【解説】鎮護軍と魔王軍の初期戦闘

 ゴブリンは山道を攻める鎮護軍を撃退、五千の鎮護軍戦死者を胃袋に収める。腹を満たしたゴブリンは繁殖期を迎えた。山に防塁を築くことなく、繁殖に没頭する。この時、青銅家が積極攻勢に出ていれば人類は早期に勝利を収めただろう。だが、戦力の半数を失い、また積極攻勢に失敗したトラウマを持つ指揮官は防衛陣地の構築を命じた。

 ゴブリンは悠々と交尾し、子を産んだ。ゴブリンの成長は早く、生来の凶暴性から兵としての育成も容易だった。スワリスコは膨れ上がった群れを分け、分散させることで部隊数を増やし、柔軟性を獲得した。


 繁殖期を終え、群れの再編成を終えた時、ゴブリンの数は四万と倍増していた。魔王軍にとって数的優位で鎮護軍を圧倒することも可能であった。が、魔導を使用した防衛の堅牢さは容易に想像できた。更に初戦は山岳における防御という地の利を活かした戦闘であり、平地での戦闘におけるゴブリンの戦闘力は未知数であった。


 スワリスコは翼竜を使い、上空から奇襲をかけた。召喚された翼竜は元いた異世界において人間に駆逐される存在であり、人間への憎悪を抱いていた。人間の駆逐を目標とするスワリスコと同調した。


 密集した歩兵の槍衾は空に突き立てられ、翼竜は多数の被害を被った。が、鎮護軍は空に気をとられる余りゴブリンの接近を許した。

 当然、魔導を使った攻撃も行われた。翼竜の速度に魔導の詠唱は追いつかない、結果温存された魔導師はゴブリンにあらん限りの攻撃を行った。あるゴブリンの群れは一撃の斬撃魔導により文字通り全滅した。だが、それが限界だった。陣地にゴブリンがなだれ込む。混戦において魔導による攻撃は友軍を巻き込む危険がある、魔導の攻撃は終わりを告げる。


 貴重な戦力である魔導師は決定的敗北を喫する前に撤退する、残された兵の士気は決定的に下がった。最早統制能力を失った兵はちりぢりに逃げだそうとする。そこを翼竜の第二波が襲った。


 このようにして鎮護の兵は全滅した。ゴブリンは守備隊の居ない村々を襲い、また数を増やす。スワリスコは塩の一大生産地パロヌ塩湖奪取を決心、ゴブリンは隘路を通り、山地から平野へと侵攻した。道々でゴブリンは猛威を振るう。王国はパロヌ塩湖防衛のため貴族に騎士団の出兵を命じ、近衛も投入。軍をパロヌ塩湖北岸に配置した。


 ゴブリンは略奪しながら侵攻するため速度は遅い。だがその分、兵力を増す。パロヌ塩湖につく頃には十万を超える大軍となっていた。対する王国軍は平和の強制の為寡兵である。それでも五万を数えた、一騎当千の魔導師も投入した。鎮護軍からの伝達に基づき、従来通りの装備である長槍と近接戦を担う剣士を交互に配置することでゴブリンに対処しようとした。兵はゴブリンの棍棒を防ぐ為、鎧を着込んだ重装歩兵である。またゴブリンによる側面攻撃に備える為、騎兵を配備した。

 だが、この機会に乗じたさらなる叛乱を抑えるため全軍を投入せず、ダスクなどの忠臣は領地に留まることを命じられた。また、長距離の行軍により防塁を築く余裕はなかった。王国軍にとっては万全とは言えないが、短い時間の中ではできる限りを尽くした。


 一方の魔王軍は問題を抱えていた。翼竜の数は鎮護軍との戦いで少なくなっていた、おとりの様な使い方はできない。なにより翼竜がそれを拒んだ。翼竜は貴重な駒として温存されることになる。

 スワリスコは攻撃を決心する、王国軍が防塁を築く前に攻撃することを選んだ。防塁を築かれては数的優位も薄れる。それにパロヌ塩湖をおとせば塩の供給は一挙に減る、人類を劣勢に追い込む戦略的好機である。だが愚直に攻めるほど愚かではなかった。


 ゴブリン軍は五万からなる本軍、そして二万の遊撃隊を二つ、一万の予備兵に分かれた。遊撃隊の一部隊は右翼に広がる森を通り、王国軍の側面に浸透一重包囲をもくろむ。だが、王国軍は森において騎兵の援護を期待できないため、右翼の防御を厚く布陣していた。

