第7話 白猫との再会

「待たせたな」


 なかなか戻ってこないスレイマンを待つのに疲れ、横になっていたところ、やっと戻ってきたようだ。

「どこに行っておられたのですか」


「護衛にと思ってサルマンを探していたのだが、見つからず……」

「護衛って猫ですか……」

 サルマンとは武人のような貫禄のあるトラ猫だ。考えることがスレイマンらしくて可愛らしい。


「仕方がないので、代わりにこの者を連れてきた」

 そう言いながら、スレイマンはイブラヒムの横に茶色い猫を置いた。

「……またお前か……トルハン……」


「そういうことだ」

 そう言って、スレイマンも布団の中に入ってきた。

「ここからここまでは私。お前たちはそちら側だ。侵犯するなよ?」

 一方的に寝台に指で線を引き、「おやすみ」と口付けたかと思うと、スレイマンは背を向けて丸くなった。


(お前たちは……って……)

 何故、情事の後に、恋人ではなく雑種の猫を抱いて眠らなければならないのか……。


(いや、スレイマン様なりに気を遣っておられるのか……?)

 自分がスレイマンを汚し、罪に誘ったと考え、それ故にスレイマンのひたむきな愛情を“重い”と思ってしまった。


(いや、それも考えすぎか……?)

 スレイマンの考えることはたいていイブラヒムの予想の斜め上を行く。

(……もう、寝よう……)



「スレイマン様!?」

 目の前をすっと通り過ぎていく白猫に、イブラヒムは思わず呼びかけた。

 前に、夢の中で出会った白猫の“スレイマン様”だ。


「どうした、イブラヒム」

 白猫は答えた。

「あれ……スレイマン様、喋れたんですか?」

 前の夢では喋れなかったはずだ。


「何を言っているのだ、毎日話しているではないか」

「ええ、そうなのですが……」

 イブラヒムは白猫のスレイマン様を抱き上げた。

 華奢だが手足の長い、美しい白猫だ。


「スレイマン様、以前は人間ではありませんでしたか?」

 イブラヒムの問いに、“スレイマン様”は不快そうにイブラヒムの腕を尻尾で軽く打った。


「何を言っている、今も人間ではないか」

(いや、普通、人間は尻尾で打ったりしない……)

「でもスレイマン様、このふさふさの尻尾や尖ったきれいなお耳は猫のものだと思うのですが……」


「そなたは、人を見た目で判断するのか?」

“スレイマン様”は翆色の目でまっすぐに見た。

「では、お聞きします。人間のスレイマン様は、自由意志により神に背くことができました。貴方にもそれができるのですか?」


「もちろんだ。私は人間だから、神に背くこともできる。だが、人間にできるのはそれだけではない」

 ”スレイマン様”は挑発的な目でイブラヒムを見た。

「それは、何ですか?」


「にゃあ」


 何と、普通の猫の鳴き声が返ってきた。

「え?待って下さい、スレイマン様、アラビア語でもペルシア語でもいいので、人間の言葉でお願いします……」

 白猫は、わかりの悪い奴め、という目でイブラヒムを見て、続けた。


「にゃあ、にゃ、にゃにゃにゃ、にゃああ、にゃあ、……にゃう?」

 わかったか?と言わんばかりの目だ。

「わかりません、スレイマン様、スレイマン様……」



「にゃあ……にゃあ……」

 はっと目が覚めると、耳元で猫が鳴いていた。

 いつもの、茶色い雑種の姿があった。

「トルハン……お前のせいでスレイマン様のお話が……」

 懲らしめてやろうと、猫の脇腹をくすぐった。


「朝から仲がいいな……私が何だと?」

 いつの間にか一度自室に戻ったらしい。きれいに身なりを整え、ターバンも巻いたスレイマンが現れた。


「……スレイマン様、人間に戻られたのですね……」

「……何を寝ぼけているのだ……?」

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