34話 金平糖を食べよう
「やあ、きみたち!」
瑠璃が瓶を片手にしゃがみこむと、ぱちぱちと瞬きをしながら球体が見上げた。
笑顔で手を振ると、球体たちは細い蜘蛛のような足を動かしてカサカサと近づいてきた。
彼らはブラッドガルドが作り上げた眷属だ。
眷属というのは使い魔ともいい、魔物の作り出す手下だ。
魔人が魔力で作り出す眷属に加えて、いわゆる女王蟻に対する働き蟻のような、家族的なコロニーを形成するタイプもそう呼んでいるらしい。
加えて、強力な魔物であればあるほど眷属も強力というのが定石のようだ。
肉に覆われてはいるものの、さすがに眼球ひとつぶんしか無い生物の是非はともかく。慣れというのはあるもので、数匹程度なら瑠璃は驚くことなく接するようになっていた。
その様子を、少し離れた場所から冷淡な目が貫く。
「……戻ってきたと思ったら……、何をしている」
そう、今日のお茶会は既に終わっている。
だが瑠璃はお菓子の箱を片付けて部屋に戻ったあと、勝手知ったるとばかりに再び部屋に入ってきたのだ。
瑠璃は手に持った瓶の中から、コンペイトウを取り出した。
「コンペイトウあげれば可愛くなるかなぁって」
ぱらぱらと球体にコンペイトウを落としつつ言う瑠璃。
その発想に真顔のままため息をつくブラッドガルド。
「……なにゆえ外見にこだわる」
「いやこだわろうよそこはー」
とはいうものの。
あまり意味の無い会話である、というのはブラッドガルドも気付いたらしい。
「ふん。そうか」
ブラッドガルドはそのまま目線を逸らす。
瑠璃も目線を球体たちに向けたままだった。
「……待て小娘」
「ヴァアアアー!? ビックリした!!」
一秒足らずで真後ろに現れたブラッドガルドにおののく。
ついさっきまで部屋の対角あたりにいたのが、秒で至近距離に来られて驚かない者はきっといない。
「なに急に!? めっちゃビックリしたんだけど!?」
「なに、ではない。なんだそれは」
「何ってブラッド君が作ったやつでしょ!?」
球体たちのほとんどはわたわたと慌てたようにちりぢりになってしまった。
「違う」
「えっ、じゃあなに……。あっ、可愛い瓶でしょ?」
「違う」
「なんだよ!? コンペイトウのこと!?」
「そうだ、それだ」
ブラッドガルドは視線を落とす。その闇がいっそう深まった。
「貴様、よりにもよって我が眷属どもに先に供物を差し出すなどという不届きな行為に出ようとは……」
「いや何言ってんのかわかんないんだけど……要は金平糖が食べたいってこと?」
「……」
「そこで黙んないでくれる……?」
でも多分そういうことなんだろう、というのは理解した。
瑠璃は手に残ったコンペイトウを数粒、わらわらと群れてくる眼球たちに落とす。
「要は自分より先に眷属にあげるなって事でしょ」
「理解しながら何故ばらまく?」
「これは先にあげちゃった奴だし……。というか、コンペイトウって見たことなかったっけ。砂糖の塊なのは一緒でしょ」
「そんな事は知らん。ともかく、それは何なんだ」
あきらかに「説明しろ」の眼を向けてくるブラッドガルド。
「えー……明日じゃダメ?」
「貴様はこの後空いていないのか?」
「……」
ぐぬぬ、と瑠璃は小さく呻いた。
*
「どうしてこうなった」
「それは貴様が悪い」
ブラッドガルドはしれりと言った。
興味と好奇心の塊が首をもたげたブラッドガルドは、こうなってしまうと止められないのだ。それは瑠璃も心得ていたはずなのだが、すっかり忘れてしまっていた。
「これは、コンペイトウ」
瑠璃はテーブルに置いた瓶の蓋を指先で抑え、軽く揺らす。
「漢字で書くと『金平糖』――『金平』は強いって意味があって、砂糖の味が強い金平糖、ってことみたい」
それから蓋を開けて、中に入れられた星型の粒を取り出した。
小さな粒は口の中に入れると、ころりと舌先で転がった。つんつんとした突起がぶつかると、その姿にふさわしい小さな甘みを残していく。
砂糖の塊、とはいえ、その小さな姿は上品でさえある。
かつんと歯で砕くと、甘みが広がった。
「……強い、の意味がわからんぞ」
「んー……たとえば同じ漢字を書くもので『キンピラ』っていう主にゴボウを使った料理があるんだけど」
このキンピラは、まずゴボウが精の付く食べ物であったこと。
そして、怪力と京の鬼退治で有名な坂田金時(金太郎)――の息子の金平に由来するといわれる。金平もまたその怪力から浄瑠璃の題材となって人気を博したり、金平人形として残っているのだ。
ゆえに、「金平」は強い者のたとえだ。