 ゴブリン軍は正面と右翼で戦闘を開始した。王国軍は魔導攻撃を行った、事前に予測済みである。ゴブリン軍は分散することで範囲攻撃をすりぬけ、近接戦に持ち込む。


 だが、魔王軍にとって攻撃は容易でなかった。鎮護軍の敗因であった近接戦対策の剣士の配置、徹底した鎧の着用が棍棒による打撃を封じた。スワリスコは一時的撤退を決心、正面軍を撤退させ、左翼集団も森へと引き上げさせた。王国軍は初めてゴブリンに対し優勢に立つ、だがスワリスコは魔導師は最大限の力を使い果たし疲弊したことを見抜いていた。

 また、王国軍には重装歩兵が多くゴブリンの攻撃では不十分だとも理解した。スワリスコはスライムと大量の水の転移による水攻めを決心した。守りの薄い左翼から攻撃をしかけ翼面突破し、王国正面軍を挟撃する作戦である。

 夜に乗じて、右翼に展開したゴブリン遊撃部隊を撤退させる、左翼突破、中央への側面と正面攻撃を目的とする物量攻撃が目的である。森と夜という環境において、右翼ゴブリンの撤退に王国軍は気が付かなかった。


 ゴブリン軍撤退の夜、スワリスコはスライム五百匹を召喚、スライムもまた人間から駆逐される対象であった。スライムは知性は低いものの、化け物を率いている魔王がスライム達の味方であることは理解した。スライム達は魔王スワリスコに服従する。スライムは翌朝から始まる魔王軍反撃の要になった。

 夜が明ける。スワリスコは自ら陣前出撃、大量の水を転移召喚した。ヘルゴラント最大の湖、ジュミナより召喚した大量の水は津波の様相であった。その波にのったスライムにより王国軍左翼の隊伍は崩壊した。物理攻撃が通用せず、窒息に至らしめるスライムは重装歩兵といえども防御仕切れなかった。

 水攻めの後ゴブリン遊撃二個部隊が左翼に攻撃を行う。騎兵による援護もあった。だがスワリスコはこれに対し数少ない翼竜の投入を決心、左翼突破はこの戦闘の要だと判断したのである。左翼突破において、側面を突く騎兵は目の上のこぶであった。翼竜の攻撃により、ゴブリン遊撃隊二個部隊は悠々と左翼を突破する。


 ゴブリン遊撃隊は正面軍に接敵前進する。側面を突いたゴブリンは群れで正面軍を攻撃する。重装歩兵は容易に陣地転換できない、また側面に剣士を配置しなかった結果、正面軍はゴブリン軍の猛攻を受けるはめとなった。これに乗じ、ゴブリン正面軍は決死の猛攻へと転ずる。スワリスコは左翼に投入したスライムを王国軍正面軍正面に機動、ゴブリンを支援した。


 対する王国軍は苦慮していた。右翼の重装歩兵を中央軍支援に向かわせようにも、右翼には警戒すべき森がある。ゴブリンによる森を抜けての奇襲を恐れた。確かに右翼も攻撃を受ければ総崩れになる危惧を拭い去れない。指揮官は右翼の後方への防御を強めるにとどまる決心を下す。

 だが正面軍はスライムという想定外の存在により総崩れを起こしていた。斬撃は効かず、スライムのまとわりつく攻撃により窒息死に至る。ゴブリンの大敵である剣士を重点的にスライムが攻撃、この援護を受けたゴブリン正面軍は勢いを増す。体躯の小ささを活かし、隊伍の隙間を這うようにゴブリンが浸透、長槍による攻撃は不可能となる。混乱が生じ、王国正面軍は潰走を始める。


 王国軍指揮官は敗北をうけいれた。右翼で残存していた重装歩兵二万の鎧を捨てさせ機動力を活かし、撤退支援に当たらせようとする。だが、ゴブリンの棍棒攻撃に恐れをなした兵士は鎧を脱ぐ事を拒んだ、また森からの突出を恐れ、前後を警戒しながら進軍するため機動力は更に低まった。遅れて正面軍支援に到着する頃には混戦において魔王軍の勝利をおさめていた。また最高指揮官が混乱の中死亡した、士気高揚の為正面軍に陣取っていたのだ。王国右翼軍は戦力維持を決心し独断で撤退する。かくして王国軍正面二万、左翼一万、騎兵四千が失われた。その分だけゴブリンは繁殖を始める。同族であるゴブリンを食らうことも厭わず、失われた戦力以上を獲得した。


 これまでが魔王軍による奇襲編です。次回はパロヌ塩湖会戦を解説します。

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