44話 もみじ饅頭を食べよう

 ヴァルカニア、東の旧村。


「ここの区画は、初年度は豆を植えるんだと」


 開墾予定地に集まった農民たちが、地図と荒れ放題の土地を見比べながら場所を確認する。


「種まきの時期が決まってるらしいから、それまでは土地ならしだ。それと平行して古い建物の修繕な。使えそうな所は解体して修繕に回すから、オークの奴らは、一人そっちに行ってくれると助かる」

「なら、おれがいく」


 オーク亜人の一人が声をあげると、リーダーの男が頷いた。


「話が早くて助かる。あとは……」


 話の中心になっているのは元からの荒れ地の住民だったが、この村には新たに迷い込んできた人々も多かった。それぞれ不安とともに希望を目に宿しているのがわかる。亜人や奴隷が普通に生活していることに最初は戸惑っていた人々も、魔力嵐の中にあっては、もはやそういうものとして受け入れてきているのだ。


「そういえば、前に誰かが言ってたんだけどよ。ツブアンって何かの豆なんだろ? ここには植えるのか?」

「なんだそりゃ? そんなのあったかな」


 リーダーが首を傾げると、誰かが驚いた声をあげた。


「えっ!? ツブアンって武器か何かの名前じゃないのか?」

「いや、ツブアンってな魔法の名前だろ?」

「どういうことだよ」


 さすがにツッコミが入る。

 豆の名前にして武器か魔法の名前とは、とんだ正体不明の物体である。


「いや、実はこのところ噂になってることがあってな」

「おう、俺もたぶん同じのを聞いてるわ」

「だからなんの話だよ」

「ブラッドガルドの弱点が、ツブアンって話だよ」

「……えっ?」


 それこそ初耳だ、というような空気が流れた。







 突然だが、ブラッドガルドはつぶあんが苦手である。


 というのも、彼の世界で豆はスープにしたりソースにしたり料理に添えたりと、基本的に塩味にする食べ物である。

 そんな中で、つぶあんは砂糖とともに煮込む甘い味のものであり、さらに豆の粒が残るつぶあんは、その存在を受け止めきれないというのが主な理由である。


 しかし、こしあんは食べる。

 豆の形が無いからである。


「ほら、ブラッド君て大判焼きとか鯛焼きとか中身がつぶあんだって聞くと、目に見えて嫌がるじゃん」

「当たり前だ、豆が甘いなど考えられん」

「こしあんは!?」

「あれは豆の形が無い」

「どういうことなの!?」


 とはいえ、つぶあん派とこしあん派の闘いは触れてはいけないのだ。

 瑠璃のような「どっちも良いよね」というような中立派は、黙って粛々と見守っておいたほうが賢明なのである。たぶん。


「でも、このもみじ饅頭っていうのはこしあんが基本みたいだから、ブラッド君も食べるかなって思って」


 瑠璃が持ってきたのはもみじの形をした饅頭、つまるところもみじ饅頭だった。

 紙袋の中に入れられたそれを、いくつかテーブルの上に出す。


「ということは、つぶあんは無いのか」

「いやそれは存在するけど」

「どういうことだ」


 さすがにツッコミが入った。


「いやなんか、基本はこしあんなんだけど、めっちゃ偉い人が『つぶあんは無いのか』って聞いたからつぶあんも出来たとかいう話があって」

「……」


 完全に「作らなくてもいい」という表情をするブラッドガルド。


「それにもみじだし」


 ドヤ顔の瑠璃。


「意味がわからん」

「もみじは秋がキレイなんだよ!」


 また始まった、とばかりにブラッドガルドは瑠璃の季節感を無視した。

 テーブルの上に並んだもみじ饅頭をひとつ手に取ると、まじまじと見つめる。


「……若あゆ?」

「あー。カステラ生地だから見た目はともかく感触や食感は似てるかもね」

「だが中身はこしあんか」


 包んだビニールの袋を破き、中身を取り出す。

 ブラッドガルドの手にはひどく小さく見える。そのままぱくりと半分だけを口に入れる。


「……どう?」

「……まあまあだな」

「そっか!」


 もはや恒例行事のような会話を済ませてから、瑠璃も一つ手に取る。


 カステラ生地の、焼けた甘い香りがふわりと駆け抜けていく。ぱくりと口の中に入れると、真ん中のこしあんの控えめな甘さが皮と一緒に舌に広がる。生地は焼いてあるといってもふわふわしていて、舌触りもいい。

