第90話「菊名の闘い」


 場面は代わり、舞台は再び舟の内部に移る。

 

 内部では菊名が内部火災のどさくさに紛れ、再び体勢を立て直すために隠れていた。

 

 (アイツはこっちに向かってるよね......)

 

 菊名を襲う教団亡霊が、菊名の有する霊力をたどり、追いかけてくる。

 

 霊力スペックは明らかに上回った相手であり、防御面に至っては雲泥の差が確認されている。

 

 (残る武器は......ダニエルさんから貰った霊力ネイルガンと、ユナちゃんから貰った補給用霊力箱......)

 

 彼女が普段使っているライフルでは、せいぜい数発しかストック出来ない上にリロードが大変時間がかかる。

 突入するなら装備を充実させるべきと、ダニエルから上級の射撃武器を貰い、ブレードを付けて銃剣とした。

 

 更にユナから霊力箱を貰い、回復も万全にという高い下駄を履いた装備でここに来ていたのである。

 

 沼島ナックルも温存しているとは言え、圧縮空気の残りが気になる状況であり霊力無しでの長時間のフライトは難しい。

 

「 ! 」

 

 確認している内に教団亡霊の気配が近い。

 そう感じ取った菊名が再び交戦の為に周囲を警戒する。

 

「見つけたぞ! プレイヤーの女! 」

 

 教団亡霊の男はプラモデルのボディで、菊名が隠れていた通路に現れる。

 

 このボディも二依子の過去の作品だろう。

 唯一他の教団亡霊と違うとすれば......

 

 彼のボディは元の二依子の作品から手を付けていない状態であり。

 過去にザジに破壊された腕を取り替えただけに過ぎない。

 

「君に手を壊されてしまったから......また直さなきゃならないじゃないか! 」

 

 グレーのプラモデルに歪な白い右腕の教団亡霊、利き腕が先程の交戦で菊名に切り払われたとは言え、亡霊である以上菊名に勝ち目が薄い。

 

「食らいなさい! 」

 

 菊名はすかさず霊力ネイルガンを乱射、だがやはりバリアの上で弾かれて着弾は難しい。

 

「連続発射出来る武器もあるんだ......ミニチュアサイズでそんなもの作るなんて、奇特な奴だなあ」

 

 バリアの向こうで教団亡霊の男が語る、やや情緒不安定だった彼も、落ち着きを取り戻している様だ。

 

「二依子ちゃんの見繕ってくれたボディはとても良く馴染む」

 

 菊名に迫る教団亡霊の男は、唐突にボディについて語りだす。

 

「でも元が適当なプラモデルのパーツじゃ直ぐに壊れて困るんだ......壊れたら違うパーツを付けて行くと、どんどんツギハギになっちゃうんだ」

 

 男は相対する菊名のボディをゆっくりと眺める、菊名には悪寒が走るような感覚を覚えた。

 

「君のボディは動きやすそうだね、とても羨ましいよ」

 

 教団亡霊が菊名ににじり寄る、両腕に大きな爪のような武器を展開、彼は近接戦闘に特化しているようだ。

 

「センパイの昔の仲間で、センパイの作ったボディを大切に使ってるのは感心するわ......」

「だけどこっちも大切なセンパイが改良してくれたボディなの! 壊されるなんて真っ平ごめんよ! 」

 

 菊名は沼島ナックルに乗り、ブースターを吹かし、再びサーバールームへと飛び出した!

 

「待てええ! 生け贄をこれ以上解き放たれてたまるか! 」

 

 広いサーバールーム、ドーム状の天井にぶら下がる携帯電話の基板。

 これら一つ一つがイベント会場のビル全域にいた人間の霊体を保存した所謂「生け贄の檻」である。

 

 何百とある携帯基板の中から唯一無二の相方である、愛華の霊力を感じ取った菊名が、闇雲に霊力ネイルガンで基盤を攻撃する。

 

「やああああああ! 」

 

 ネイルガンで攻撃した基板の一部から、破壊出来たのか保存されていた霊体が次々解放されていく!

 

「く! くそ! 何だお前ら! 」

 

 解放されていく霊体が、教団亡霊を取り囲む様に妨害していく!

 

「霊力を奪う為に意識をアクティブにしていたのが仇になったのか! 鬱陶しい! 」

 

 霊体である以上霊体に触れられる、霊体の手で視界を遮られた教団亡霊の男はボディに身を沈めて突破する。

 

「囚われの生き霊無勢が! 檻から出たなら大人しく元の体に戻れ! 」

 

 囚われていた霊体の妨害を振り払い、再び追いかけてくる教団亡霊、......そして遂に菊名の背後を捕らえる!

 

「あった! 愛華の基板! 」

 

 沢山の基板の中から愛華の霊体の入った基板を感じ取り、遂に見つけた菊名。

 

「愛華あああああ! 」

 

 基板を霊体の手で引っかけて引き寄せる......だが時すでに遅し!

