粛正対象


 革命家の卵達が農業指導センターを後にする。だが、今日の会合はこれで仕舞いではない伊藤はブルを呼び止めた。

「ちょっと今後の話をしよう」

「早速貴族と戦うための作戦会議かい?」

「いや、もう少し簡単な話だ」

 伊藤は窓を開け、外を眺める。同志達はちゃんと帰途についたようだ。静寂が周辺を支配する。伊藤はもう一度、一行が帰ったのを確認して窓をしめ、かんぬきを閉める。


「やけに警戒するな。同志にも打ち明けられない話かい」

「うん、オラムを殺す」

「おい、おい。いきなりだな」

 ブルは驚いたようで、ゴブレットを危うく落としかける。


「オラムは革命がなんたるかを理解していない。反貴族、それだけだ。それに貴族の落とし子だ。何かしら貴族と接点がある可能性がある、我々を売るって筋も否定できない」

「まぁ、トーラの言いたいことはわからんでもない。ヤツはちょっと脳みそが単純すぎる、きっと自由も平等も理解していない、ただ貴族が嫌いなだけだ。飯の為なら俺たちを売るかもしれない、その懸念はわかる。俺がドジふんだんだ、あいつに声をかけるべきじゃ無かった」


「僕が殺すよ、内密に。失敗はしない」

 伊藤は好好爺とした顔を崩さず、そら恐ろしいことを口にする。

「いや、ヤツを呼んだのは俺だ、俺が始末をつける」

 ブルはチラリと黄金のナイフを見せる。

「君が疑われるのはマズい。異世界人の僕なら疑いは薄い、此方の世界の官憲は僕が殺人をしでかすなんて思いも寄らないだろう。僕は日本の官憲からは信頼されている、疑われることはないと思う。僕がやる」

 倉田の事を念頭に置き、話を進める。


 伊藤は倉田との関係をブルには内緒にする。革命の準備を手助け、官憲にあるまじき約束である。狂気の沙汰。

(この関係は紳士協定だ、他人に打ち明けるというのは『何かが違う』。それに説明が難しい。倉田という男は狂気に駆られている、狂犬だ。『革命を止めることがゲーム』だと言っていた、警察倫理を逸脱している。その狂気がこの革命を進める上での担保。ヤツの狂気は本物だ、目が雄弁に物語っていた。それを幾ら同志とは言え他人に理解させるのは難しいだろう)

 伊藤はそう考え、敢えてこの希有な協力体制を黙っておくことにした。


(無論、話した場合、同志の行動が広がる可能性もある。だが、革命の計画を知られている時点で倉田は本来『敵』なのだ。殺さない理由がない。ブル達にはこの関係は裏切りに見えるだろう。なにせ自分たちの人生をゲーム感覚でもてあそばれているのだから)


「そこまで言うならわかった、いつやる? 」

「すこしばかり時間を空けよう。君はオラムを押しとどめるのに脅迫した。それは他のメンバーも見ている。いきなり内ゲバとあっては幹部に亀裂が入りかねない」

「なるほど」

「夜盗に見せかける、寝首を搔いて室内を荒らす」


「安心してくれ、偽装工作は得意なんだ」

「そこまで言うなら信用するよ。話は他にあるのかい」

「いや、これでお仕舞いだ。じゃあ解散だ。おつかれさま」


「農奴の魂を農奴の元に」

 ブルがこぶしを差し出す。伊藤はそれに握りこぶしをあて返す。

「共に手を携え未来を勝ち取ろう」

 二人は合い言葉のスローガンを口にし、農業指導センターを後にする。帰り道は逆方向。

「じゃあなトーラ」

「おやすみ同志ブル」


(倉田には前もってオラムの殺害について説明しておいた方がいいだろう)

 だが、倉田は王都にいる、鈴石課長が王都に向かうための警備だ。

 賊に襲われたことは伊藤も聞いていた、

(きっと鈴石課長の息子も戦闘に参加しただろう。子供の殺人を受け止めきれるのか。そこまでの覚悟を課長はしていないはずだ、きっと心に堪えているだろう。精神薬を投与されたとも、大丈夫なんだろうか)

 伊藤は耕助に思いをはせる。キランが投与された事はS町一行でも限られたものしか知らない。士気に関わるからだ。伊藤は農業の長たる藤井から聞いた。

(とにかく倉田が帰ってからオラムを殺そう。彼の協力があったほうが隠蔽は確実だ、アリバイ作りに協力してもらおう。それくらいは頼める筈)


 簡素な家々の間をねり歩く。粗末な家だ、雨風をしのげる最低限の作り。明かりが隙間から漏れ出ている。

(こんな家に無理矢理連れてこられて、労働を強制される。強制収容所と何が違うのか)

 伊藤は静かに憤怒、農奴に同情を寄せ、革命への決意を新たにする。


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