『黒の手』強襲

「これは……敵襲!」

 小窓からジュセリの声が響く。


「どうした! 」

 倉田がショットガンを引き寄せ、尋ねる。耕助はその叫び声で目が覚めた。

「護衛の騎士が罠に引っかかった! 危険だ、離脱する」

 ジュセリは叫び、フヌバをむち打つ。

「わかった、室内で警戒する」

 倉田は銃に弾薬を装填する。

「耕太君! 起きろ敵襲だ! 」

「了解……! 」

 耕太は直ぐさま銃を手に取り、装填した。


(敵襲? 一体誰が。首都に近づいているということは治安も良くなっている筈……)

 耕助はまだ眠たげな頭をフル回転させる。

(ゴブリンとかいう化け物か。確か後方まで進出していると言っていたな。ゴルムなら問題ないだろう、加速魔導で戦況をひっくり返す筈。問題は俺たちだ)


「我々は逃げ切れそうですか」

 耕助はジュセリに問う。

「今はまだなんとも。敵が見えない、待ち伏せだろう。護衛隊は投げ網で足を絡み取られた。先頭の我々を狙って外れたのか、護衛隊だけを狙ったのかはまだわからない。とにかく最大速度で離脱だ」


 衝撃。テーブルの上のゴブレットが大きな音を立てて倒れ、中身を盛大にぶちまける。耕助は壁で頭を打った。

「フヌバがやられた! 離脱は困難! ヘルサ様、部屋の奥へお隠れください! 」

 ジュセリが抜刀する音が響く。


「アノン家の旗が見えぬのか! 輩め! 控えろ! 今なら見逃してやる! 」

 ジュセリが叫ぶ。だが返答は無い。周囲は静寂に包まれた。

「鬨の声すら上げない…… 敵は手練れか、マズい」

「敵は見えるか」

 酔い止めの生薬を頭からかぶった倉田が問う。

「否」


 この小屋の窓は小さい、耕助にも敵を見つけることすらかなわない。耕助は窓をのぞき込む。

「鈴石! 窓から離れろ!」

 倉田が警告、耕助は従い窓から離れる。


「見えた!賊だ!十人以上に囲まれている!迎撃! 」

 ジュセリがバルコニーから降りる音が聞こえた。

「我々も打って出るぞ! 耕太君! 」

 倉田はドアを半開きにし、偵察する。


(相手は盗賊…… 人! 耕太に人殺しを!? )

「待て! 耕太! お前が人を殺す必要なんて無いんだ!」

 耕助は耕太の行く手を阻む。

「オヤジ! 今そんなこと言っている暇はない! 生きるか死ぬかなんだ!」

 耕太は銃を抱え、外へ出ようとする。耕助は耕太の肩を押さえ、部屋の奥へと押しとどめようとする。

「人を殺すっていうのはな、一生ついてまわるぞ! 法で裁かれなくとも殺人は殺人だ。日本に戻れようが人を殺したら元の日常には戻れない! 」

(耕太を人殺しに絶対するものか、絶対に)


「鈴石!敵は待ってはくれない、その子を離せ」

 倉田が叫ぶ。

「俺の息子だ! 人殺しなんかにしてたまるか! 」

 発砲音。ドアから半身を晒した倉田が撃った。

「どう見ても数で押されている! このままだと全滅だぞ! 正当防衛だ! 」

「殺人に正当防衛もクソもない! この子は警察、自衛隊、まして騎士や勇者でもない! 人殺しはさせない! 」

 耕助は精一杯に耕太を押しとどめる。

「そんな事言っている時間はない! お前も、耕太も死ぬぞ! 」

「かまわない! 子供を人殺しするよりよっぽどマシだ! 」

 耕助は渾身の力で耕太の肩を押す。耕太の力は想像以上に強い、耕助はじりじりと後ろに押される。


「オヤジ、ごめん! 」

 耕太が身を引く、力んでいた耕助は前へよろけた。耕助と耕太の間に若干の合間が開く。耕太はその瞬間を待っていた、くるりと銃を回転させ銃床で耕助のみぞおちを突く。銃の重みが一点に集中し、耕助に襲いかかる。


 耕太の予想外の行動に耕助は打撃を真正面から受けた。

 耕助の胃の中が逆流する、突きの衝撃と痛みで床に転がった。体中を暴れ回る痛みは耕助から行動力を奪う。口から吐瀉物が漏れ、床に広がる。

「まっ……待て」

 精一杯の耕助の言葉は嘔吐に混じり、かすれる。


 自由になった耕太が倉田の後ろにつく、倉田は扉を開く、僅かに顔を覗かせる。

「行くぞ」

「はい」

 倉田に続き、耕太が扉から躍り出る。

「や……めろ。ま、まだだ。まだ、戻れる」

 耕助の吐瀉はとどまらない。脳は痛みに支配されている、それでも僅かに残された脳が叫ぶ。

(息子を。耕太を、止めなければ……! )


 耕助は耕太に追いすがろうとする。だが耕助は痛みで四つん這いにすらなれない、ただ床に転がる他ない。みぞおちへの打撃がまるで体の中を跳ね返るかのように、幾度となく耕助を襲う。


 射撃音が響く。耕太が撃ったのか、倉田が撃ったのか。耕助にはわからない。ただ、耕助の心は後悔と、悲しみに支配された。

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