金時豆も金時に由来するが、これは坂田金時が赤ら顔であることに由来して、赤いものを金時というようになったという話がある。
「けどこれは、どっちかっていうとこじつけ感があるね」
「こじつけなのか?」
「うん。たぶん実際は当て字なんだと思う。もともとはポルトガルから渡ってきた『コンフェイト』が訛ったものだからね」
「……そうなると、おそらく当て字だろうな。後々から意味を足されたようなものか」
「ただ、金平糖自体も砂糖の塊だからね。わかるでしょ」
「……」
瑠璃が目線を動かすとブラッドガルドの手がぴたりと一瞬止まったが、コンペイトウをつまんだ指先がまた動き出した。
「……まあ、そうだな」
何故か視線を逸らしながらコンペイトウを口に入れた。
「ね。日本では一五四三年、種子島にポルトガル人が漂着して、そこからヨーロッパとの交流が始まった。そのとき、カステラなんかと一緒に入ってきたのが金平糖。諸説あるけど、一五四六年って言われてるみたい。
砂糖を輸入に頼っていた日本では、金平糖なんていう砂糖の塊は驚きだったし、貴重な品物だった。今でも贈答品や慶祝用途で使われているけど、当時は権力者への献上品って意味でも充分だった。
有名どころだと、一五五九年。ルイス・フロイスっていう宣教師が、日本へのキリスト教布教の許可を得るために、時の権力者――織田信長に献上したことでも有名だね」
瑠璃はスマホの画面をスクロールさせる。
「他にも日持ちの良さが買われて、皇室の引き出物として利用されてるよ。
これは近代になってからの話だけど、皇室で宮中宴会なんかの記念品として出席者にボンボニエールっていう菓子器が配られるんだ。
けど、中が空だと体裁が悪いからって金平糖が選ばれたんだって。実際に、慶事に応じた古典の意匠を施された和風のボンボニエールに金平糖が入ったものが引出物に使われてるよ」
ボンボニエールはボンボン(糖衣菓子・砂糖菓子)入れという意味の菓子器だ。
ボンボンはボン(良い)をつなげたフランス語で、もともとはアーモンドを砂糖の殻で包んだものだ。近年ではキャラメルやグミを含んだキャンディ状菓子の総称になっている。
チョコレートでウィスキーを包んだものはウィスキーボンボンだし、砂糖の膜で酒を包み込んだ形状もボンボンという。
またドラジュワールともいい、そちらの名はドラジェという菓子からきている。
アーモンドに糖衣をまぶしたドラジェもまた、慶事に贈られる菓子である。特にアーモンドが実の多さから子孫繁栄などを意味する象徴であるため、イタリアでは「幸福・健康・富・子孫繁栄・長寿」を願って五粒を配ったりなどするようだ。
このように、ヨーロッパでも砂糖菓子は慶事の際に贈られるものなのだ。
だが、次第にその入れ物のほうにも意味が拡大した。入れ物は細工を施され、装飾性の高いものが生み出され、菓子入れそのものも価値あるものとなったのだ。
「……貴様はそんなものを我が眷属へ先に献上したのか……」
「ええー? いいじゃん別に。ほら、えっと、そっちは菓子入れの話だし!」
ブラッドガルドの目線が瑠璃から金平糖の瓶へと落ちる。
確かに目の前にある瓶は、割と平均的なものだ。ジャムが入っていることもある。入れ物として贈り物になるかどうかというと、むしろ中身のほうに期待してしまう。
「……まあ良い」
「ただ、元になってるコンフェイトはこれほどイガが無くて、形状がだいぶ違うみたいだね」
「またそのパターンか」
「極めるのが上手いって言ってよ……。
それに、金平糖はレシピがなくてね。職人さんたちの努力あってここまできたんだよ。
作り方も同じなんだけど、現地だと五日間くらいで作り上げるのが、日本だと十日から二週間はかけるみたいだし。だからこういう形になる。
今も伝統的なお店だと、体で覚える人もいるんじゃないかな」
瑠璃はそれだけ言うと、おもむろに手を伸ばす。
「それから――」
ブラッドガルドがつまもうとしていたコンペイトウを一粒、先にかっ攫う。
宙に浮いたブラッドガルドの手が、一瞬止まった。
「この特徴的な角も、金平糖ならでは、だよ。
現地でも、さっき言ったみたいに角のあるコンフェイトが作られてるところがあるけど、ほとんどはドラジェっていう糖衣菓子に似てるみたい。
この角がどうして出来るのかいまだに解明されてない。なんとか数を平均化させよう、って試みはあるみたいだけどね。
金平糖は星に例えられたりもするし。空から金平糖とか、それはそれですごく見たくない!?」
「……そうか?」とやや納得いかない声をあげるブラッドガルド。
瑠璃の考えるロマンとはやや合わないのである。
