ゲリラの志
伊藤とブルは広場の端にある小屋で芋がゆを食べる。ブルがオルグした農奴二人も同席、男は土で汚れ、女は汚いエプロンを身につけていた。
塩気の効いた粥はキタアカリが持つうま味もあり、伊藤にとっても悪くない味だ。汗を流す農奴にとって塩はとても旨いだろう、ブルは旨そうに粥を頬張る。
「あんた、俺達農奴を救ってくれるのか」
気難しげな顔をした男が尋ねる。
「僕が救うのではないよ。君達が自ら立ちあがり、自由を勝ち取るんだ。無論、僕は協力を惜しまない、命を投げ出す覚悟もある」
「イマイチ信じられないの。異世界人が私達農奴を気にかけるなんて」
女が怪訝そうな顔を浮かべる。
「僕はね人が好きなんだ。だから農奴も貴族もない、そういう社会を目指している。人民が幸福な生活を送れるよう願ってね」
「トーラの言う事は本当だぜ、保証する」
ブルは男女に目を合わせる。
「俺達は夫婦でな、息子を徴兵された。生きているか、死んでるか、それすら知らない。おかしいだろ、実の息子の生死を知らないなんて」
男が自虐気味に語る、伊藤は男を静かに眺める。
「領主にとって俺達は駒だ、使い捨てのな。死ぬまでこき使われる、それは農奴の宿命だと思って受け入れた。いや受け入れていた、かな。だが、子供が奪われて農奴って身分に不満を持った。同じ思いのヤツは沢山いると思う」
男は目に怒りをたぎらせて語る。
「一生を賦役で過ごして死ぬ。私もそれは受け入れていた。でも子供達を奪われて、何の音沙汰もなくて。こんなの不条理でしょう……」
農婦は顔をうつむかせる。
「子供、それが革命への原動力という訳だ」
伊藤の問いに二人が頷く。
「ブル、彼らは信用できそうだね」
「一件以降、人を慎重に選んでるからな」
ブルはオラムの名を出さない、伊藤とオラムに接点がないように話す。内ゲバで信用を失うことを避ける為だ。
「俺の子供達は飢えて、命を危険にさらしている。一刻も早く救いたい」
男が口を開く。
「わかった。だが、そのためには農奴が力をつけなければならないよ。ジャガイモをせっせと育てるんだ、それが革命への第一歩」
伊藤は最後の一口を食べ終える。
「貴族達と戦うんだ、飢えていては無理な話だろう。それに子供達にはきちんと食事をとって、戦力として共に決起して貰わないといけない。革命は広く農奴が立ちあがらなければ成就しない。徴兵された子供達も戦う覚悟が必要だ。君達が命を失う覚悟はあるだろうけど、子供達を巻き込むのは納得しているかな」
伊藤はまぶたをやや開き、二人を見つめる。
「革命で自由になるのは俺達だけでない、息子達もだ。俺達家族は皆の幸福の為戦う、それは納得している」
男は断言した。
「わかった、よし。ではなんとかして息子達と連絡をとろう、革命について伝えるんだ。そしてその思想は子供達から他の農奴へと広げなければ」
「でも、どうやって」
女はうつむいた顔を上げ、伊藤に尋ねる。
「魔導が使える人間が仲間にいる。彼に手伝ってもらおう、文字はブルが書くよ」
「そうか。一番下の子なんて一五になったばっかりなのに兵隊にとられたんだ。腹も減ってるだろう、怖いだろう…… 早く連絡をとりたい、無事で居てくれたら……」
男は目に悲しみを浮かべる、伊藤はそれをじっと眺めた。
(きっと大丈夫、なんて安易な言葉は意味を持たない)
「ブル、オルグは子供達を兵隊に取られた夫婦を中心に当たってくれ。信頼できるだろうし、口も堅いだろう」
「そうだが、なんか悲しみにつけ込むようで――なんだかな」
ブルは顔を曇らせる。
「悲しみは怒りの原動力だ、革命は不平等に対する怒りによって成り立つ。悲しみを持たぬ民は革命に参画しない」
伊藤は言葉を句切り、ブルににじり寄る。
「そして決して忘れてはいけない事がある。革命家は悲しみにつけ込むのではなく寄り添うんだ。人民の悲しみ、怒りを共有する。そして道を示す、救済の道を」
「悲しみによりそう、か」
「そうだ、革命は人が生み出す業だ。人を理解し、理解されることで思想は広まり、道は開ける。いいかい、つけ込むなんて酷い事をするんじゃない、我々も相互理解されなくてはならない。このことは他の人間にも共有してくれ。絶対だ」
「わかった。相互理解か、大変な道のりだ」
ブルは力強く頷く。
「初めはなんだって大変だ。革命の思想は強く、広く知られなければならない。ただ焦りは禁物、いいね」
ブルは目で答える。
「さて、じゃあ早速息子さん達への手紙を書こうか。ブル、これを」
伊藤はメモ帳とボールペンを手渡す。夫婦は目を合わせ、頷き合った。
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