 

「鬼ごっこは終わりだ! 墜ちろ! 」

 

 背後から強襲する凶刃!

 

 回転するように爪を振り回す教団亡霊が、周囲の基板の被害を諸ともせず、菊名のフィギュアのボディを攻撃する。

 

「 ! 」

 

 ネイルガンの先端に付けた銃剣パーツ、咄嗟にこの武器で霊力スキルによる「受け」の姿勢を行う菊名。

 

 ......だが教団亡霊の武器は外部霊力供給のある無限の刃。

 霊力スキルはすぐにかき消される。

 

 そして取って付けたようなネイルガンの銃剣が、雑草の如く刈り取られ......

 

 更に回転する技でフィギュアボディの手首を、ネイルガンごと失った!

 

「うわあああ! 」

 

 左腕の射撃武器を手首ごと切り払われるというダメージで、僅かに霊力漏れが発生。

 菊名は沼島ナックルから転げ落ちる様に墜落。

 

 教団亡霊の回転技が大量の基板が切り払い、菊名と共に木の葉のように舞い散る。

 

 墜落していく菊名に、教団亡霊が嘲笑う様に言葉を吐き捨てる。

 

「所詮はプレイヤーだ、装備を充実しても、霊力のそれが限界でしかない! 」

 

「 !! 」

 

 散る羽根の様に、沢山の基板が落ちていく、菊名は射落とされた白鳥の如く地に落ちる。

 

 (愛......華......)

 

 そして音を立てて地面に墜落した菊名に、教団亡霊の爪が容赦なく突き立てられる!

 

「......! 」

 

 外装である二依子が作った戦闘機のようなアーマーパーツが、激しく切り刻まれる!

 

「 !! 」

 

 羽根のようなパーツが引き裂かれ、盾の様なシールドパーツも役割を与えられる事なく両断される!

 

「あああああ!! 」

 

 ダメージで吹き飛ぶ菊名のボディ、彼女が一心不乱で探していた相方の霊体は......。

 

 散乱する目の前の基板群に感じなかった。

 

 事前に引き寄せていたせいか、教団亡霊の爪の攻撃で既に壊れて抜け出しているのである。

 

 (やった......愛華は救い出せた......けど、ここの電源を壊せなかった......)

 

 教団亡霊の爪は、菊名のフィギュアボディの首を落とそうと、トドメの一撃を繰り出した!

 

 (みんな......ごめんなさい......私、ここまでだわ......)

 

 

 (......)

 

 

 

 

 ......

 

 

「......」

 

「菊名ちゃ......」

 

 


 「「 菊名ちゃああん!!! 」」

 

 

 それは来た!

 

 それは大きな霊声と共に、横からやって来た!

 

「何! 」

 

 爪を繰り出している教団亡霊も、突然の事に驚愕した!

 

 突然側面からやって来る物体!

 

 それは先程の菊名が乗っていて、教団亡霊の一撃で菊名を引きずり下ろされた......

 

 

 沼島ナックルである!

 

 

「チェストおおおおー! 」

 

 愛華の掛け声と共に、教団亡霊を轢き飛ばす様に、横切る沼島ナックル!

 

 教団亡霊のプラモデルボディは、菊名にトドメを刺す機会を失い大きく跳ね飛ばされる!

 

 ボロボロの菊名のフィギュア前に戻ってくると、沼島ナックル中から愛華の霊体が現れた。

 

「菊名ちゃん! 」

 

「......愛華? どうして? 」

 

 菊名の霊体が目を丸くしている、いつの間にか解放されていた愛華に驚きを隠せない。

 

「さっきアイツが爪で基板を切り払った時には、もう抜け出していたんだよ! 」

 

「そんなのわかってるわよ! でも、すぐに携帯に戻れば良いじゃない! 」

 

 菊名は愛華の行動が理解出来てない、それに何故"沼島ナックル"に憑依出来ているのか!

 

「えへへー、何でなんだろ? このナックル、憑依体に指定されてるみたい......」

 

「へ? 」

 

 菊名はふと、出撃前にAIイザナギが言ったことを思い出した。

 

 ......

 

「行きなさい! キミの友達が待ってるはずです! 」

 

 ......

 

 まさかこれが。

 

 「沼島ナックルに愛華の霊体を入れられる様にしてある」

 

 ......という処置を含むとは知らなかったのだ。

 

「あのAI......実は生きてるとかじゃないわよね」

 

 疑問が残る菊名に、愛華が身を乗り出して激しく伝えようと、大きく声を張り上げて言う。

 

「聞いて! 菊名ちゃん。みんな見ていたんだよ!」

 

「菊名ちゃんが戦ってる所も、外でみんなが強力してる事も!」

 

「ザジ君の亡霊の仲間が助けに来た事も!」

 

「捕まってる人達はみんな、この状況を視認出来ているの!」

 

 この愛華の言葉は、後に大きな励ましに変わる事になる。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る