「ちなみにダンゴウオの仲間で、こぶ状突起、っていうの? 体中イボイボの魚がいるんだけど、それもコンペイトウって名前が付けられてる」
「……」
ブラッドガルドは、安直すぎるだろう、というツッコミを放棄した。
「コンペイトウは当初はほとんど色違いだったけど。今では色んな味をつけたり、お酒で作ったりしてるみたいだね」
「なるほど。その酒で作ったのはいつ持って来られるんだ」
「反応が早い!」
さすがにそれは調べてみないと無理――ということを伝えると、ブラッドガルドは眉を顰めた。
しかしそれで説明が一段落ついたと判断したのか、
瑠璃は瑠璃で、トトト、とテーブルの上にあがってきた眼の球体にコンペイトウを落とす。
「……慣れたな」
「いやそりゃ慣れるよ。眼が合うのはまだちょっと慣れないけど、形状にはね……。でも、この子たちはなんで作ったの?」
「……そうだな、あまり意味は無い。だが、これはこれで役に立つ」
「どんな?」
不意に振り上げられた平手が、テーブルを突然叩いた。
その手は丸い眼球を叩きつける。
「ヴァアーー!?」
「うるさい」
潰れた何かが出てくるのではないかと思ったが、テーブルから離れた手の下には、何も残っていなかった。
「まず、数が多い。そのくせ、何もしてこない。弱い。欠片すら残さない。魔力から作られた眷属は、倒されれば魔力だけが固まって魔石と化す。しかしこいつらはこの通り、最小単位の魔石にもならない。数百単位で一気に潰したとしてもだ。その程度の強さと魔力容量しかない。冒険者どもにとっても――うま味がない。最初はともかくな」
「お、おう? それはわかったけど潰すのは二度とやるな……」
眉を顰める瑠璃に、珍しそうな視線を向けてから、話を続ける。
「だが、だからこそ――密やかに動き回れる」
ブラッドガルドは壁に目線を映すと、つい、と指先を向ける。
「……見ろ」
そう言った途端、球体たちが一斉に壁を向いた。球体の眼から発せられた光が壁に集まったかと思うと、そこにひとつの映像を映し出した。
「……おおお!?」
映し出されたのは、迷宮だった。
「か……カメラアイ!」
思わず叫んだ瑠璃を、ブラッドガルドが横から眺める。
それはいくつかの光景を映し出していた。動画のようだし、複数の球体が集まって視点を広げることもあった。眼しかないからこそ、眼の働きに特化した眷属だ。
迷宮はひどく荒廃していた。薄暗く、陰鬱で、闇の奥に何が潜んでいるかわからない。どこもかしこも同じだった。妙な気分になる。瑠璃はちらりとブラッドガルドを見た。
そして最終的に、砂嵐が見えた。所々ノイズが走っていて、そこをちまちまと歩いてはブラックアウトし、そして別の映像に切り替わる。
「いや全然見えないんだけど何これ?」
「……地上の……迷宮に浸食されて滅んだあたりだな。思ったよりも魔力嵐が酷いな。あの小僧に自分の土地の荒廃具合を見せてやろうかと思ったが」
「えっ、何それ」
「親切心だ」
「絶対親切心じゃないでしょそれ! 笑ってんじゃん!」
「何の話だ?」
図星らしかった。ただの嫌がらせだ。
「っていうか待って、カイン君そこの土地の人なの?」
「血を引く王子らしいが」
「はああ!? 情報が追いつかないんだけど!?」
「……うるさい」
さすがに矢継ぎ早に言われると面倒になったのか、ブラッドガルドはその一言で断じた。
「こ、このやろう……!」
だが、砂嵐のようなものが徐々に晴れていくのに気が付いた。最初は気のせいかと思ったが、次第にみどりが増えていく。相変わらずカメラの魔物は魔力嵐で吹き飛んで次々ブラックアウトしているものの、弱くても数はいる。残機が多いのだ。
「……待って、なにこれ?」
「一応は我が迷宮の範囲内だ。……だが、これは……」
ブラッドガルドは眼を細めた。
「……土地そのものには興味が無かったからな。しかし、その間にずいぶんと……勝手なことをされていたものだ」
「でも、これって……」と困惑する瑠璃。
「……なるほど。これは……嫌がらせは延期だな」
ブラッドガルドはにたりと笑う。
「……おそらく地上の人間どもも、”これ”に気付いていないのだろう。荒れ地の……魔力嵐の中心に……こんなものがあるとはな!」
二人の前に映し出された光景――そこには、荒れ地から隠れるように緑に溢れた小さな土地があった。確かに村のようなものが存在している。そして、何かに気付いたように人影が近寄ってきたかと思うと――訝しげに何か呟いた。
おもむろに足の影が落ちたと思った時には、音もなく最後の映像は途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます