次第に騒ぎの声は近づき、とうとう勢いよく扉が開いた。


「オルギス! 入るぞ!」


 騎士のひとりが慌てて扉を開けた。思わず目を丸くする。

 その後ろで、監視官たちが止めようかどうしようかと困惑した表情をしているのが見える。


「ど……どうしたんです?」

「大変だ……!」

「何があったんですか? 落ち着いて話してください!」


 顔をあげた騎士の表情には、暗いものは見えなかった。


「……り、リク殿が……、勇者リクが……戻ってきた!」


 オルギスはその言葉をゆっくりと噛みしめた。

 今度こそ心に温かいものが宿るのを感じ、ようやく表情が和らいだのを自覚した。

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