移民団との邂逅
ジャガイモを本格的に植え付け開始して五日目、とうとう収穫の時が来た。
当然コルの尽力が裏にあったことは言うまでも無い、彼女の力が無ければ今は芽すら出ていないだろう。
ゴランとミリーを筆頭とした農業指導員達の功績もある。だが、最終的に言えるのは、結局ジャガイモという種の強さなのだろう。
だが、伊藤は肝心の収穫には立ち会わず、農奴達の出迎えへと向かっていた。ジャガイモの掘り出しは鈴石課長と藤井が向かっている。
最初の移民農奴だからセレモニーとして立ち会う、という訳では無い。一つ一つの領地からの農奴を出迎え、彼らの状態や領主への感情を探ることしていた。
早めにやっておかないとそのうち膨大な数の農奴をまとめて相手にする事になる。
それよりも一つ一つ回った方が効率的だし、なにより安全だと伊藤は考えた。
やけに風が強い、その風に土が混じる。
伊藤は平野でその風をまともに受けていた、手ぬぐいを口と鼻に巻く。
遠くから一団が歩いてくる、今日やってくるのは金家リュベリオン候の農奴だ。
話を聞くにリュベリオン家は『普通』の金家、つまり飢えている筈。伊藤は『野鳥鑑賞』用の双眼鏡でその一団を覗き込む。
身なりはゴランらアノン家領の農奴よりもみすぼらしい。同じ麻みたいな素材だが、汚れの度合いが一段階、二段階も上である。それに農具も背負っている、彼らの道具は転送してもらえなかったのか。
(この世界ではありふれている魔導すら使えず、五日も歩いているのだ。おそらく、農奴の生活にあまり関心の無い領主だろう。恐らくアノン家の農奴より忠誠心は低いに違いない)
遠くに見えた一団が、伊藤の元へと到着するにはさらに時間がかかった。明らかに飢えている、そんな雰囲気の足取りだった。
「おーい、あんた方リュベリオン領の農民かね」
伊藤は自転車にまたがり、彼らに近づきながら問いかける。
「そうだ、リュベリオン領から総勢四〇名、六人は脱落だ。殺すなら殺せ」
一団のリーダーと思われるひどく痩せた男が投げやりに答える。男は落ち窪んだ目に疲労をにじませ、後ろでまとめた金髪の髪は土色に汚れている。
だが、歳は意外と若いだろう三〇前半くらいか。
「ここの領地じゃ殺すとか物騒なことは言わないよ、僕は役人、軍人じゃないよ。そもそもなぜ君を殺さなければならないんだい」
伊藤はあくまで鷹揚な声で答える。
「頭数が予定より足りないからに決まってるだろ。そもそもあんた何者だ」
男はひどくやつれた顔をさらに困惑でゆがませる。
「伊藤だ。農業指導員だ、大丈夫、君たちの家や食事はこちらが用意してある」
「変な名前だ、そうかあんたが異世界から来たっていう奴だな。本当に飯があるのか」
男は信じられないとでも言いたげに、笑い飛ばす。
「そう食事の用意がある、君たちがこれから育てる植物だ。おいしいし、量もあるよ」
伊藤の言葉に嘘は無い、ジャガイモ定着のためにも農民用にジャガイモがある。
「そうか、ならよかった。俺はブルだ、今回の移民団の団長だ」
「そうか、君はブルか。よろしく頼むよ」
伊藤が手を差し出すと、ブルは握り返した。
「それで、君たちはどんな風な生活を送っていたんだい」
伊藤は自転車を押しながらブルに問いかける。
「酷いったらないよ、この冷害と戦争のせいだからどこもそうだと思うけど」
ブルはあたりを気にせず文句を垂れる、アノン家領民とは大違いだ。
「例えば、そうだな。食事はどうなってるんだい」
「飯は食える日の方が少ないね、木の皮を叩いて煮るんだ。ごちそうは三日に一日、薄いスミナの粥だ」
なんでそんな事を聞くんだとでも言いたげに肩を竦める。
「木の皮か。それは辛いね、私は君たちのような境遇の人々を救うために召喚されたんだ」
伊藤は多少話を盛った。そうして彼らの信頼を得るべくして。否、伊藤にとっては正にその通りなのだ。
「ほーん、ずいぶんお優しいことだな。何が目的だ」
ブルはグイと伊藤ににじり寄る、信頼できるか否かを確かめるように。
「僕の目的は人々の救済だよ、社会を立て直すんだ」
ブルはしばらく伊藤の目をにらみつけた後、ふいと距離を戻す。
「あんた、少しおかしいよ」
ブルはまっすぐな伊藤の目から何を読み取ったのだろう。だがおかしいのはこの社会なのだ、革命によって断罪すべき王政がある。
「時々言われる」
伊藤は半ば笑いながら返す。
「それで六人脱落というのはどういうことだい、僕も口裏を合わせるのに協力するから」
S町の範囲に入る、初めて見たアスファルトに一団がどよめく。
「歩けなくなった老人だよ、領主が無理矢理追い出したんだ。領主にとっちゃ食いっぱぐれ連中が邪魔だったんだ。元々歩くこともままならねぇとか反逆分子の気配がある、そんな連中ばっかりだよ」
ブルは一団を眺め、ぼやく。
「すると君も」
「ああ、逆徒として目を付けられた。この移民の一件がなけりゃ公開処刑だったかもな」
ブルの目に嘘をついている気配はない。
公開処刑、暴力による支配の最たる例だ、彼なら伊藤の言わんとする趣旨に賛同するかもしれない。
「それは、大変だったな」
伊藤の一言に意外そうにブルが顔を向ける。
「あんたの言葉、人ごとっぽさを感じない。どういう訳だ」
「私も一時期、そういう手合いで目を付けられていたからね。これは内緒だよ」
ブルのそばまで近寄り耳打ちする、土と汗のにおいが鼻をつく。
「あんた、それでよくその歳まで生きてたな」
ブルは感心したように伊藤を眺めた。
「コツがあるんだ、コツがね。機会があったら教えてあげよう」
「そいつぁありがてぇ話だ。この移民団も一時的、引き上げ後に殺されるんじゃ意味がねぇ」
ブルが果たして政治犯なのか、只のヤクザものなのかははっきりとしない。
だが、少なくとも一団をまとめているのだから、おそらく知的階級の政治犯だろうという予測が伊藤にはあった。
「ここは別天地の様だと思うよ、安心してくれ。農業はするが、食事はちゃんとある」
伊藤がブルに念を押す。
「そんなにいいところか、ここは」
「君の話を聞いた範囲内ではね、元々スミナの粥を毎日食べられる位には恵まれてる」
一瞬の間があった。
「そいつぁスゲえ・・・・・・ここの領主、なんだっけ、アノン家か。いいね、そういう所に生まれたかった」
「それも大丈夫」
伊藤は静かな声に力を込めた。
「生まれで人生が決まる時代は終わるんだ、ジャガイモの力でね」
伊藤は小さい声でそう伝えると、ブルに向かって優しく微笑んだ。
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