 すべての和菓子と同じように、温かなお茶が欲しくなる。


 久々に食べたというのもあるけれど、ほっとするような時間だ。

 それは目の前にいるのがすり切れた服で頭から角の生えた魔人であっても変わらない。

 口の中の甘さをお茶の僅かな苦味が流してくれて、中和しながらほんの少しの名残惜しさを残していく。


「んむっ。美味しい……!」


 その様子をブラッドガルドが見つめるのもいつもの事である。

 もう一個、と瑠璃は手を伸ばす。

 すると、やっぱり瑠璃が手を伸ばした先の饅頭がかっ攫われていった。何故わざわざその手段をとるのかだけは謎である。

 その饅頭を口にする前に、ブラッドガルドは指先でつまみながら言う。


「そもそもマンジュウとは何だ」

「えっ、そっから言わないとダメ?」


 代わりに隣に転がったもみじ饅頭を手に取りつつ尋ねる。


「説明してないような気がするからな」

「そうだっけー?」


 もはやよく覚えていない瑠璃。


「まんじゅうは、餡子を小麦粉とかで作った生地でくるんだお菓子のことだよ。種類はだいたい蒸し饅頭と焼饅頭にわかれるね。だいたいの人がまんじゅうって言われて思い浮かぶのは蒸したほうじゃないかな?」


 中身の餡子のほうも基本的にこしあん・つぶあん以外に美味しいものならなんでも良いというような風潮があり、ゆずあんや抹茶あんなどの和風なものから、近年ではチョコレートを入れるような洋風のまんじゅうも存在する。


 また同時に、小麦粉の代わりに生麩でくるむ麩まんじゅうや、水まんじゅう――または葛まんじゅう――のように、くず粉を使った透明の生地を使うものもあり、その種類は豊富だ。


 更に、形に至ってはごく普通の丸形に限らず、上から潰したり、型を使ったもので色々と変化する。作った人間によっても味や作り方が変わることから、同じだけ種類があると言っても過言ではない。

 全国各地、それぞれの銘菓としても存在している。


「福岡県の名物なのに、なぜか東京土産で有名な『ひよ子』も一応おまんじゅうの一種だよ」

「前半の意味がまったくわからんが」

「東京五輪をキッカケに東京に進出したら、東北新幹線の開通後に東京銘菓として知られるようになって……。いや、この話もうやめよう。次に行こう」


 一応、今は形状などに違いがあるらしいが、下手に福岡県民を敵に回したくない。


 瑠璃は咳払いして話を変える。


「もともとは中国から、別ルートで酒饅頭っていうのと、小麦の饅頭が入ってきた。その当時は羊羹と一緒で、あんこの部分には肉が入ってたんだけどね。甘いあんこを入れるようになったのは日本に入ってきた後だよ」

「肉が食えないのはともかく、代わりに甘い豆を入れようという発想はいったいなんなんだ」

「まあ……あれじゃないかな。代替品的な」

「代替品……」


 まだ何か言いたげなブラッドガルドをさらっと流す。


「由来は、三国志とかで稀代の天才軍師として有名だった諸葛亮孔明の逸話があるよ」

「諸葛亮孔明?」

「うん。蛮国を滅ぼした帰りのことなんだけど」

「貴様、我には文句を言うくせに自分も軽いな」

「ある川を渡るのに、生贄が必要だった。人の首を切って川の神に捧げていたってことだね。だけど孔明はそんな野蛮な行為を避けるために、人の頭くらいの大きさの、小麦粉で作った皮に肉を入れてものを代わりに捧げて渡ったんだ。そこから転じて、『蛮の頭』蛮が『饅』に変化してマントウって呼ぶようになった。それが日本に渡ってきてマンジュウになったってこと」


 瑠璃は一息ついたが、応える声はなかった。


「……ブラッド君?」

「……。……ん? なんだ。続けろ」

「うん?」


 一瞬、変な間があったような気がした。何に引っかかったのかわからないが、ひとまず続けることにする。


「で……、……それで、なんだっけ?」

「もみじ饅頭が数多くの種類の一つという話だろう」

「えーっと? あ、そうそう。そういう感じでもみじ饅頭は焼饅頭のひとつだね。もともとは日本の広島にある厳島っていう島の名物だよ。一九〇六年に『高津堂』ってお店の高津常助って人が考案したんだけど、独占しなかったことで、のちのちは広島に限らずいろいろなメーカーがもみじ饅頭の名称で商品を出してるよ」


 一息おいて、スマホをスクロールする。


「厳島っていうのは日本三景にも数えられるくらいの島でね。島自体が自然崇拝の対象で、厳島神社っていう世界文化遺産にも登録されてる神社がある。で、まあそんなところだからなのか、後の大正天皇や、伊藤博文みたいな要人って言われる人たちが多く滞在したりしたんだね。とくに、紅葉がキレイな紅葉谷ってところにある老舗旅館ではそういう人たちが多くいた」


