第11話 「商人の心は秋の空?」

「お久しぶりですルークさん。こんなところで会うなんて奇遇ですね」


 そうですね、奇遇ですね。

 若干この女なら奇遇を装って近づいてきたとも考えられるが……まあさすがにそれは考え過ぎだろう。スバルが絡んでるわけでもないんだし。


「ところでルークさん」

「ん?」

「さっきわたしと目が合った時にげ……って顔しましたよね?」


 純度100%の作り笑顔で言うのはやめてくれませんかね?

 素直にムスッとした顔で言われる方が精神的に優しいので。


「そうだな」

「ここで嘘や言い訳をしないあたり、わたしのルークさんへの好感度は上昇しました。同時に開き直っているようにも感じたので不快でもありますが」


 それは結果的に上昇してないどころかマイナスなのでは?


「まあそれはどうでもいいとして」

「どうでもいいなら言う必要があったのか?」

「多少なりとも会話を増やそうとわたしなりに努力した結果です。そもそも、わたしとルークさんの関係って仕事上の付き合いを除けば恋敵じゃないですかー。平和でのんびりした会話だけだとダメだと思うんです。やっぱりどこかしらで火花散らさないと」


 いえいえ、俺とスバルは付き合ってはいないので俺と君は恋敵ではありません。

 まあそこはこちらが意図的に騙した(本当はバレてる気がしないでもない)ので置いておくとしてもだ。

 別に火花を散らす必要はないと思う。何事も平和的に進むのが1番なのだから。


「話を戻しますが、ルークさんはここに何しに来たんですか?」

「お前に言う必要があるのか?」

「ありますよ。だってわたし、ここでの用が終わったらルークさんのところに行く予定だったので。もしかしてですけど……わたしに卸す商品が完成しなくて逃げようとしてました?」


 明るく話していたかと思えば、すぐに低い声で脅しをかけてきやがって。

 まったく……俺が気弱な奴だったらどうする。下手したら涙浮かべてヒィーヒィー言ってたぞ。

 お前はもう少し自分の怖さを自覚するべ……自覚した上でやってるだろうなこいつ。ならこういうこと考えるだけ無駄か。


「そんなことする奴が鍛冶で生計が立てれるか。お前に卸す分はとっくに出来てる」

「お~それはそれは。さすがはルークさん、仕事が早いですね。仕事が出来る男の人ってわたし的に点数高いですよ」


 その点数は、元ある点数に加点されるのか。それともベースとなる点数になるのか。

 個人的にそれによって変わると思うのですがね。

 どこかで女性の恋愛は減点方式で、妥協ラインを下回らなければ彼氏に採用みたいな話を聞いたし。


「そりゃどうも」

「……あのーもう少し喜んでくれてもいいんですよ~? わたしみたいな可愛い女の子に褒められてるわけですし。別にデレデレしちゃっても誰も文句は言わないと思います」

「そうか。でもな、俺の表情が緩まないのは単純にお前にデレデレする理由がないからだ」


 俺がもし思春期真っ最中の中高生や女性に極端に慣れていない男だったなら、フッテンビリアの言葉に喜んでいたことだろう。

 ただ実際は、俺もすでに20歳を超えた社会人。一癖、二癖あったりする者も居るが、異性との交流だってある。一回りくらい違う少女のあざとさに気づかないはずはないし、鼻の下を伸ばすようなこともない。


「お前の自分に自信がある言動は嫌いじゃないが、俺のことをからかいたいならもう少し色気やら身に付けてからにするんだな」

「む……何ですか、その露骨な子供扱いは。わたしには色気がないって言うんですか? これでも人並みに胸だってあるんですけど」


 そこでムキになっているあたり子供だと思うんですがね。

 あと胸の大きさで色気は決まりません。あなたよりも格段に胸が大きいのに色気の欠片もない女の子を俺は知っていますから。

 そもそも……胸の大きさで張り合うのは分が悪いと思います。

 だって、俺の身近に居る異性ってシルフィやスバル、エルザにヴィルベルとかだから。

 性格的に良くないのも混じってるけど、全員フッテンビリアより胸も大きくて身長も高い。スタイルの良さや色気で張り合うには分が悪すぎる。


「諦めろよフッテンビリア。世の中には人並みじゃ敵わない奴も居る」

「あのー何で貶すような内容なのにルークさんの目はわたしを哀れんでいるんですか? ……まあ別にいいですけど。わたしの目的はスバル様であってルークさんではないですし。わたしがルークさんに望むのは鍛冶職人としての腕だけです!」


