酒宴の終わり
酒宴は続く、若者の夢ってヤツが酒の肴。ただし異世界は若者が夢を追うことを許さない日本のような自由主義ではないから当然だ。耕助から見ればかわいそうな事だ、が本人達はそこまで苦感じていないらしい。当然のことかい。
「ヘルサちゃんは夢はないって言うけど仕事はあるわけでしょ。将来はどんな職に就きたいの」
「魔導の研究です。領主は兄上が務めますし、結婚もままなりません。なにせ鉄家です、婚姻は貴族のパワーバランスを壊しかねません」
「ヘルサ様、また厳しい道を目指すのですね」
ジュセリがこぼす。杯を空け、フェリアに注がせる
「若いウチから堅いな……」
耕助は酒を嘗める、ピリピリとした舌触りを愉しむ。
「だからたまの酒が楽しいんですよ。うーん、おいしい!」
ヘルサは杯をすすめる、もう何度おかわりしただろう。
「若いのにかわいそうにねぇ。そりゃ三食ありつける分農民と比べるとあれだけど、貴族ってのも大変だ」
「そうです、疲れるのです。幾らメイドを雇い、賦役が無くとも負担は重いですよ、もう」
ジュセリが杯を空にする、フェリアがおかわりを注ぐ。
「そうは言ってもヘルサ様、さっきイムザ様に頼られたいっておっしゃってじゃないですか。矛盾してません? 頼られると今以上に負担が増えますよ」
「仕事が増えることは悪いことじゃありません、繁盛していることの証左です。いいですか、苦労というのは貴族の誉れですよ」
「貧乏暇なしとも言うが、金持ちも暇ではないか」
倉田は干し肉を頬張る。
「メイドや執事を雇えば楽になるという考えもあるようですが違いますよ、全然。決めなくてはいけないことも増えるし、魔導の自己研鑽も必要になりますからねぇ」
ヘルサは氷浮いたゴブレットを眺める。
「駄目だ、頭痛い」
耕太が杯を置く、水をごくごくと喉を鳴らし一気飲みする。耕助は時計を見る。二時間近く酒を飲んでいる、そろそろ限界か。
「二日酔い止めの生薬をお持ちしますか、本宅にはあると思うのですが」
フェリアが尋ねる。
「貰いましょう、人数分」
「いえ!私は結構!兄上に飲酒がバレます」
ヘルサは手を上げる、
「承知しました」
フェリアは文を書き付け転送する。
「ヘルサ様は持ち越さないんですよ。さんざん回りを巻き込んでおいて翌日はけろっとしてるのです」
ジュセリは酒を飲む、その飲みっぷりにためらいはない。
「これからの成長に期待だな」
倉田は微笑む。
「これ以上成長されてもこちらが持たない、不安感しかありませんよ」
ジュセリは首を横に振る。
「ヘルサ様は二日酔いにはなりませんが、強い訳ではないです。醜態をさらすのではとイムザは懸念されている」
「社交の場では飲めないね、これじゃ」
耕太はヘルサを見つめる。
「ヘルサ様も流石にそれは分別されているようですが……」
ジュセリは苦々しげに酒を飲み干す。
「それ位、わかっていますよ。あら、ジュセリ、お酒がないじゃない。フェリアでしたか、お代わりを」
「そうやって人を巻き込む…… 悪い癖ですよ」
「コレは主の命令、飲みなさい」
「はいはい、畏まりました」
ジュセリは杯をフェリアに差し出し、酒を注がせる。ジュセリはそれをグイと飲み干し、再びお代わりを注がせる。
「良い飲みっぷりだね、俺は真似できないや」
「あら、耕太さんも杯が空じゃない、お代わりを」
耕太が地雷を踏んだ。幾らこの世界で鍛えられたといっても間の悪さには変わりがないようだ。耕助はその姿にどこか安心感を抱く。
(いくら覚悟を決めたといっても、こいつは変わっていないのだ)
「酔い止めと…… 農政のリストが届きました」
一礼し、ヴェルディが入室する。
「リスト、あーアルドさんに頼んでいたやつですね、今酔ってるから後にしようかな。いや目を通すだけ通すか」
「畏まりました」
ヴェルディは紙束を手渡す、滑らかな上質な紙だ
イムザが最初に食べさせた言葉を理解する魔導食、そのおかげで文字は書けぬが読めるようにはなっている。
「ふん、輪作の禁止。これは聞いていたな。こいつは解禁と。後はどれどれ……」
パラパラと紙をめくる。税制、農奴と領主の立場、役割等が書かれている。
(なにかめぼしいものはないか)
耕助は文字を追う。
フェリアが酔い止めの入った杯を振る舞う。耕助は酔い止めを一気飲みする。苦みが強い、水を飲むが苦みがなお残る。
『徴兵にまつわる王室への納税免除』
(こいつはどういう意味だ)
耕助は紙をめくる手を休める。
『領主は徴兵した農民の数に応じて王室への納税を免除される。徴兵は王国が認めた場合に限られ、帰農の命令があれば即時撤回される』
興味深い、大量の農兵がかり出されている今、王室への税はかなり目減りしているだろう。
「王室への税って主にどんな……」
耕助はヘルサに尋ねようとする、だが当の本人はかわいらしく寝息をたてている。いつの間に寝たのだろう。
「完全に潰れてるね…… お開きにしようか」
「私は限界だ、それがいい」
ジュセリが首肯する。
「ヴェルディ、手を貸して。ヘルサ様を部屋におつれする」
「畏まりました」
二人はヘルサを両脇から支える。
耕助は立ち上がろうとしたがたたらを踏む。歳不相応の飲み方だ、足がもつれる。
「それじゃ、皆さんおやすみなさい」
「おやすみ、俺も寝よう、ちょっと早いけど」
耕太は大あくびをかく。
「社交の誘いは断っておきます」
フェリアの言葉に耕助は首肯をかえし、耕助は食堂を後にする。胸から煙草を取りだし火をつける。
(こいつは二日酔いが怖いな)
耕助は若干の後悔を抱く。
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