 秋といえば紅葉というくらい、日本の四季に関わっている。

 そして全国でも紅葉谷と呼ばれるところは、そんな秋の景色に相応しいところばかりだ。


「そこで女将さんから『お客様に、紅葉谷にふさわしいお菓子が作れないか』って依頼されて作られたのがもみじの形をした饅頭」

「ああ、そういえば以前……」


 和菓子で四季を表現することが流行ったとか、風流だとか、雅だとか。そういう話をしたのを思い出したらしい。


「まあそこで、伊藤博文が冗談言った説もあるけどね」

「なんだそれは」


 普通にツッコミが入った。


「給仕をしていた娘さんの手を見て、もみじのような可愛い手だ、焼いて食べたら美味しそうだねみたいなことを言ったのを聞いて、ヒントにしたとかそういう」

「……そいつは、人の手を食うのが趣味なのか……?」

「いやそうじゃないよ!? たぶんほら、食べちゃいたいほど可愛いというか、普通に口説いたというか」

「……ああ」


 どうやら理解はしてもらえたらしい。


「初代総理大臣なんていう固い肩書きの割に女好きの好々爺、っていうギャップが親しみやすいみたいな感じで、話が出来たんじゃないかなあ。ありえないことじゃない、みたいな。俗説だろうけどね。今だったら普通にネットで叩く人がいそうではあるけど」

「そうなのか?」


 瑠璃は微妙に困った顔になる。

 別にそこを突っ込んで主張したいわけでもなかった。


「まっ、まあ、価値観なんて個人間でもそうだし、時代ごとにも変わるからね! おまんじゅうだって、時代が変わって首を捧げる代わりに似せたものを捧げるみたいな……?」

「……。……まあ、存外に厄介ではあるな。……価値観と、いうのは」


 ブラッドガルドは一瞬、苦々しげに眉間に皺を寄せていた。

 迷宮を攻略される側としては色々思うところあるのかな、と瑠璃は納得する。


「でも伊藤博文の冗談説、これ買ったとこでも『もみじ饅頭の由来です!』みたいな顔してパネルで説明されてたけどね」

「どこも同じなのか貴様らの所は?」


 いわゆる姫君が嫁入りの際に持ってきたとかそういう類の話にとらえたらしい。


「で、まあもみじ饅頭なんだけど」


 第二次世界大戦後、国内が落ち着いてくると、観光客の増加にともなって知名度も右肩上がり。その頃には他の味のあんができて、更に一九六一年には機械化が進んで大量生産が可能になる。


「八十年の漫才ブームでネタのひとつで盛り上がって、全国的にもみじ饅頭もブームになって……そのころに!」


 瑠璃は袋の中からカスタードクリーム入のもみじ饅頭を取り出す。


「色んなバリエーションが増えてったわけ」


 すべて言い切る前に、その手からカスタードクリームがかっ攫われていった。


「あ、他にも九十年代には『ぷよまん』が人気になったり」

「は?」

「『ぷよぷよ』って人気ゲームのキャラをもみじ饅頭の焼き型で作ったんだって。開発元の会社が広島にあったらしくて」


 スマホでなんとか画像を検索して見せる。


「こういう感じで周期的にヒット要因があったんじゃないかな。というか私も初めて知ったんだけど」

「何故貴様が知らんのだ」

「別の会社のゲームだと思ってたし……。あとで対戦しない?」

「……」


 今度は明らかに面倒臭いというような表情をする。


「それで、今も新しいアイデアを取り入れたりして、色んな味や食感のものが出てるみたいだよ。もみじ饅頭を揚げたり」

「それは迷走とは言わないのか?」

「食べてみないとわかんないじゃん」

「それもそうだ」

「いやでも現地でしか食べれないものってあるしさ。行けるなら行きたいよね」


 ナチュラルに行動範囲が広がる瑠璃に、ブラッドガルドは無表情に目を瞬かせただけだった。


「まあ、でも! 今はだね!」


 瑠璃は袋の中に手を突っ込む。

 そして、茶色いシールが貼られたもみじ饅頭を取り出した。


「チョコレートを賭けて、私とぷよ勝――」


 今日一番の反応速度で、ブラッドガルドが動いた。

 瑠璃が瞬きをした直後には既に至近距離に迫っていて、腕を掴まれる。


「あっ、ちょ、数少ないんだぞ! せめて半分こ!」

「黙れ」


 僅かな抵抗が失敗に終わったのは言うまでもなかった。

 ああでもいつも通りだな、と瑠璃は思う。何かざわついたようなものを心の奥底に押し込める。チョコレートのもみじ饅頭を口に入れられるのを見ながら、反撃の手刀は落とした。ダメージはゼロだった。




 後日、ヴァルカニア内・カインの執務室――。


「あの……瑠璃さん……。最近、ブラッドガルド公はツブアンなる豆から作った聖剣が弱点だというよくわからない噂があるんですが……どういう事かわかります……?」

「ごめんマジで意味わかんない」

「我はチョコレートのほうが怖いが」

「ドサクサ紛れに饅頭怖いやらないでくれる?」

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