 この子って本当俺に対しては猫を被らないというか、本音をひたすらぶつけてくるよね。普通ならもう少しくらい建前を口にするもんだと思うんだけど。


「さて、一段落しましたし話を本題に戻しましょう。夜逃げなどではないとしたらルークさんはここに何をしに来たんですか?」

「さっきも言ったがお前に言う必要があるのか?」

「こっちもさっき言ったじゃないですか。ここでの用事が終わったらルークさんの家に行く予定だって。もしかして聞いてなかったんですか? 女の子の話をちゃんと聞かない男の人はモテませんよ」


 一般と異なる恋愛しているあなたに言われても説得力に欠けるんだけど。

 別に同性愛を否定するとかそういうつもりはないし、スバルからの頼みがなければ応援をしてもいい。

 たださ……何でこう俺が知り合う異性は、すぐ俺に対してそんなんじゃモテないとか言ってくるのかね。同年代の既婚者から言われるのはまだ分かるけど。


「はぁ……私用で遠出するからその準備で立ち寄っただけだ」

「なるほどなるほど、ちなみにその私用というのは?」

「…………」

「私用というのは?」


 そこで作り笑顔を崩すことなく再度尋ねるとか図太い神経してんな。

 まあこれくらい図太くないと商人なんてやってられないのかもしれないが。


「……より良い魔剣グラムを打つために刺激が欲しくなってな。だから別の魔剣鍛冶グラムスミスに会いに行くだけだ」

「別の魔剣鍛冶ですかッ!?」


 フッテンビリアの目がキラキラと輝き始める。

 魔剣を扱える鍛冶職人は世界的に見ても少ない。その中には、ただ自分の思うがままに魔剣を打ち、商品を誰にも卸さない者も居る。

 故に商人からすれば、少しでも多くの魔剣鍛冶と知り合り、契約を結べた方が得なのだ。だからフッテンビリアが興奮するのも無理はない。

 しかし……それでも言わせてくれ。

 声がデカい!

 周囲が思わず身動きを止めてしまうような声を出すんじゃないよ。俺の聴力が下がったらどうするの。そうなった時、君は責任取れるんですか。


「その人って誰なんですか? どこに住んでるんですか? わたしもぜひお会いしてみたいです!」

「ダメだ」

「何でですか? というか、即行で断るとか鬼ですか。わたしは可愛い年下なんですよ。もう少し優しくしても罰は当たりません」

「俺だって今回初めて会いに行くんだ。相手がどんな性格なのかも分からないのに、お前みたいな騒がしい奴を連れて行けるわけないだろ」

「わたしが騒がしい? あはは、ご冗談を。騒がしいっていうのは、アシュリーさんみたいな人のことを言うんですよ」


 そうですね。あいつに比べたら君は騒がしくないですね。


「仮にそうだったとしても商売相手には猫を被るので大丈夫です♪」

「こっちに戻って来れるのは1ヵ月後くらいになるぞ?」

「え……そんなに遠いんですか。さすがに1ヵ月も店を空けるわけには……というか、そんな長い期間遠出するんですか? わたしはいつルークさんの家に行けばいいんですか。わたしにも予定というものがあるんですよ」


 何で俺が悪いみたいな言い方をされないといけないんですかね。

 あなたの言い方を借りるなら俺にも俺の予定というものがあるのですが。


「お前の予定なんか知るか。家にはスバルが残っているし、お前に渡す分は工房にまとめて置いてある。好きな時に取りに行って持って帰れ」

「あ、そうですか。それならわたしとしてはルークさんがどこへ行こうと、どこで野垂れ死のうと一向に構いません」

「……死んだら今後お前の店に魔剣は卸せないんだが?」

「おっと、これはうっかり。ちょっと口が滑っちゃいました♪」


 口が滑っても口にしたらいけない内容だと思うんだけどね。

 あとね、お兄さんはもう良い年だからそんなあざとい笑顔じゃ騙されませんよ。可愛いか可愛くないかで言ったら可愛いけど。

 でもあざとい笑顔って純粋な笑顔には負けちゃうから。シルフィあたりの真っ直ぐな笑顔って破壊力がハンパないし。

 まあそのシルフィさんが、君のようにあざとさを使えるようになると非常に不味いけどね。弄ばれる男が急増しちゃうから。

 ただ個人的にはあざとく舌なんて出した後、そんな自分に耐えれなくなって赤面して悶えるシルフィの姿が見たい。だって多分絶対可愛いじゃん。


「でもルークさん、本当にそれでいいんですか?」

「何故?」

「だって~わたしは今でもスバル様を狙ってるんですよ? それなのにスバル様しかいない家に向かっていいだなんて……わたしも子供じゃないので、上手くことが運べば色々ヤっちゃいますよ?」


