ジュセリとヘルサ
農業大臣に就任したことにより大量の晩餐会、舞踏会のお誘いが耕助を襲う。アルドにはそういう事の無いよう頼んでおいた、だがその効力は限定的だった。貴族が個別に開く行事には無効らしい。
耕助はこれらを断ることにした、知らぬ間に政治の世界へと踏み出すきっかけになるかも知れない。それは避けたい、耕助は一介の農協職員に過ぎぬ、政治とは無縁でいたい。
「貴女、代筆はできる? 」
ヘルサは女中に尋ねる。
「あいにく読み書きはできませんで」
「では代筆ができる者、魔導師が望ましい、至急雇うように」
「それでは身の回りのお世話をするものは………」
この屋敷にはこの女中しかいない、そのことを気にしているのだろう。
「この屋敷のことは構いません、ジュセリがこなします」
「は、では今からでかけて参ります、知り合いに条件を満たす者がおりますゆえ」
「行ってらっしゃい」
「では、失礼します」
女中は腰を折り、退出する。
「これで私の荷がおりればいいのですが」
ヘルサは手をもむ。朝からずっと文を書いていた、疲れがきているのだろう。
「君はまだまだ若い、そう言う仕草は似合わない」
「昔婆やが良くやっていたのがうつってしまって、お恥ずかしい」
ヘルサは頬を赤らめる。
「ユミナさんが居なくなると何すればいいかわからなくなる。なにせ政治はわからんもんで。農業ならわかるが、農政となると。それに異世界だ、常識が通用しない」
「そうですね…… 参考までに現在の農業に関して発令されている政策などまとめさせますか」
「どなたに? 」
「アルドです、直ぐにやってくれるでしょう」
ヘルサは再び筆をとる。
確かに参考例があれば助かるだろう。だがもう少し早いタイミングでそうした意見は欲しかった。ユミナとの話し合いも充実したかもしれない。
だがこの娘はまだ若い、貴族といってもひよっこだ。そういう期待をする方が無理というものかもしれない。
ヘルサは文を転送する。
「直ぐに返事は来るでしょう。ジュセリ、茶を」
「は」
ジュセリは恭しく茶を注ぐ、その挙措は縦ロールと相まって美しい。
「二人は長いの」
まるでカップルに投げかけるような言葉だ。言った後にちょっと言い方があるものだろうと後悔した。
「ええ、同じ乳母に育てられました。姉妹のようなものです」
「畏れ多い」
「実際そうでしょう。母は幼いころに亡くなり、よく遊び相手になるような子供はジュセリだけだったのだし」
「それは……そうですが」
ヘルサは若干憤慨ともとれる、ふくれっ面になる。
「貴族と姫騎士の百合……尊い……」
耕太が二人をありがたがるように見つめる。何が尊いのか、百合とは一体なんなのか耕助にはわからない。
「実際剣士としての腕も立ちますし、侍従としても優秀です」
「確かに強かった! 男にも引けを取らなかったよね」
賊に襲われたときのことだろう、耕助はその時のことを詳しくは知らない。知ろうとはおもわない、息子が殺人を犯した時のことなど知りたくはない。
「いや、あのときは耕太殿の助勢が無ければやられていた」
「ご謙遜をー」
ジュセリの腰を見る、細い剣だ。これと言った装飾がないことが『実戦』で使われる武器であるという事を雄弁に語る。
細く軽い女手にはちょうどいいのかもしれない、大剣は振れないだろう、腕は筋肉質だが細い。
「で、ジュセリちゃんのお母さんが参謀本部にいると。そのコネ、使えなかったの? 今回なんてアノン家が命じれば動きはかわったんじゃない」
耕太が疑義を呈する、その通りなのだ。
「確かに、その点はどうなんです」
耕助もヘルサとジュセリに尋ねる。
「私の父が魔王軍との戦いで殉職してから母は変わった、復讐に生きている。参謀職にあるということは理性は失っていないのだろうが、それでも好戦的と言わざるを得ないだろう」
ジュセリの分析は母親に対してかなり客観的ともとれる。ジュセリの父親が死んでいたということは初耳である。だが、大した事もなさげにジュセリは語った、戦時ではありふれた話といえばそうなるだろう。
「ふーん、アノン家に従うような命令は? 」
耕太が尋ねる。
「度々、ですが効果はありませんでした。今はアノン家騎士団団長の肩書きより、王国参謀本部付きの方が重いのです」
「つまり、今はアノン家による命令系統の支配下にはないと」
「そういうことです、残念ながら」
ヘルサは茶をすする。まぁ、そんなことだろうとは思っていた、簡単に解決できるのであれば耕助が農業大臣なんて務めずにすんだはずだ。つまりはにっちもさっちも行かなくなったということ、異界人に要職を任せるようなマズいことになっている。
耕助は置かれた身の振り方を今一度考える。
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