アジト

 急速に作り上げられた移民村、その大半は雑多な丸木小屋である。このワンシーズンを乗り越せばよい、つまり冬をしのぐという発想がないから漆喰は塗られていない。

 移民村には実に多くの人が詰め込まれている。軽犯罪者に娼婦、果ては宗教異端者まで。そうした複雑で雑多な作りの村の奥地に伊藤は拠点を構えた。


「農業実習センター」

 看板には現地語でそう書いてある。しかし、これは革命のアジトであることを知る者はブルと倉田を除いて居ない。


「トーラの言うところの革命ってのは貴族も農民という階級が存在しない、そういう社会を作り出すだって訳だな」

 ブルは伊藤と机を挟んで顔を突きつけ合わせている。

 トーラ、異世界の言葉で『お前』を意味する。伊藤はこの呼称を気に入っていた。チェ・ゲバラのチェはアルゼンチン語で親しみを込めた「お前」であり、トーラという呼び名に近しいものを感じたからである。


「それに貧富の格差が無いことも重要だ、皆等しく労働の対価を受け取る。誰か一人が富むという構造ではないよ。そうでないと現状の貴族制より悲惨な社会が待っている」

「おいおい、今より悲惨ってどういうことだよ、今は飢えで死にそうなんだぜ」

 ブルはこうした話題に興味を持ってくれている、彼を第一にオルグしようと決めたのは間違っていなかった。


 貴族制を打ち倒す、この世界の人間にとっては想像の範疇外だろう。なにせ飢えている。それを可能にするだけの力をジャガイモは持っていると伊藤は考えている。

 さらに好都合なのはこの国が絶滅戦争ともいえる魔王軍との戦闘中であるという事である。デモ、一揆に対応させられる軍隊は限られる。それに後方だから残っているのは老兵だろうし飢えている。農民のサボタージュで十分効果が出る。


「階級が自由になっても、資本家という富を集中して占有するものが生まれるんだ。そうすると市民は彼らと契約して、資本家の為に働かざるを得なくなる。無論、この契約は不平等で資本家が搾取する。資本家にとっては労働者は代わりが効くものだし、労働者は契約しないと職を得られないからね。今は冷害で皆飢えているけど、領主は自分の『所有物』である領民を失いたくないから減税やらをせざるを得ないだろう、だが資本家は違う。搾取する対象はよりどりみどりだ。労働者が飢え死にしたってかまいやしない」

「なるほど、自由になったからこそ質の悪い独占者が生まれるって訳だな」

「その通りだ、飲み込みが早いね」


 実際ブルは良き同志になれそうである。飲み込みも早い、魔導師の父親を手伝い魔導文を読んでいた経験から読み書きが出来る。言ってしまえばインテリだ。こちらの世界で革命勢力を育成するには、こちらの世界の知識層が必要になるのは最初からわかっていたことだ。

 こちらの世界にとって異世界人である伊藤が革命を謳った所で共感するものは多くはなかろう。だから現地人というワンクッションが必要になるのだ。

 更に言えばこのブルという男、中々に求心力がある魅力的なリーダーだ。出身地の移民団長であり、人をまとめる才覚がある。


「で、その問題の資本家を生み出さず、皆が平等で自由な社会を築くんだ。土地は皆で平等に分け与える。そして出来た作物もまた平等に行き渡る様にするんだ」

「そうすると飯を食えることは確かだけど、政治は誰がやるんだ。貴族はいないんだろ」

「人民から選ばれたリーダーが行う。リーダーは人民に選ばれるよう、平等な政策をとるだろう」

「その場合、俺が政治をやるって可能性もあるのか」

「そうだよ、可能性はある。皆が意見を出し合って政治をするんだ」


 ブルは水を飲む、伊藤は家から持ってきたほうじ茶を水筒で飲む。

「で、この素晴らしい考え方だがどうやって広めるんだ」

「そこが肝心なんだよ」

 ブルは大変難しい問題に足を踏み入れた。


「当然、貴族制を破壊することが目的だから貴族は敵だ、知られたくない。ここのアノン家領民は皆、この家に恭順だからねぇ、露見すると大変なことになる」

「俺の親父みたいに吊される訳だな」

「そうだ。だからアノン家に関わる全員には内密に行わなければならない。それにこの話を広めるとき、イモヅル式に検挙されないよう組織を細かく『細胞』ごとに分割しないといけない」

「大変だな、村ごとに区切って話しを広めるか」

「そうだね、この移民団は元々領主から追い出された口減らしが多いのだろう。同志を呼び込むにはうってつけの土壌があるってことだ。だけどスパイには気を付けなければならない」


 火が傾いてきている、伊藤はかまどに火をつけた。窓から外を眺めると村にポツポツと灯りがともる所であった。その様子は幻想的で美しかった。


「先ずは各移民団の中で同志を募ろう。そうだな、君みたいな政治犯がいい。体制に不満をもってる人間だ。そうだな、口実はアノン家の『素晴らしさ』を理解してもらいジャガイモ植え付けに協力的なるよう説得するという事で小さな集会を開こう」

「官憲が混じっている可能性は? 」

「ゼロではないね、そうだな、痩せている人間を選ぼう。官憲ならばどこかで飯にありついているはずだ。君らほど痩せ細っていないだろう」

「確かにな。そういう奴は省いて探す」

 二人だけの革命軍は今、拡大の時を迎えようとしていた。

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