 悪い顔してるなこいつ。

 見た目も年齢も子供だけど。子供なのに子供じゃないって言っちゃうあたりが子供だけど。まあ精神的には子供じゃない部分があるのは認めるが。


「勝手にしろ」

「勝手にって……わたしが言うのもなんですが、ルークさんには危機感というものがないんですか? 仮にもスバル様の婚約者ですよね? 婚約者が襲われるかもしれないのにその態度……ルークさんはスバル様がどうなってもいいんですか?」

「そうは思わないが、あいつは相手が竜だろうがぶった斬る女だぞ? お前のその細い腕で無理やり襲えるとは到底思えん」


 あいつを生かしたまま身動きを封じたいなら、おそらく軍隊レベルの戦力が必要になるだろう。まあシルフィやガーディス、エルザみたいな一騎当千なら数人で事足りるのだろうが。

 だが、そんな人材をフッテンビリアが用意できるとは思えない。商売の腕は一人前なのだろうが、まだまだ若い娘。人脈や信頼を手に入れるのは、まだまだこれからだろう。


「だからお前とあいつがそういう行為に及ぶってことは、あいつが合意したってことだ。ならあいつを放置して遠出している俺が言えることはない」

「達観しているというか、冷たいというか……でも逆にスバル様への信頼が凄まじく思えるわけで。わたしなんかが入り込む隙間がないような……いや、ここで負けるわけには」

「何をひとりでブツブツ言ってるんだ?」

「気にしないでください。女の子はあれこれ考えるものなんです。ルークさん、スバル様に関することは理解しました。ですが、スバル様の目を盗んで納品される以外の魔剣もわたしが持って行くかもしれませんよ。本当にわたしを行かせちゃっていいんですか!」


 こいつはいったい何に対して張り合っているのだろう。俺にはよく分からん。


「そういうことをする奴は、本人にそういうことは言わないと思うんだが?」

「そう思わせないためにあえて言っているだけかもしれませんよ?」


 ……はぁ。何かちょっと面倒臭くなってきたな。

 こいつ、こんなに構ってちゃんだったっけ? 何というか、誰かさんの悪い部分が少し移ってる気がするんだが。

 ただフッテンビリアの年齢を考えれば、まだまだ大人に甘えたい気持ちがあってもおかしくはない。

 さてさて、いったいどう答えるのが正解なものか……


「どうしたんですか~ルークさん。ここでだんまりなんてらしくありませんよ? そんなんじゃわたしに持って行かれるかもしれませんよ~」

「はぁ……持っていく気もないのにこの話をする必要があるのか?」

「え……いやいや、何でそう決めつけるんですか。わたしだって人間です。魔が差すことだってありえますよ?」


 それはあるだろうが……


「……いいかフッテンビリア、俺は普段のお前はともかく商人としてのお前は認めてる。持ち前のあざとさで人をからかったり、騙すようなこともあるだろう。だが契約を交わした相手に不義を働くとは思っていない」

「褒めてるのか貶してるのか分かりませんが……何でそんなことが言えるんですか? ルークさんはわたしのこと大して知らないでしょ」

「そうだな……ただ商人に何より大切なのは信頼だ。若いながらも自分の店を構えるお前が、商人として生きるために努力してきたお前が、それを自分から崩すような真似をするとは思えない。契約書を交わした時のお前は真摯だったしな」

「なっ――」


 予想だにしていない言葉でも含まれていたのか、フッテンビリアの表情は大きく崩れる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔というのは、今のフッテンビリアの顔を言うのかもしれない。


「――きゅ急に何を言っているんですか、普段冷たい言動が多いだけに突然そんな風に褒められると多少なりとも嬉しいというか、若干ときめいてしまった自分も居たり居なかったりしますけど、ただ今のわたしはスバル様一筋なので口説かれても困ると言いますか、いやまぁわたしは可愛いので口説きたくなる気持ちも分かりますけど!」

「別に口説いたつもりはないんだが。素直な感想を口にしただけで」

「その方がわたしからすれば質が悪いんです、いいから口説いたということにしといてください。あとルークさんよりわたしはお金は稼いでいるので必要以上の魔剣を取るつもりもないんで! とにかくこの話はこれで終わりです!」


 フッテンビリアは、こちらの返事を待たずどこかへ行ってしまう。

 自分から話しかけてきたというのに……女心は秋の空ということなのだろうか。


「……まあいいか。俺もさっさと買い物を済ませよう」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る