接触
プレハブのドアを開ける、カラカラと音が響くと周りにいた兵士が一斉に振り返る。
「あー、皆さん、こちらの方は準備が整いました。ヘルサさんを呼んでください」
兵士たちは困った顔で見合わせている。日本語が通じないのか、そのフリをしているのか。
意を決した耕助は腕を突き出すと親指を立てた。
兵士たちは耕助の合図で合点がいった様子、隊長らしき人間がよくわからない言葉を大声で叫ぶ。
一人の女が呼び出された。黒髪のその女はポニーテルに結わえており、遠目には黒いワンピースに白いエプロンを身にまとっていることがかろうじて解った。
その女が何かに手をかざすとそれが一瞬光り、消えた。手品の類いだろうか、この距離ではそのタネは解らない。。
「イマ、ヘルサ様呼ンダ、アトニジップン待ツ、ヨロシ」
鎧を着た隊長らしき男が片言ながら丁寧に告げる。
(ニジップン、二十分か)
一先ず耕助がやるべきことはこなした筈だ。
(とりあえずコーヒーでも飲んで時間を潰そう。そうだ、三年間の禁煙も破ってしまえ)
耕助は自販機でコーヒーを買い、開いている窓に首を突っ込む。
「おい、渡タバコくれ」
渡は窓から手渡せばいいものをわざわざ玄関から外に出てメビウスを一箱差し出した。
「耕さん、禁煙してたんじゃなかったの。禁煙してから結構経つでしょ」
「三年だ、でもこのどんちゃん騒ぎで禁煙もなにもないよ」
耕助は甘ったるいコーヒーを一口すすり、タバコを咥えた。
渡がターボライターで火をつける。北海道の冬はターボじゃないと心元ないことが多い。
「喫煙者の世界へお帰り、課長さん」
耕助は北海道の十一月とは思えぬ暖かな地面にべったりと腰かけた。
「お前、わざわざ外へ来なくてもいいだろう」
「いや、あの怖い新人にどやしつけられたんですよ。もしあの兵隊に襲われたら撃てって言われまして」
渡は兵隊を顎でしゃくると耕助の隣へ座り込む。
「いきなり撃てとは、あの人大丈夫か。もしかして左遷の理由ってそれじゃ……」
(時々警官が『軽率』に発砲した為に処分が下ることがあると聞く。彼も『その手』なのかもしれない)
「さっき聞いたらSITでヘマしたって言ってましたよ、ニュースにはなってないけど……」
内緒話風に渡が耳打ちする。
「今は僕と階級同じですけど、降格処分だから元は上官ですよ。しかもデカの特殊部隊、あー、気を遣うなー」
ほとほと困ったという顔付きで渡はコーヒーを飲み、タバコを吹かす。
「SITってSWATだろ? そりゃ刃物が本物云々言うわけだ、案外頼れるかもな」
元々真面目そうだったから倉田への印象は良かったが、ここでさらに急上昇した。これが異世界だろうと、迷惑な町おこし、嫌がらせでも元特殊部隊は役に立つ。
異世界なら多分頼れる用心棒になるだろう、渡にはとても期待できない役割である。
「あ、今耕さん僕のこと馬鹿にしたでしょ」
渡は意地悪気に耕助の顔を覗き込む、こういう時に妙に勘が良いのだ。
「俺はお前を評価してるさ、俺が死んだら三智枝の事を頼みたい位にはな」
腰が低い耕助が『俺』とか『お前』を使うのはいい意味、悪い意味で渡くらいだ。
その渡はブッとコーヒーを噴き出した、兵士が怪訝そうに振り返る。
「耕さん、なんでいきなりそんな話になるんですか。その話は昔の話ですよ」
三十半ばのいい歳こいた渡が顔を赤らめ、手を振る。
三智枝とは耕助の妻のことである。今日はたまたま札幌に住む義父母の手伝いで不在。幸薄げで白い肌、そのうえで程よくおおざっぱな性格。農協課長にはもったいないくらいの妻である。
三智枝と知り合ったのは耕助が二五歳、S町に斜陽が射し始めた頃だった。北大を出て地元帰りし、JAに勤めた耕助に三智枝の方から惚れたのだ。
札幌帰りのインテリでありながら、腰が低く熱心に農業指導する姿に惚れたと言う。ちなみに三智枝は渡の初恋の相手でもある。
(まだ、こいつは初恋に生きているのだ)
そんな純朴さを持つ渡を耕助は嫌いになれない。
耕助はコーヒーを飲み切り、空き缶に吸い殻を放り込んだ、ジュッという音とともにタバコの臭いが鼻をつく。
引き戸がカラカラと音を鳴らして開き、耕太が外に出てきた。
「中はバカバカしい討論ごっこの真っ最中だし、外はおっさんのダベりとかありえねぇ。ここ異世界だよ、もっと他にやることないのかよ。美少女とか! 冒険とか!」
「異世界には美少女とか冒険しかいないのか、ターザンか。なんて都合の良い世界だ。それにな、召喚っていったってこれは拉致だ、そこに不満を覚えないのか。ええ、無理矢理連れてこられたんだぞ」
「そんなこと言ったって、ロマンには変わらないよ。ちょっと位希望を持ったって良いじゃんか」
耕太は文句をたれる。
(耕太が大学に通わなくなった理由は今はわからない、それも聞かず一方的に叱りすぎたか。それにこの異常な環境で多少言い過ぎた)
耕助は我ながら少しばかり可哀そうになる
「ま、今その美少女を呼び出してるところだ。腰据えて待ってろよ」
(この一団が果たしてこの先、生きていけるのか)
耕助は一抹の不安を抱いた。
【追記】
SITはSWATではない、何度も言わせるなと思うが一般社会ではその程度の認知だろう……多分。
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