革命家の志

 伊藤は反貴族の志を持った男達を前に社会主義を説いた。大雑把な内容である、敢えて細かい内容には踏み込まない。この社会には、それに見合った社会主義が求められる。

 伊藤が全ての教条を決定してしまうと社会が乖離が起きる可能性もある。例えば魔導なんて前の世界にはなかった。それをどうやって社会主義に取り入れるか、これかこの世界に生きる者達が考えるべき事だと判断した。伊藤も老いを自覚している、柔軟な若者が社会主義を生み出した方がいいとも考えた。


「今後もこうして会合を開くが、基本的には分散させたい。官吏に捕まったとき組織の全体がつかめないようにするんだ」

「なるほど、あんた前の世界でも革命とやらをやったか、やろうとしていたのか。どこか手慣れてるな」

 キヌルが尋ねる。

「ああ、そうだ。失敗したんだがね。この世界で二度目の挑戦という訳だ」

「前の世界では何故失敗したと思う」

 キヌルは伊藤に向き直る。

(彼は真剣に革命を考えている。だからこそ質問をするんだ)

 伊藤は新たな同志の誕生に喜びを覚える。

「革命家と人民の乖離、思想だけが先行して人民から理解が得られなかった。それに人民が皆豊かになったこと。簒奪されても問題にならない位に皆が平等に儲かった」


「後者は重要な差異だな。この世界では貧困にあえぐ者も多い」

 ブルが口を挟む。

「そうだ。貧困への怒りは革命への原動力になる、革命の土壌としては悪くない。だから革命家は農奴とよりそい、対等な立場で接し、思想を広めなくてはならない。もう二度と失敗はしたくないからね。革命家は農奴と共にあるべきだ」


「あんたは何故そこまでこの世界、俺達農奴に肩入れする? 余所の世界だぞ、よっぽどのことが無いと関わりたいなんて感情を抱く必要なんて無いと思うが」

 再びキヌルが問う。

(これくらいこちらを疑ってかかってくれる方が将来、頼りになるだろう。何でも信じてしまうような人間は革命家には向かない)

「僕はね、人が好きなんだ」

(ここは本音を話すべきだ)

 伊藤は決心した。


「人は魂を持っている。情熱、歓喜、悲哀、簡単にまとめれば喜怒哀楽というものがある。それを抑圧してはならない、個人の持つ感情、思想は尊重されるべきだ。魂は動物と人間を分ける最大の焦点だ。僕はそれを大切だと思っている」

 伊藤は水を含む、しばし口のなかで転がして飲み込む。

「だが、社会はそれを抑圧する。機械の部品みたいに扱うんだ。まるで使い捨てだ。そんなこと絶対に許せない、どんな社会であっても、それが仮に異世界だとしてもそうだ。人間の尊厳というものは守らなければならない、人間は道具なんかじゃ決してない。僕は人間を大切に扱わない社会を許せない」

 伊藤の声に熱がこもる。

「僕は一度、枯れた人間だ。前の世界では革命は失敗した。点々としながら身を潜めることしか出来なかったんだ、もちろん社会への怒りは抱えたまま。その行き先のない情熱は少しずつ削られていった。辛かった。革命の情熱と理不尽への怒りを抱えたまま、目を閉じ、耳を塞ぎ、口をつぐむしかなった。だが、この世界に突然召喚された。この世界にはまだ理想とする社会を樹立する望みがある。僕は老いた身だが革命の為に命にもう一度火をくべるべきだと判断した。この世界は僕にとって最後の希望なんだ、わかってくれるか、キヌル」


(そう、人間は個人を尊重しなければならない。社会主義国家も数多の失敗をした。僕は社会主義国家だろうと、許せないものは許せないのだ。人間を部品のように扱うことはあってはならない)


「俺には高尚な事はわからん。だが、あんたが言いたい事はなんとなくわかったよ」

「僕の言う事を信用してくれるかい」

「ああ、そうだな、全てとは言えない、世界が違うのだから当然だ。あんたが来た世界よりも我々の世界は自由だとか、平等だとか、そう言うものが根付いていないからな。だがあんたが俺達の為に怒ってくれていることは理解できた」

「ありがとう」

 伊藤は手を差し出す、キヌルはそれを優しく握り返した


「では会合を分散させる手だが、ジャガイモ畑で個別に声をかける。その日はこのセンターに残ってくれ、そこで革命の作戦を立てる」

「皆であつまって知識を出し合う機会も必要だと思うが」

 キヌルは伊藤に対し別案を出し続けてくる。その姿勢は望ましい同志像である、対案があがればより議論は濃密になる。

「それはこのメンバーだけで十分だろう。いや、無論君達が加えたいメンバーがいれば紹介して欲しい。だが基本は君達が幹部となって社会主義の思想を広めて欲しい」


 伊藤は異世界で同志と呼ぶべき仲間達を集められたことに喜びを覚えた。最初にブルへ、そしてキヌル達、そこから更に思想は伝播する。ジャガイモ農法を覚えた農奴が、思想と共に各地へと散らばれば、思想はより広く浸透する。革命のステップを確実に一段上がったという実感を抱いた。

(今度こそ、革命を成就するのだ)

 伊藤は決心を新たにする。

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